第87話 シェヘラザード姫
「……」
グイファスは後ろに止まった馬車を見た途端、メレンケリの前では見せたこともないような冷たい表情になる。メレンケリはグイファスと馬車を交互に見た。
「グイファス……?」
心配そうに尋ねるが、グイファスの耳には聞こえなかったようだ。その代わり、彼は馭者がわざわざ彼の所に降りてくるのを目で追っていた。
「グイファス・ライファ様ですね」
馭者がグイファスの前に立つと、帽子を取って頭を垂れた。
「いかにも」
グイファスは表情と同じように冷たい声で答える。
「シェヘラザード姫がお呼びでございます」
「仕事中だ」
グイファスははっきりと答えた。姫の要望を拒否するかのように。
「存じております。しかし……、しかしです。ここであなた様を呼び止めにならなければ、わたくしめが罰せられるのでございます……」
馭者が体を縮こませて懇願するので、グイファスは大きなため息をつきつつも「分かった」と言った。
「メレンケリ。少しの間、この店でクリスタルでも見ててくれ。私はあの馬車に乗った人に会ってくる」
「え、ええ……」
「すまない」
グイファスはそう言うと、彼は馬を引きながら馬車に近づいた。すると、馬車のドアが勢いよく開き、中から装飾の派手な帽子を被った女性が飛び出してグイファスに抱き着いた。
「……っ!」
メレンケリは驚いて、さっと顔を店の方側に向けると今度は軽やかで可愛らしい女性の声が聞こえた。
「グイファス様!やっぱり帰って来ていたのですね!ずっと心配しておりましたのよ!」
「それは……、ありがとうございます」
メレンケリはじりじりと店の奥の方に入って行きながら、ちらちらとグイファスの方に視線を向ける。するとグイファスは馬車から出てきた女性を優しく地上に下ろしていた。そして女性は、グイファスの方を熱を帯びたような瞳で見上げ、彼の頬にレースの手袋をした手を当てた。
「ジルコ王国に捕まったって聞いてたから……、よくご無事で。さぞ酷い目にあったことでしょう……!」
帽子の陰から見える女性の姿は、実に可愛らしかった。白い肌に、桃色の頬。少しふっくらとした体格で、カールが掛かった黒い髪を後ろで結わえ、装飾品で飾っている。彼女を冷たい風から守るコートはつなぎがない一枚の布で作られていた。それを見ただけで、身分の高い人であることが伺える。
(シェヘラザード姫って言ってたわね……王様の娘さんとかかしら?)
「まさか。シェヘラザード、それは誤解です。彼らは私の言葉を理解して下さった大切な人たちです。酷い目になんて合わされていません」
「本当ですの?」
「ええ。本当です」
すると、シェヘラザードはグイファスに抱き着いた。
「でも、何はともあれ本当にあなた様がご無事で良かった!」
そのときだった。メレンケリはシェヘラザードと目が合ってしまったのである。
メレンケリの表情に狼狽えたような様子が見えると、シェヘラザードは魅惑的な笑みを浮かべ、グイファスにすり寄った。メレンケリはそれを見た瞬間、もうグイファスと彼女の方を見ていられなくなり、メレンケリは店の奥へ入って行った。
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