第91話 チャンスか否か
「ねえ」
「えっ?」
「えっ、じゃないわよ。急に黙っちゃって、どうしたの?」
メデゥーサはメレンケリの顔を覗くように見た。
「何だか冷や汗をかいているみたいだけど」
「あ、いえ……大丈夫です」
メレンケリはそう言うと、そっとメデゥーサの手を離し、そろそろとベッドの方へ向かった。するとその背を見ながら、メデゥーサは言った。
「気になることがあるんでしょう」
メレンケリの肩がピクリと震える。
「……いいえ」
何とか平然を装うメレンケリに、メデゥーサは楽しそうに声を掛けた。
「私がどうして、あなたの目の前にいるのか不思議ってところかしら。曾祖母がここにいるわけないものね」
「……」
「死んだ人間が生きているなんて、ね。何でか知りたいでしょう?それに大蛇との関係も、気にならない?」
メデゥーサの呟きに、ベッドの上に座ったメレンケリはゆっくりと振り返った。
不安そうな顔を浮かべるメレンケリに、メデゥーサはにっこりと笑った。
「素直な子ね」
「……」
メレンケリはごくりと息を飲んだ。
(もしかしたら、これはチャンスなのかもしれない)
右手の手袋に左手を掛ける。彼女との距離は大してない。振り返って、手袋を外して、メデゥーサに触れれば全てが終わる。何もかも、全てが。
「だけど、その前にあなたが気になっているシェヘラザードのことを教えてあげるわ。可愛い私の子孫の悩みだもの」
メレンケリの動きが止まる。
メデゥーサの甘い誘惑の言葉に、飛び出すタイミングを失ってしまった。
(大蛇の言葉に、耳を傾けてはダメ……)
だが、彼女の理性とは裏腹に、正直な心がメデゥーサの言葉に惹かれてしまう。
「知りたいでしょう?グイファス・ライファと、シェヘラザードとの関係が」
「……」
「沈黙は、肯定と捉えるわね」
「何故、そんなことを言うのですか」
「だから何度も言っているじゃない。朝、会ったときに見ていたんだもの。気になるのよね、彼らのことが。恋する女の子ですもの」
「私は……!」
そんなことはない。
そう否定しようと思ったが、上手くいかなかった。
否定してしまえば、グイファスを想うその気持ちに嘘をついているような気がしたからだ。彼の傍にいるだけで良かったのに、近づけば近づくほど惹かれてしまう。そして、シェヘラザードという存在がメレンケリの気持ちをはっきりさせてしまった。
メレンケリはグイファスが好きで、できれば彼と共に生きたいと願ってしまっていたことを。
「大丈夫よ。皆、そうだから」
メデゥーサはメレンケリの背後に立ち、そっと肩に手を置く。
「好きな人がいて、その人が誰かと仲良くなっていたら、嫉妬してしまうのも無理ないわ」
「……私は、嫉妬なんて……」
「でも、羨ましかったのでしょう。シェヘラザードがグイファスの胸に飛び込んで、抱きしめて、甘えているのを見て」
メデゥーサがメレンケリの顔を覗こうとするので、彼女は反射的に顔をそむけた。
「別に、そんなことを望んでいるわけでは、ありません……」
「そう?」
メデゥーサはメレンケリの隣に腰を下ろし、二人の関係について暴露した。
「シェラザードはグイファスの許嫁よ」
「許嫁……」
メレンケリの心が、ツキンと傷んだ。彼女は無意識に右手を胸の前に置き、ぎゅっと拳を握った。
「親同士で取り決めた、結婚相手ということね」
「そうなの……」
「悲しい?」
「……何故、悲しむ必要があるのです?」
「だって」
メデゥーサはメレンケリの背けた顔に手を添えると、自分の方に顔を向かせた。今にも泣き出しそうな顔をしている。
「ほら、なんて顔しているのよ。言葉は嘘を付けるけど、心はつくことはできないのよ」
「私は悲しんでいるのでしょうか」
「そうよ」
「……」
メレンケリは涙を流した。すると、メデゥーサはメレンケリを自分の方に引き寄せぎゅっと抱きしめた。メレンケリはその行為に母のことを思い出し、安堵してしまう。
頭の片隅に大蛇のことが浮かぶが、だんだんと「戦う」という意識が薄れていく。彼女は、目の前にいて自分のことを心配してくれている曾祖母のことを疑えなくなっていた。
「悲しかったら泣くといいわ。可哀そうな、私のメレンケリ」
「ひい、おばあ様……」
メレンケリが戸惑いながら、メデゥーサの腰のあたりに手を回す。メデゥーサは自身の胸の中で娘が泣いているのを感じると、誰にも見ていないのをいいことに、にやりと不敵な笑みを浮かべていた。
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