第20話 面倒な妹とその友達

 インフルエンザが猛威を振るい、その影響で学校が休みになりながらも、来たるイベントに少年少女が心躍らせる二月。

 私と智樹が通う大学も、昨日一昨日はインフルに罹った教授がいて、いくつかの講義が休みになっていたり。そんな中で、愛する妹からのSOS。応じないわけにはいかないということで。

 どうもみなさんこんにちは、白雪桜です。

 作品間違えたとか思ったそこのあなた、間違えてないわよ。ちゃんと世界一可愛いヒロインがいる小説で合ってるわ。だからブラウザバックしないで。

 さてさて。私がこうして出張してきたのも、一応はしっかりとした理由がある。なにせこの作品はラブコメだ。ヒロインの視点から語られる彼女達の心情は、ここぞという時まで伏しておくもの。しかし今回の物語、決して無視できるようなものではないということで。一歩離れた視点から見守ってる、私が出張って来たというわけだ。

 多分今回だけだと思うから、読者諸兄には理解の方を求めるわ。


 というわけで、二月である。二月と言えば、思い浮かべるイベントは一つしかないのではなかろうか。

 そう、バレンタイン。

 私が今回小梅から受けたSOSは、お菓子作りを教えて欲しいとのこと。たしか、友達も呼ぶとか言っていたか。

 小梅が誰に渡すのかは、まあなんとなく察しがつく。先日、智樹が連れて来たあの子だろう。あれから一ヶ月も経っていないが、小梅の様子を見る限り、あの子は上手くやってくれたようだ。姉としては、感謝してもしたりない。

 まあ。だからと言って。小梅に少しでも変な真似したら、それ相応の報いを受けてもらわなければならなくなるけど。

 名前はたしか、椿葵だったか。あの子のことはひとまず置いとくとして。

 実家に帰るのは久しぶりだ。必要なものは小梅に頼んで事前に買ってもらっているし、私の今日の役割は教師に徹すること。年上として、姉として、かっこ悪いところを見せるわけにはいかない。


「ただいまー」


 数ヶ月ぶりに潜った玄関には、見たことない女性用の靴が一つ。小梅やお母さんが履くには小さいから、おそらく小梅の友達がもう来てるんだろう。

 小梅から、こうして友達を紹介されるのは、初めてだったりするんだけど。だからもしかしたら、少し特別な友人だったりするのかしら、なんて考えてみたりもしている。

 いえ、そもそも、特別な友人ってのがどう言う定義の元、他の友人と違うのかは分からないんだけど。ほら、私って友達少ないし。


「あ、お姉ちゃんおかえりー」

「お、お邪魔してます……」


 リビングに入ると、小梅ともう一人、お下げ髪にメガネの可愛らしい女の子がソファに座っていた。この子が小梅のお友達? それにしては、随分と幼い顔立ちな気がする。三年生じゃないのかしら。


「ただいま小梅。その子は?」

「友達の駒鳥ちゃん。今日一緒に練習お願いする子だよ」

「こっ、駒鳥小鞠ですっ。今日はよろしくお願いしますっ」


 立ち上がって、声が裏返りながらも丁寧にお辞儀までしてくれる。緊張してるのかしら。可愛いわね。


「小鞠、ね。白雪桜よ。よろしく」

「は、はいっ!」


 にしても緊張しすぎでは? こんなにガチガチだと、変なところでミスしかねない。

 この前会った椿もそうだったけど、どうしてそんなに身構えられるのかしら。もしかして怖がられてる?


「駒鳥ちゃんは文芸部で図書委員なんだよ。だからお姉ちゃんの後輩」

「あら、そうなのね」

「は、はい……」


 これは意外な接点だ。と言うことは、この子があの部誌を引き継いでくれているのか。なんと言うか、感慨深いわね。あれから三年も経っているのに。


「それに、駒鳥ちゃんが好きなお話あるでしょ? あれ書いたの、お姉ちゃんだよ」

「そ、そうなんですか⁉︎」


 いきなり目を輝かせ、こちらへズイッと寄ってくる。

 私との距離を詰めて来た小鞠は、さきほどまでの緊張をどこへ飛ばしてしまったのか、早口で捲し立てだした。


「私、あの作品が大好きなんです! 主人公とヒロインの掛け合いとか、毎回面白くてクスッとしちゃいますし、二人の心情の変化は読んでいてドキドキしますし、終盤のヒロインはとてもカッコよくて、私もあんな風になれたらなって!」

