第90話 メデゥーサ・アージェ
メレンケリが青みがかった灰色の瞳を大きく見開いていると、目の前の女性は紫色の瞳を細めにっこりと微笑んだ。
「よく私に似ているわ。私の血を強く継いだのね」
「!?」
メレンケリはよく分からなかった。この人は何を言っているのか。そしてどうして自分にそっくりなのか。
メレンケリがこの状況を打破するために、暴れだして誰かに助けを求めるか、噛みつこうか、とにかく抵抗する術を頭の中で模索していると、自分とそっくりの人は言った。
「少し落ち着きなさい。目の前にいるのは、あなたではないわよ」
まるで心を読まれたようにそう言われて、メレンケリは怯えながらも目の前にいる人物を見た。そしてよく見ると、自分と違うところがあるのに気が付いた。
(瞳の色が違う……。私は青みがかった灰色だけど、この人は紫だわ。それに髪も確かにロングヘアーだけれど、私の髪は砂色で真っ直ぐ、この人はベージュで少し癖毛。それに私よりもちょっと大人っぽい……)
メレンケリが抵抗しないと分かると、その人は彼女の口から手を離し、少し離れた場所に立つ。彼女は冬の恰好とは思えない、白いワンピースに薄手の黄色いカーディガンを羽織っていた。そして後ろに腕を組み、メレンケリに微笑む。
「やっと私のことをちゃんと見たわね。私の名前は、メデゥーサ・アージェ。あなたの曾祖母よ」
「……えっ?」
メレンケリは思考が追いつかなかった。
目の前にいる人が、自分の曾祖母?
そして、メデゥーサ・アージェ?
あまりにも信じられない話である。
だが、メデゥーサ・アージェは話を続けた。
「今日の朝、クリスタルのお店で会ったとき、窓を開けておいてって言ったじゃない。それなのに、あなたったら窓を閉めっぱなしにしているんですもの。それに、訪ねると言っていたのに、そんなに驚くなんてあんまりだわ」
メデゥーサは腕を組んで頬を膨らまし、プイっとそっぽを向く。
「そんなこと言ったって……、自分の部屋に窓から人が入ってくると思わないし、あの時会った人が私の曾祖母なんて思わなかったもの……」
メレンケリが申し訳なさそうに言うと、メデゥーサは彼女に近づきそっと両手を手に取った。あまりに自然な動きに、メレンケリは成されるままになっていたが、軽く握られた瞬間思わず右手を引っ込めた。
「っ!」
とっさの動きに、メデゥーサは目をぱちくりとさせて己の曾孫を見た。
「どうしたの?」
「あ、えっと……癖で……」
「癖?」
メレンケリは顔を背ける。
「……私の右手は呪われているから」
「ああ、ラクトが受けた呪いのことね」
するとメデゥーサはメレンケリの右手を再び手に取ると、さっきよりもしっかりと掴んだ。
「大丈夫よ。私は怖がらないから」
「どうして?」
「だってラクトも右手に力を宿していたから。まさかこんな風に、代々引き継がれていってしまう力だとは思わなかったけれど」
メデゥーサは悲しそうな表情をし、メレンケリに謝った。
「辛かったでしょ。私のせいよ。ごめんね」
「……いいえ」
メレンケリは呪術師フェルミアに聞いた、メデゥーサ・アージェとラクト・アージェの話を思い出していた。確かに「石になる力」をその身に宿した最初の人物はメデゥーサであり、メレンケリの右手にその力が宿ることになったのも彼女が全ての始まりである。だが、今みたいに真っ向から謝られてしまうとどうしたらいいのか分からなくなってしまう。何故なら、メデゥーサが全ての始まりだったとしても、様々な要因が重なって生まれ出た結果であるが故に、彼女だけを責めるわけにもいかなかったからである。
「でも、良かった」
メデゥーサには、メレンケリの小さな否定の声は聞こえなかったようだった。彼女は再び微笑んだ。
「何がですか?」
「この力のお陰で、私はあなたに会えた」
メレンケリは眉を寄せた。
「どういうことですか?」
「だって元々この力は私の身にあったものよ。だから、近くにいるとどこにいるのか分かるの。あなたがこの国に来たのを感じた時、何とも言えない嬉しさがあったわ。私が子孫に会えるなんて思ってもみなかったから」
(……あれ?)
右手の力。
そして、曾祖母の存在。
メレンケリはその時になって、ようやくこの状況がとてもおかしいことに気が付いた。
とうの昔にこの世を去っているはずの曾祖母が、何故目の前にいるのか。しかも歳はメレンケリと同じくらい。
そして、メレンケリは背筋の凍りつくようなことを思い出した。
――私が思うに、女の姿をとっているだろうよ。最初に憑りついたメドゥーサの姿だ。
呪術師フェルミアの言葉が頭に響く。大蛇は、メデゥーサ・アージェの姿を取っている可能性が高い。
(フェルさん、教えてください……)
メレンケリは瞳を揺らし、目の前で微笑んでいる曾祖母を見た。
(彼女は、何者なのですか?)
だが、その問いに答えたのはメデゥーサ・アージェだった。
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