第89話 瓜二つ

 その日の夜、メレンケリは天蓋付きのベッドに横になっていた。部屋の明かりを付けていなかったが、その代わり少し離れた位置にある窓からは月明かりが差し込み、部屋の中を青白く照らしていた。


「……」


 メレンケリは革の手袋がはめられた右腕を、天井に向かって伸ばす。その右手を見つめながら、日中の出来事を思い出していた。勿論仕事のことではない。サーガス王国の街並みのことでもない。グイファスのことだ。

 グイファスに抱き付いたシェヘラザードは、彼と一体どんな関係にあるのだろうか。貴族の娘と言っていたから、騎士であり王族の血を継いでいるグイファスとは、きっと何かしら繋がりがあるのだろう。


 しかし、グイファスは何も答えなかった。


(私に知られたくないって感じだった。何故かしら……)


 メレンケリの心の内は、あの出来事があってからずっともやもやしていた。

 それに、シェヘラザードがメレンケリに見せたあの笑みは何だったのか。そして彼女の笑みを見た瞬間に、メレンケリは今までに感じたこともない苛立ちと、悔しさと、腹立たしさが合いまった。そして愚かにも右手の力を自分の為に使いたいと思ってしまった。


(私らしくない……)


 出来事も、感情も初めてのことだらけで、メレンケリはどうしたらいいのか分からなかった。だが、こんなことを誰かに相談することもできなかった。仕事のことは相談できても、心の内について相談できる者がいない。こんな時、母や妹がいてくれたらどんなに心強かっただろうか。だが、今は傍にはいない。


「……」


 メレンケリは、天井に向けていた腕から力を抜き胸の元に置くと、布団を被って眠ることにした。眠ってもきっと色々気になって、睡眠が浅くなることは分かっているが、明日も仕事なのでそんなことも言っていられない。

 メレンケリが諦めて眠ろうとしたその時だった。


 コン、コン、コン。


 窓を叩く音が聞こえた。

 メレンケリは窓の方に背を向けて横になっていたので、最初は空耳だと思った。だが、再び同じ音が鳴った。


 コン、コン、コン。


「……風?」


 メレンケリはゆっくりと寝返りを打ち、月明かりが差し込む窓を見た。するとそこに何かが揺らめいているのが見えた。

「……?」

 メレンケリは戸惑いながらもベッドから出て、窓に近づく。しかし、近づいてもそこには何もない。

「何だったの?」


 窓に何か当たったのだろうか。それとも上の階からシーツでも落ちてきたのだろうか。そんなことありはしないだろうと思いつつも、とりあえず窓を開けてみる。冬であるため、当然のごとく冷気が部屋の中に流れ込む。部屋が温かく保たれているため、薄手の恰好をしていたので余計に寒く感じる。メレンケリは体をさすり、口から白い息を吐きだしながら外を眺めたが何もなかった。


「何だったのかしら」


 そしてメレンケリが窓を閉めて、ベッドがある方を振り向いた時だった。

 そこには、暗い人影があった。メレンケリは目を大きく見開いた。ここは建物の二階である。どこから入って来たのか。


「だっ……!?」

 メレンケリが驚いて声を出そうとすると、その人は走るわけでもなく風のように近づき、彼女の口を手で塞いだ。


「しーっ、静かに……」


 その人が月明かりの元に照らされると、姿がはっきりとしてくる。そしてそれを見た瞬間、メレンケリは目を疑った。


(私……?)


 まるで自分そっくりの若い女性が、そこにいたのである。

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