第107話 道を開く者

「大変って何がだ!」

 グイファスがローシェにそう言うと、彼女は近づくなり大声で怒鳴った。

「メレンケリさんがに決まってるだろ!大蛇に連れていかれた!」

 マルスが素っ頓狂な声を出した。

「大蛇⁉」


 ローシェはマルスをぎろりと睨むと、再びグイファスを見て叫んだ。

「話は後だ!奴は、城の地下に向かった!」

「城の地下⁉」

「大蛇の寝床だ!」

「そこは俺たちが今から行こうとしていたところ……って、ローシェ⁉」

 グイファスの話が終わらぬうちに、ローシェは踵を返し駆けだしていた。グイファスとマルスは数歩遅れたが、顔を見合わせて頷くと急いで彼女の後ろを追う。そして周囲で話を聞いていた騎士たちも、事件が起こったことを察し彼らに倣って付いて来た。


「ローシェ、ちょっと待て!それはどういうことだ!」

 ようやく並走すると、グイファスは彼女に尋ねた。ローシェは走る速度を緩めることなく答える。

「今朝の件からおかしいと思っていたんだ。執事に聞いたよ。そしたら、今朝、私たちと会った使用人は、使用人じゃなかったんだ。人の姿をした大蛇だったんだよ!」

「何だって!」

「しかも、メレンケリさんとどうやら姿が瓜二つらしいんだ。お陰で変な噂が立ってる!」

「変な噂⁉」


 ローシェは寒冷対策のため、革の手袋をかけていた右手を見せる。

「右手に石にする力を持っているんだろ。それで皆を恐怖に貶めているとかなんとかっていう噂だ!」

 グイファスは反射的に否定した。

「そんなことするわけないだろ!」

「そうかもしれないが、メレンケリさんと関わったことのない人たちはその噂を信じてしまっている。とにかく大蛇は、彼女に人を近づけさせないことをしていたらしいな!それともう一つ!」

「今度は何だ!」

「地下だよ!今日、あそこの警備がいないんだ!」

 今度はマルスが叫ぶ。

「何故だ!」

「大蛇がメレンケリさんの姿で、何か指示をしたらしい。サーガス王国の騎士は、彼女の力を怖がって、指示通りにしたそうだよ!」

「じゃあ、今朝、使用人が言っていたあのことは!」


 グイファスは、ローシェに尋ねた。メレンケリがグイファスに会いたくないといったのは本当だったのかと。

 ローシェは怒鳴った。

「全部嘘だ!彼女を一人にさせるためのな!」

 そして城の地下の入り口の近くまで来ると、ローシェは足を緩める。ここまで全力で走ってきたので、息切れしていた。

「というか、何で、お前は……それを知っているんだ」

 グイファスは息を整えながら尋ねる。ローシェは額から流れる汗をぬぐいながら答えた。

「メレンケリさんにもう一度会いに行こうとしたんだ。全ての裏を取れた後でな。そして彼女が寝泊りしている建物の方へ行ったとき、丁度窓から誰かが飛び降りる姿が見えたんだ。二階から飛び降りるなんて正気じゃない。案の定、部屋に行ってみたらもぬけの殻だった」

 マルスが呟いた。

「なんてことだ……」

「いや、もぬけの殻じゃないか。バスタブにミアムという使用人が寝かせられていたよ。首元を見たら、蛇の噛み跡があった。どうやら大蛇は、その使用人と入れ替わっていたらしい」

「その使用人は?」

「無事だよ。確かに血は吸われていたみたいだけれど、命に係わるほどじゃなかった。どうして大蛇が血を吸いきらなかったのか、その理由は分からなかったけどね」

「それは後から考えよう。今はとにかくメレンケリのところに急がないと!」


 ようやく大蛇の寝床の入り口に辿り着くと、そこではすでに禍々しい黒い光が雷の電光のように弾けていた。

 グイファスとマルスはそれぞれ腰に帯びた剣を抜き取った。それは、フェルから授かった剣である。しかし、この禍々しい光の中を通っていくのは安全なものなのだろうか。


「この光、触れても大丈夫なものだろうか」

 ローシェが呟くと、グイファスは首を横に振る。

「いや、危険なものだと思うな」

「じゃあ、どうやってこの中に入るんだ!もしかしたらメレンケリさんが襲われているかもしれないんだぞ!」

 ローシェが叫んだ時だった。


「私が道を開く」

 後ろから凛とした声が聞こえる。皆が振り返ると、そこには継ぎ接ぎの多い服を着て、ごわついた黒髪をした青年が猫背姿で立っていた。


「クディルさん!?」


 グイファスとマルスは同時に声を上げる。彼は応えるようににこりと笑うとすぐに真剣な顔つきになった。


「間に合って良かったよ。ここは私に任せて」


 そういうと、クディルは懐からちぎれた紙を何枚か取り出すと、それを地下の中に放り投げた。すると、禍々しい光に当たった瞬間に霧散し、きらきらとした光に代わる。そしてそれが幕となって、禍々しい光をはじいてくれる。

「すごい……」

 呟いたローシェに、クディルは笑って説明した。

「これは、邪悪なものを正常化する力を持ったお札なんだ。この札が道を開いてくれる。さあ、早く行こう」

「はい!」

 グイファスとマルスは頷くと、光の幕の中を駆けだした。ローシェもその後ろを付いていく。

 するとグイファスの目に、岩壁に寄りかかりぐったりとしているメレンケリの姿とその傍で誰かが寄り添っているのが見えた。


「そこで何をしている!」

 グイファスはその様子を見て叫んだ。

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