第11話 振り返ることはない

 メレンケリはその日から、グイファスの監視役として働いた。朝から家に帰るまでの時間はずっと彼の行動を監視する。ただ時折、取調室の隣の部屋に呼ばれ、新たに捕まった男たちの言い分を黙って聞いた。そしてグイファスのときと同じように、熟したリンゴを石にして脅す。


 メレンケリはグイファスとは不用意に喋らないようにしていた。グイファスも、メレンケリが口を開かないので最低限のことしか聞かない。石鹸のある場所や、新しいタオルが欲しいとか、ごみを捨てる場所はどこか、とかそういった程度である。


 だがグイファスの監視役になってから、三日が過ぎた日のことだった。


 メレンケリは捕まった男を、石にしなければいけないことがあった。ここふた月ほど、石にしたことがなく、久しぶりのことだった。メレンケリはいつものように軍人の言葉に従い、抵抗する男に触れようとする。


「暴れても無駄だ!」


 軍人が、口に布を巻きつけられた男を羽交い絞めにしながら言った。男は「んー! んー!」と言いながらも、メレンケリが近づくことを拒絶する。


 メレンケリは、一歩、そして一歩近づき、男を部屋の角へと追い詰める。男の表情は引きつり、脂汗をダラダラとかいていた。それでもメレンケリは、いつも通り冷ややかな瞳で男を見つめ、ゆっくりと手袋を取った右手を近づける。


 しかしその時、兄トレイクが持ってきたクリームパンのことを、前触れもなくふと思い出してしまった。


 ――相手を思う気持ちがなければ、美味しくなんて作れないんだ。


(相手を思う気持ち……)


 メレンケリが、男を見ながら彼に触れることを躊躇ったとき、軍人が大声で叱咤する。


「メレンケリ、早くしろ!」


 メレンケリはびくっと驚き、その勢いで男の左手に触れる。


 その瞬間、男の手は灰色になり徐々に体が灰色の石になっていく。パキパキという音が、取調室に響いた。男はできるだけ腕と首を伸ばし、石になる時間を稼ごうとする。


「んっ! んー‼」


 しかし男がどんなに抵抗しようとも、石になる速度は変わらない。メレンケリが一度触れてしまってからは、止めることもできないのだ。


 男は目に涙を浮かべ、石になっていく自分の体を見下ろす。


 腕から胸、首、腰と徐々に無機質な灰色になっていくと、軍人はもう押さえている必要もないと判断し、男から手を離す。その判断は正しく、男は自分の身に起こっている出来事を見ているので精一杯のようで、逃げるようなことはもうない。


 軍人が「部屋を出よう」とメレンケリの背中を押しながら言うので、彼女はそれに従おうとする。すると男がそれに気が付き、メレンケリの背に声をぶつけた。


「ん、んー! んんー‼」


 口に布を巻き付けられているので何を言っているのかは分からない。だが、それは恨みや、苛立ちであることは想像せずとも分かる。


 メレンケリは瞳を閉じ、その声を聞きながら部屋を出る。彼女が振り返ることはなかった。

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