第67話 エランジェ国王
「エランジェ国王陛下、ジルコ王国の使者の方々をお連れ致しました」
グイファスが窓際に立った男に声を掛けると、その人はゆっくりと振り向いた。
「ようこそ、サーガス王国へ」
煌びやかな装飾が施された、純白の服。グイファスと同じく浅黒い肌をしており、ほっそりとした体型をしている。年齢は四〇歳後半と言ったところだろうか。だが、国王という立場を長らく担って来たためか、その姿には凛々しく落ち着いた雰囲気が漂っていた。
「私の名前はエランジェ。この国の国王だ。君たちのことは、グイファスから話を聞いている。よくぞ、我が国に来てくれた」
エランジェ国王はゆっくりとメレンケリ達に歩み寄ると、リックス少将の前に立った。背の高い国王は、リックス少将を見下ろす形になる。だが、リックス少将は凛とした態度で、エランジェ国王と向き合った。
「私の名前はリックスと申します。ジルコ王国軍事警察署所属の少将を務めております。こちらこそ、貴国の為にお力をお貸しできるということ、嬉しく思います」
先ほどの大臣との対峙といい、国王との向き合い方と言い、リックス少将の物怖じのしなささは感心するものがあった。
メレンケリは彼の様子をマルスの背に隠れながら眺める。ジルコ王国がリックス少将を若いながらも今回の隊の隊長を務めさせたのは、後輩から支持されているからというだけではなく、他国の地位のある人物と向き合っても物怖じしないということもその理由の一つだったからなのだろうなと思った。
エランジェ国王は彼の言葉に、深く頷いた。
「そう言ってもらえて、こちらも嬉しい。本当に大蛇のことは困っていたのだ。まさか貴国に助けてもらえるとは思わなかった。勿論、期待していなかったとかそういうことではない。だが、貴国とは長い間……それこそ約百年もの間関係が薄くなっていて、中々進展する機会がなかった。こんな状況で、国交のことを言うのもなんだが、できればこれを機に貴国との関係もより深くなってければと思っている」
リックス少将はエランジェ国王の言葉に微笑んだ。
「それは我が国の国王も望んでおられることでした。長らく国交が冷え切っておりましたので、我が国のジルトヘザ国王もこれを機に、貴国との関係を取り戻したいと申しておりました」
「そうであったか」
「はい」
リックス少将は頷くと、自分の制服のポケットから一通の書状を国王に渡した。
「こちらをジルトヘザ国王より預かって参りました。今回の要件に関して書き綴ってあるかと思います。大体は、我が隊の指揮を大蛇を退治するまでサーガス王国国王陛下に一任すると言うことが書かれているはずです」
エランジェ国王はそれを受け取る。
「分かった。後でじっくり読ませて頂くよ。だが、隊に関しては私よりも貴殿の方が詳しいだろうし、我が国の兵士や騎士たちとの連携を考えたら、実践では貴殿が指揮を執った方がよいと思う。それ故に、私ができることは貴殿に我が国での自由な移動や調査ができる環境を整えることだと思っている。ここの騎士団長らと話をして早めにその準備をするつもりだ。ちょうど貴殿らは長旅で疲れていると思う故、休まれている間に全てを準備するつもりだ」
リックス少将は頷いた。
「分かりました。そのあたりのことはお任せ致します。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
エランジェ国王は、受け取った書状を傍に控えていた秘書に渡す。そしてリックス少将の後ろに控えるジルコ王国の軍人たちを眺めると、こう切り出した。
「それからグイファスから聞いたのだが、物を石にする力を持った者が一緒に同行してきてくれる手はずになっていると聞いた。それは誰であるか?」
その瞬間、メレンケリはびくりと体を震わせた。マルスの後ろに隠れて、見えないようにしていたのだが、まさか自分のことを聞かれるとは思わなかったので驚いてしまったのである。
「ああ、それならメレンケリ・アージェという者のことでしょう。メレンケリ、エランジェ国王陛下にご挨拶を」
リックス少将に言われ、メレンケリはおずおずと国王の前に姿を現した。すると、国王の方も若い女性が自分の前に現れたのが意外だったのか、目をぱちくりとさせていた。
「あの、えっと……メレンケリ・アージェと申します。えっと私が、触れたものを石にする力を持っている者でございます」
メレンケリはそう言って、ぺこりと頭を垂れた。緊張のあまり、どのタイミングで顔を上げたらいいのか分からずそのままの体勢になっていると、国王が彼女に声を掛けた。
「そこまで緊張せずともよい。顔をあげよ」
優しい声音で言われ、メレンケリはそろそろと体を元に戻すと国王と視線が合う。そしてその瞳を覗くと、グイファスと同じ金色の瞳をしていた。
「……」
メレンケリがまじまじと国王陛下を見ていると、今度は彼は笑った。
「私の顔に何かついていたかな?」
そのように問われ、メレンケリは恥ずかしくなって顔を赤らめた。ゆっくりと下を向いて視線を逸らす。
「えっ、あっそのっ。いえ、……何でもございません……」
メレンケリは左手で右手をぎゅっと掴んで胸に当てる。その仕草で、彼女の右手に手袋がかけられていることをエランジェ国王は気がついた。
「そなた、その手の手袋は?」
「えっと、これは……」
メレンケリは国王の問いに、手袋をかけた右手をそっと差し出す。
「私の右手には……、触れたものを石にする力が宿っております。それは、私の意志とは関係なく、否応なしに石にするのでございます。それ故に、石にしようと思ったもの以外に影響がないように、こうして手袋を掛けて力が及ばないようにしているのでございます」
「ほう。成程。では、その手袋はそなたにとってなくてはならないものなのだな」
「その通りでございます」
すると国王は、メレンケリにこんなことを頼んだのである。
「だが、石になる様子を見てみたい。試しに見せてはくれぬか?」
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