第10話 兄の仕事
「これ、俺が作ったんだ」
「お兄ちゃんが?」
トレイクがパン屋に勤めてから、五年になろうとしていたが、彼がパンを作ったという話は聞いたことがなかった。パンを作るのには、技術がいるため、最初はやらせてもらえないと嘆いていたことを覚えている。それに近頃は仕事が忙しく、家に帰ってくる暇もなかったし、こうやってお昼時にばったり会うこともなかったため、話を聞くことが中々なかった。
「ずっと練習してたんだ。作れるようになるまで大分時間がかかったけど、最近はこうやって自分なりに美味しいパンを作れるようになったんだぜ」
「……すごいなあ」
メレンケリはクリームパンの残りの分を、味わうためにゆっくりと食べた。兄が沢山練習して、丹精込めて作ったというのなら猶更だ。
「それにしてもどうやったら、こんな風においしく作れるの?」
すると、トレイクは声を潜めて言った。
「誰にも言わないか?」
「う、うん」
「よし、分かった。これ本当に秘密だからな」
「分かってるって」
何か特別なことでもあるのだろうか。メレンケリはドキドキしながら、兄の話を聞く。
「俺が上手にパンを作れるのは、想像するからなんだ」
「想像?」
メレンケリは小首を傾げた。
「そう。俺のパンを美味しそうに食べているお客さんのことを、想像するんだよ」
「……え?」
メレンケリは何度か目を瞬かせた。
「何?」
「それだけ?」
メレンケリがきょとんとすると、トレイクは「大事なんだぜ」と言って笑った。
「相手を思う気持ちがなければ、美味しくなんて作れないんだ」
「そうなの?」
「そうだよ。それがあるから、もっと上手になろうって思うし、工夫するし、沢山考えるんだ」
「技術はいらないの?」
「いらないわけないけど」
すると、トレイクは自分の胸を軽く、とん、とん、と叩いた。
「心が
「心……」
すると、建物の中からトレイクを呼ぶ声がした。
「おっと、いけね。じゃあ、呼んでるから俺行くね」
「うん、クリームパンありがとう。美味しかった」
「そりゃ、良かった!また、持ってくるな!」
兄の背を見送り、メレンケリはまたため息をついた。
美味しそうに食べているお客さんのことを、想像する。
そうやって、人々を幸せにできる兄が羨ましい、とメレンケリは心の底から思ったのだった。
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