第106話 大蛇の寝床

 メレンケリはゆっくりと瞼を開けた。だが、ここがどこかが分からない。暗くて、湿っぽい。そして起き上がると、シーツはあるもののその下は冷たい土の上だった。


(ここは、どこ……?)


 メレンケリは立ち上がって、きょろきょろとあたりを見渡す。すると、奥の方で急にぱっと明かりが灯った。


「誰かいるの?」

 メレンケリが尋ねると、そこから笑い声が聞こえた。

「ようやくお目覚めだね、メレンケリ・アージェ」

 そう言って奥から出てきたのは、メデゥーサだった。だが、先ほど見ていた彼女とは雰囲気が全く違う。禍々しい雰囲気を醸し出し、頬には蛇の模様が浮き出ている。メレンケリは思わず後ずさりをする。


「あなたは誰!?」

 メデゥーサはにたりと笑って答えた。

「おや、忘れてしまったのかな。お前の曾祖母、メデゥーサ・アージェだよ」

 メレンケリは信じられぬと言った様子で、首を横に振りながら否定した。

「嘘よ!」

「だったら、こう言ったら分かり易いかな」

 メデゥーサは自分の胸に手を当てて、己の正体を明かした。

「大蛇、だとね」

「……!」

 メレンケリの驚きように嬉しそうにしながら、メデゥーサは尋ねた。

「だが、私を大蛇だとしていいのかな?」

 メレンケリは眉を寄せる。

「どういうこと……」

「サーガス王国の者も、ジルコ王国の者も、この私を探すために躍起になっていたはずだろう。それなのにお前は自分の曾祖母だと思って心を許した。だが、そのせいで娘一人の命が奪われることになったのだよ」


 メレンケリは目を見開いた。


「なん……ですって……?」

「お前は私の身をかくまってくれただけでなく、部屋に入れてくれたお陰で私は血を吸う人間を手に入れられたというわけだ」

「……っ!」

 引きつるメレンケリの表情に、メデゥーサは心の底から笑った。

「はははははっ!いいざまだ!これでようやくわかっただろう。あの男がお前に会いたくないと言った理由が」

「グイファスが、私に会いたくないと言った理由ですって……?」

 メデゥーサはにやりと笑った。

「そうだよ。お前の部屋から、血を吸われた娘の死体が出て来たんだよ。お前が部屋に大蛇を招き入れたと専らの噂になっている」

 メレンケリは全身全霊で否定した。

「嘘よ!そんなの嘘!」

「残念だが、嘘じゃない。何故なら私が全てやったことだからだ。そして、分かるだろう?私とお前は瓜二つ。私がやったことは、お前がやったことになるのだよ」


 メレンケリは絶望した。


 自分のせいでまた人が不幸になった。


 ようやく人を助ける側になれると思ったのに、そうならなかった。


 自分の存在自体が人を不幸にする……。


 メレンケリがそう思った瞬間だった。岩壁に置かれていた幾つもの呪術道具が、一斉に光りだす。それも淀んだ紫色の禍々しい光である。そしてその光は雷光のように四方に激しく飛び出すと、今度は惹かれるようにメレンケリの方に向かい、彼女の体を包み込んだ。

「いやあああああ!くうううあっ……!」

 痺れるような痛みが全身を駆け巡る。メレンケリはふらふらとよろめき、岩壁に体を寄りかかった。必死にその痛みを体の奥に封じ込めようと、小さく縮こまる。

 メレンケリの必死な様子を見ながら、メデゥーサは彼女にゆっくり近づくと、禍々しい光に触れた。その瞬間、先ほど負傷した右手の火傷がみるみる治っていく。


「ふふっ、やはりこの力だ。ようやく、復活する!」

 大蛇の高らかな笑いが、洞窟の中に響き渡った時だった。

「そこで何をしている!」


 誰かの声が響き渡ったが、メレンケリにはそれが誰の声なのか分からなかった。

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