「そ、そう、ありがとう」


 これはあれだ。好きなものを語る時のオタクだ。ソースは私。でも、実際に語られると、ちょっと引いちゃうわね……。

 しかも、それが自分達の書いたもので、その上実体験を元に、なんて作品なのだから、どう反応するべきかちょっと困る。


「あ、す、すいません……いきなり……」

「いえ、良いのよ。直接感想を言ってもらうのは久しぶりで、少し戸惑っただけだから」


 それに正確には、あれは私一人の作品ではないのだし。

 微笑んで言ってみれば、赤い顔して俯いてしまう。可愛いわね。小梅が気にいるのも納得かも。

 しかし、そんな可愛くて内気であろう文学少女が、この時期にお菓子作りを教えてほしいとは。やっぱり、本命だったりするんだろうか。


「じゃ、早速始めよっか。駒鳥ちゃん、葵君が喜びそうなの、作れると良いね」

「はいっ!」


 ああ、なんとなく察してしまった。あの子も大変ね、色々と。





 というわけで始まった、私によるお菓子作り教室。申し訳ないが、詳しい描写は省かせてもらおうと思う。

 何故って、今回のお話で肝心なのは、いかにお菓子をうまく作れるかではないからだ。と言うか、私が教えるようなことは殆ど無かったし。二人とも料理は出来るから、一通り手順さえ教えてしまえば、あとは自分達で勝手に出来るようになっていた。

 私が呼ばれた理由がイマイチ分からない。語り手を務めさせるためだけとか、そんなんじゃないことを祈ろう。

 さて。では今回のお話で肝心なのはどこか。

 それはつまり、バレンタインとはどのようなイベントか、と言うことに帰結する。

 別に聖バレンティヌスがどうとか、そこまで遡るわけではなく。バレンタインとは結局、自分の想いを込めたチョコを、好きな人に渡すイベントだ。

 問題は、その想いの部分。


「白雪先輩は、どうして葵くんに、チョコを渡すんですか?」


 後片付けの最中、自信なさげな声がキッチンに響いた。純粋な疑問と、少しの恐怖が混じった声。

 年下のこの子から見ると、小梅のやっていること、考えていることが理解できないのだろう。それ故の恐怖。人間は、自身の理解が及ばないものに恐怖を抱く。


「あら、好きな子にチョコを渡すのが、バレンタインでしょう? それ以外に理由は必要だった?」


 姉の私でも、果たしてその言葉が本心なのかは分からない。当然だ。その人の考えていることなんて、結局は本人以外には決して分からないのだから。

 その答えに満足していないのか、小鞠は俯き押し黙ったままで。一方の小梅は、優しい声で年下の友人に声をかける。


「前にも言ったけど、あたしは駒鳥ちゃんのこと、応援してるんだよ? あなたがいる前であんなこと言ったけどさ、葵君にも駒鳥ちゃんにも、幸せになって欲しいんだもん」

「……先輩は、それでいいんですか?」

「いいもなにも、あたしがそう思ってるんだよ」

「私が、バレンタインの日に告白するって、そう言っても、ですか?」


 その言葉に、小梅の表情が僅かながら揺らいだ。見上げながら宣言した小鞠が、それ気づいた様子はない。


「ええ、もちろん」


 ニコリと笑顔で答える。その笑みも、言葉を出したタイミングも、完璧なもの。自然な会話の流れ。

 その奥に隠された真意に気づける人間は、それこそ家族くらいのものだろう。


「むしろ、あたしの卒業前に二人がくっついてくれるのなら、なにも文句はないわよ。それであたしも、何一つ不安を抱えることなく、清々しい気持ちで卒業できるんだから」

「でも、だったら、先輩のお願いは……」


 言いかけて、最後まで紡がれることはなかった。きっと、小梅の笑顔を直視したから。

 一見完璧に見えるのに、どこか無理があるように見えてしまう。私じゃなくても気づくであろう、その笑顔を。


「あたしのことはいいからさ。駒鳥ちゃんは頑張らないと! 本当にバレンタインで告白するんだったら、今から覚悟決めないとダメでしょ?」

「そう、ですね……」

「あたしお手洗いに行ってるから、その間にお姉ちゃんから色々聞いときなよ。伊達にめんどくさい恋愛経験してないからさ!」


 言い残して、小梅はキッチンを出て行った。

 残された小鞠は片付けを再開しながらも、やはりどこか浮かない顔だ。


「これで、いいんでしょうか……」

「小梅のこと?」

「はい……」


 私は三人の関係について、詳しいわけではない。先日少しだけ言葉を交わした椿と、小梅から断片的に聞いている話。それから今日のこの二人の様子から、ある程度の推察をするしかない。

