第108話 腕の中のメレンケリ

 グイファスの叫びに、メデゥーサは振り返った。光の膜の奥に、大勢の男たちがいた。メデゥーサはゆっくりと立ち上がると、笑みを浮かべながら彼らを見まわした。


「よく私がここにいると分かったな」

「メレンケリから離れろ!」

「我が子孫と、感動の再会をしているのだ。邪魔をしないでくれないだろうか」

 すると、メデゥーサは屈んでメレンケリの額を、右手の甲でそっと撫でる。

「それにこの子はね、特別なんだよ。何しろ私を復活するために生まれて来たのだから」

 グイファスは眉間にしわを寄せた。

「メレンケリは、お前が復活するために生まれてきたわけではない」

 だが、メデゥーサは構わず言葉を続けた。

「私は呪術師たちに倒されてから、ずっと復活する日を待っていた。石にする力を持った者がサーガス王国に戻ってくることをね。でもね、男じゃだめなんだよ。女じゃなくてはいけなかった」

「どういうことだ?」

 マルスが周囲に視線を向けたが、皆首を傾げるだけだった。するとメデゥーサは微笑を浮かべる。

「ふふ。この私は、メデゥーサ・アージェの悲しい恋心によって生み出された存在。だから、復活するには『大地の神』の力をその身に秘め、同じように恋をした娘でなければならなかった。その娘が、好きな人に嫌われることによって生まれる感情が『大地の神』の力に共鳴し、邪悪な力となる。それが私の復活する力となるのだ」

「『大地の神』はいなくなったはずだろう」

 グイファスの指摘に、メデゥーサはそこら中に転がり、禍々しい光を放っている呪術師の道具を指さした。

「私もそう思っていたが、呪術師たちが持っていた道具には『大地の神』の力が秘められている。私はそれを集めた。お陰でどうだ。大成功だよ。これで美味しくもない人間の血を啜らなくて済む」

「復活してどうするつもりだ」

 メデゥーサは天井を見上げると、両手を広げ天井に向かって腕を伸ばした。

「人間に復讐を!我が『大地の神』の土地を奪った復讐だよ!」

「お前は『大地の神』ではないだろう!」


 するとメデゥーサは腕から力を抜くと、にこりと笑ってグイファス達を見た。その紫色の瞳は、酔っているかのように潤んでいた。


「いいや。私はその一部だ。だから、『大地の神』そのもの。森を奪ったお前たちに、復讐する機会をずっと伺っていたのさ。メレンケリもさぞ嬉しいだろう。『大地の神』を復活する手助けができるのだから」

「ふざけるな!」

 メデゥーサは喉の奥で、くくっ、と奇妙な声で笑った。

「おやおや、怖い顔だね。でも、メレンケリ・アージェをここまで導いたのはお前だろう、グイファス・ライファ」

 思ってもいなかった言葉に、グイファスは眉を寄せる。

「何?」

「お前がサーガス王国のメレンケリを連れてこなければ、私は復活しなかったのだよ。この意味が分かるかな?」

「……」

 そのとき、後ろでローシェの声が響いた。

「騙されるな、グイファス。ただ単に、言葉でお前を縛ろうとしているだけだ」

 グイファスはローシェをちらりと見やって、軽く頷いた。

「……分かっている」

「ふん、小賢しい小娘だ」

 メデゥーサは右手の手首を一振りすると、黒い霧のようなものが、大きくなりながらグイファス達に向かって飛んで来る。グイファスとマルスはまじない師の剣を構えて戦闘態勢に入るが、クディルが左に立っていたグイファスの前に腕を伸ばし静止させた。

「大丈夫」

 クディルが言い放った言葉通り、その禍々しい光は若いまじない師が張った光の膜に阻まれ、あっという間に消え去ってしまった。

 最前線にいたグイファスが、ほっと胸を撫でおろしたのも束の間。どうやらそれはただの時間稼ぎで、メデゥーサはすでにグイファス達には目もくれていなかった。


「さあ、メレンケリ。私に力を与えておくれ――……!」


 そう言って、メデゥーサが再びメレンケリに触れようとしていた。

 その瞬間、グイファスは光の膜からぱっと飛び出て、まじない師の剣を弧を描くように振るった。

「くっ……!」

 メデゥーサは攻撃を避けるために後ろに飛び退いた。お陰で、上手くメレンケリから離すことができ、彼はメデゥーサとメレンケリの間に立った。


「……全く、度胸のあるやつだ。そんな得物では私は倒せないよ」

 メデゥーサが仰け反りながら呟くと、彼女の胸のあたりがぱっと切れた。グイファスは彼女を斬っていたのである。彼女の体から、僅かだが赤い血が流れ出る。

「何……?」

 メデゥーサが思いもよらぬ出来事に首を傾げているので、グイファスは持っていた剣を突き出して彼女に見せた。

「これはまじない師の剣だ。悪いが、お前を斬ることができるぞ」

 メデゥーサは彼が持っていた剣をじろりと睨んだが、何を思ったのか急に笑い出した。

「くくくくっ……、そうか、なるほどな。面白い。ならば、今宵は引き下がろうではないか」

「今、戦え!」

「ふっ。強がりはよせ」

「その言葉そっくりそのまま返すよ」

 そう言ったのは、クディルだった。彼はいつの間にか呪術師が残した道具から、禍々しい光がでないように術を施していた。お陰でメレンケリへの影響もなくなった。

「この光が消えて困るのは、あなたの方じゃないのかな?」

 するとメデゥーサはにやりと笑った。


「小僧、残念だな。私は既に本当の姿を取り戻せる力を得た。いつでもこの国を潰すことができる。だが、私もようやく150年前の自分を取り戻すことができたのだから、少しはこの喜びを噛み締めたいのだ。だから、お前たちに一日だけ猶予をやろう。そして明晩『大地の神』がいた、神聖なる森でお前たちを待っていようではないか。まあ、勝つのは私だと決まっているがね。せいぜい、最期の日を大いに楽しむがいい」

「勝手なことを……!」

 その瞬間、メデゥーサの周りで砂嵐が起きた。グイファスはメレンケリに被さるようにし、他の者たちは吹き飛ばされないように必死にその場に立ち留まった。砂嵐が収まると、メデゥーサの姿はなかった。

「……」

 だが、グイファスが体を起こすと、そこにはかすり傷だらけのメレンケリがあった。彼はゆっくりと彼女を抱き起す。そして口元に耳を当てて、呼吸を確認した。

「よかった……」

 ちゃんと規則だたしく息をしていた。どうやら起きているほどの力がなく、眠ってしまったようである。

 彼はほっと息をつくと、ゆっくりとメレンケリを引き寄せ、強く抱きしめるのだった。

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