2、魅惑と誘惑

第86話 花街

 メレンケリ達は、花街へ向かった。花街は、城下の一番南のはじにある。そして目的地に着くと、ミアム中佐はメレンケリに一緒に行くかどうかを尋ねた。


「あの、アージェさんも行きますか……?」

「えっ」


 メレンケリは聞かれて、どう答えていいか迷った。正直行きたくはないが、仕事なので行かざるを得ないのではないかと思っていたのである。答えに戸惑うメレンケリを見て、リックス少将が助け船を出してくれた。


「無理しなくていい。分かっていると思うが、正直ここは女性が行くところじゃない」

「でも……」


 言い淀むメレンケリに、ミアム中佐はちょっと困ったような顔をして笑っていた。


「日中ではありますが、違う意味で身の危険があると思いますしね」

「それは、……どういうことでしょうか」

 尋ねるメレンケリに、ミアム中佐は率直に答える。

「花街で働く子だと思われてしまうかもしれないってことです」

「……」


 そんなのはまっぴらごめんである。今まででさえ、この右手の為に色々我慢してきたというのに、こんなところで体を売る仕事になど付く気はさらさらない。

 勿論、それはここにいる皆が承知なのだが、店側はそうは思わないかもしれない。


「ということだ。それでも行くか?」

「……遠慮させて頂きます」


 メレンケリはリックス少将の申し出に、丁重にお断りする。


「分かった。だったら、グイファス、君はメレンケリと一緒にそのあたりの商店街周辺を巡回していてくれ。我々は花街のところ偵察してくる。後で商店街の方で合流しよう」

「分かりました」


 グイファスはあっさりと頷き、彼とメレンケリはリックス少将たちの背を見送ったのだった。

 メレンケリはグイファスをちらりと見ると、彼はにこりと微笑んだ。


「じゃあ、我々は商店街の方を巡回しようか」

「……うん」


 商店街がすぐそばにあるのだが、そこに行くまでメレンケリはグイファスも花街に行くことなどあるのだろうか、ということを考えていた。


(健全な青年だし……行きたくなることもあるよね……?)


 だが、グイファスがそんなことをしていると思いたくない自分もいた。何だかんだ言っても、やっぱりメレンケリはグイファスが好きなのだと思うのである。

「どうかした?」

 黙りこくるメレンケリに、グイファスが彼女の背中に声を掛ける。メレンケリはその声にびくりとし、すぐに首を横に振った。

「なんでもない!」

「そう……」


 なぜか答えた声が少し悲しそうだったのは、気のせいだろうか。

 メレンケリがそんなことを思っているうちに、商店街へとたどり着いた。


「沢山の人が行きかっているわね」

「お店がたくさん集まっているからね」


 商店街は活気に満ち溢れていた。時折威勢のいい声も聞こえる。ここでは食べ物も売っているが、生活に必要なものや、工芸品なども売っている。その中で、メレンケリはクリスタルが売っているお店に目が留まった。彼女は馬から降りて、店を覗く。


「わあ、きれい……」


 巡回そっちのけで、つい品物を見てしまう。クリスタルで作られた食器具や、置物が売られている。メレンケリはその中で、鳥の形をしたクリスタルに目を奪われた。首の長い鳥で、今にも羽ばたこうとしているような姿をしていた。


「気に入った?」


 食い入るように商品を見つめているメレンケリに、彼女同様に馬を降りた傍グイファスは傍に寄って尋ねた。その瞬間メレンケリは我に返った。


「あ、ごめんなさい。つい……仕事中だったのに」

「いや、ここら辺のものに興味を持ってくれて嬉しいよ」


 グイファスが笑ってそう言った時だった。メレンケリとグイファスの後ろに一台の馬車が止まった。

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