 しかし、小梅と小鞠の二人だけを見ると、とても仲がいいように見えた。小梅が家に呼ぶくらいなのだから、それは当然なのかもしれないけど。

 その仲の良さが、きっとこの子達の邪魔をしているんだろう。


「あなたが小梅のことまで考える必要はないわ。言ってみれば、余計なお世話、ってやつね」

「でも……」

「一応確認しておくけど、あなたは椿のことが好きなんでしょう?」


 控えめながらも、しっかりとした頷きが返ってきた。ならば私から言えるのは、一つだけ。


「じゃあ、ライバルに遠慮することなんてないじゃない。小梅がどうするかは、小梅が決めること。仮に小梅が告白するんだとしても、選ぶのは椿よ」


 手元にあった最後の道具を片付け終える。見れば、小鞠の方も全て片付けたようだ。小梅も、自分の仕事は終わらせているから、これで後片付けはおしまい。


「あなたは、ただ自分の気持ちに正直になっていればいいの。椿が好きなら、そう伝える覚悟と決意を持っていれば、それでいい。頑張りなさい。少なくとも、あなたの作るお菓子は美味しいんだから」

「……はい」


 お茶を淹れるわと告げて、小鞠をリビングの方に戻す。

 小梅も戻ってきたみたいで、リビングからは二人の会話が聞こえてきた。そこに、さっきまでの迷ったような声音は混じっていなかった。







「お姉ちゃん、今日はありがとね」


 小鞠が帰宅して、私もそろそろ帰ろうかと玄関で靴を履いている時に、小梅が声をかけてきた。


「いいわよ。小梅からのお願いなら、私は断れないもの」

「お兄さんにまた、シスコンだなんだってからかわれるよ?」


 シスコン上等。むしろ妹が嫌いな姉なんてこの世に存在するわけがない。全国の姉は妹を溺愛するものなのだから。

 とまあ、そんな冗談はさておいて。

 ニシシ、と可愛く笑っている小梅に、私は気遣うような目を向ける。それを小梅も察知したのか、大丈夫だよ、と先んじて口にした。


「あたしね、今が凄い楽しいんだ。だから、大丈夫」

「本当に?」

「うん。お姉ちゃんとか、綾ちゃん先輩がいた時よりも、ずっと楽しいよ」


 それはそれでちょっと悔しい気もするけど。


「それだけじゃないわよ。椿のこと、好きなんじゃないの?」

「……どうだろうね」

「隠し事が下手よ」


 もう18年もこの子の姉をやっているのだ。小梅の嘘や隠し事なんて、一目見れば分かる。あんな、無理矢理な笑顔を見せられたのだから。


「あはは、やっぱりお姉ちゃんには分かっちゃう? でもさ、いいんだよ、これで。あたしはもう卒業で、二人とはお別れしないとダメだから。それに、さっきも言ったでしょ? あの二人には幸せになってもらいたいからさ。あたしは潔く、いなくなった方が二人のためだよ」


 その言葉はきっと、本心でもあるんだろうけど。同時に、どこかで我慢を強いているはずだ。なにかを諦めているはず。


「ねえ小梅。あなた、今自分がどんな顔してるか分かってる?」

「どんな顔?」

「昔の私とか、智樹みたいな顔よ」


 自覚はなかったのか、少し驚いたような表情をした小梅に、またねと言い残して家を出た。

 全く。なんと言うか。こんなところで、やっぱり妹なんだと実感したくはなかった。


「はぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜……………」


 今まで我慢していたものが、ため息となって吐き出される。

 私が言うのもなんだけど、めんどくさすぎでしょ。小梅も、他の二人も。

 とは言っても、ここから先は三人の問題。三人の物語だ。これ以上、私や智樹が介入してもいいことにはならない。

 あとは本人達が、どんな答えを出すのか。

 願わくば、三人にとってより良い結末が訪れるように。

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