第19話 タコさんウィンナーと贈り物の意味

 小梅先輩の家でなんやかんやあってから、数日が経った。あの日は結局夏目さんに送ってもらい、翌日は徒歩での登校になってしまった上に教科書は当然のように使い物にならなくなっていたのだが、まあ過ぎた話だ。

 そんなわけで水曜日。バレンタインまであと一週間ちょっと。

 今日も今日とて、空き教室で小鞠が作ってくれた弁当を頂きながら、三人で談笑なうなのだが。


「そうそう、駒鳥ちゃん」

「はい?」

「駒鳥ちゃんって、お菓子作り得意?」


 なんの脈絡もなく、先輩から小鞠に問いかけられた。受けた小鞠はというと、その質問の意図が分からないのか、可愛らしく小首を傾げている。

 いや、なんで分からないんだ。俺が言うのもなんだけど。

 そんなことより今日も玉子焼きが美味い。


「まあ、出来ないことはないですけど……」

「得意ってわけでもなさそうだね」

「はい……あまり作ったことはないので……」

「なら丁度いいや」

「……?」


 ここまで話しても、小鞠は未だ理解出来ていないようで。小さな頭の上ではなおも疑問符が踊っている。

 そしてそんな小鞠を見て、逆に先輩まで困惑の表情を浮かべていた。

 エビチリうまうま。


「えっ、ちょっと待って、本当に分からないの?」

「はぁ……いきなりお菓子作りの話をされても、私にはあまり縁のない話ですし……」

「マジかー……」


 天井を仰ぎ見る小梅先輩。まあ、先輩の気持ちも分からないでもないが、俺が口出しするべきではないだろう。ていうかしたくない。

 唐揚げうまうま。


「しょうがない……葵君、君から教えてあげなさい」

「俺は今からタコさんウィンナーとの激闘を繰り広げる予定なので」


 小鞠らしく可愛らしいタコさんウインナーに箸を伸ばし、摘もうとしたその瞬間。

 横から伸びてきた白い手に、俺のタコは奪われた。


「あら美味しい」

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 絶叫する俺。ドヤ顔の小梅先輩。


「よくも俺のタコ次郎を!」

「あたしを無視するから悪いんだよー。てか、なんで名前つけてるの? 太郎は?」

「太郎はこっちです」

「じゃあ太郎も貰い」

「させるか!」


 再び伸びてきた手から太郎を守るべく、弁当箱を移動させようとする。が、俺が小梅先輩にスピードで敵うわけもなく。太郎どころか、弁当箱ごと奪われてしまった。


「俺の昼飯返せ!」

「嫌だよーだ。お弁当食べてたらあたしの話聞いてくれないじゃん」


 弁当箱を取り返そうと腕を伸ばせば、払われ躱され、挙げ句の果てにはあっけなく転ばされて組み敷かれた。しかも、弁当の中身は一切落とさず。戦闘力高すぎない? サイヤ人かなにかなの?


「ぐぬぬ……」

「葵君、ちょっとは鍛えた方がいいんじゃない? あたしの師匠、紹介しようか?」

「人の弁当食いながら言うなよ……」

「まあ、作ったのは駒鳥ちゃんだから、正確には君のじゃないけどね」


 ついに太郎までもその腹の中に収められてしまった。ごめんな、タコ太郎、タコ次郎、守ってやれなくて……。

 タコ太郎は語呂悪いからやっぱり却下だな。

 無様に倒れた俺の上に座る小梅先輩は、ついに残っていた唐揚げにまで手を出していた。さすがにそれは止めねばなるまいと、声を上げようとした時。


「あっ、そういえば、もう少しでバレンタインですね!」


 ようやく合点が言ったのか、小鞠の声が空き教室に響いた。


「いつも特になにもしないから、忘れてました。でも今年は葵くんにあげ……あ、あげます、もん、ね……?」


 言葉尻に向かうにつれて萎んでいく声。小梅先輩の椅子になってる哀れな俺をチラチラと見ながら、その頬も徐々に赤くなっていった。

 そんなのを見せられてしまえば、なぜか俺まで謎の羞恥心が湧き上がってきて。


「はいはい、イチャイチャしないの」


 パンパン、と手を叩く音で、変な雰囲気が霧散する。

 俺の上から退いた小梅先輩は、いつの間にか弁当箱を机の上に戻していて。優しい笑顔を浮かべながら、未だ顔が赤い駒鳥に近寄る。


「そういう訳だから、駒鳥ちゃん。もし良かったら、うちでお菓子作りの練習しない? あたし、今度お姉ちゃんに教えてもらうからさ。一緒にどうかなって」

「え、白雪先輩も手作りで……?」

「もちろん。本命チョコくらい、ちゃんと自分で作らないとダメでしょ?」


 起き上がって、制服についた埃を払った。定期的に掃除しているのか、あまり汚れてはいなかったが。

 二人の方に視線を向ければ、小梅先輩は尚も笑顔で、小鞠は少し戸惑ったような顔をしていて。しかし、メガネの奥の瞳には、直ぐに強い光が宿った。


「わかり、ました……そういうことなら、お願いします」

「よし。じゃあ、詳しいことはまた後で連絡するね」


 机の上に戻された弁当箱を見てみると、やっぱり唐揚げは食べられていて、それどころかおかずは殆ど残っていなかった。

 やはりちゃんと文句を言っておかなければなるまいと、口を開きかけると。それよりも前に、小梅先輩がこちらを向いて、含みのある笑みを一つ。


「そういうことだから、葵君は楽しみにしててね」

「……」


 せっかくスルーしてたのに、最後でこっちに振らないでもらえますかね。







 その日の放課後。今日は図書委員の当番なので、空き教室には向かわず、小鞠といつものように二人で図書室のカウンターに座っていた。

 あのジャージの秘密が気になって『雪化粧』を読み進めているのだが、一向に分からないままクライマックスの修学旅行まで来てしまった。てか、なんで小梅先輩のお父さんのジャージについて、文芸部の部誌で分かるんだよ。どう考えても、夏目さんが適当にはぐらかしただけだろ、あれ。

 さて。一方の小鞠はと言うと、今日は小説ではなく、珍しく料理本を読んでいる。昼休みの会話から察するに、予習といったところだろう。勤勉なようでなにより。これには某怠惰さんもニッコリ。

 しかし難しい顔をして読んでいるのを見るに、理解出来ているのかは分からない。

 やがてため息を一つ落とした小鞠は、本を閉じてカウンターの上に置き、こちらへ視線をよこした。


「葵くんは、どんなお菓子が好きですか?」

「へ? 俺?」


 いや、今日も今日とて図書室には俺たちと司書の先生しかいないんだから、俺に決まってるだろ。そもそも名前呼ばれたし。

 しばらく考えてみるも、これと言って好きなお菓子は思い浮かばない。強いて言えば、先月先輩と行った喫茶店のフルーツタルトが、やたらと美味しくて印象に残ってる、くらいだが。


「どんなお菓子が好き、ってのはあんまりないな」

「なんでもいいが一番困るんですよね……」


 ああ、分かってはいたけど、やっぱりバレンタインのことだったのね……。直接聞くかね普通……。


「そういえば、バレンタインに贈るお菓子には、種類によって意味があるらしいぞ」

「そうなんですか?」


 なにかのラノベで読んだ記憶があるのだが、たしか、チョコはシンプルに好き。クッキーは友達的な意味での好き。マシュマロは大嫌い。とか、そんな感じだったはずだ。

 いかんせん記憶があやふやだが、まあこんなもん、どっかの製菓会社の陰謀に決まってる。ネットで調べたら、むしろマシュマロは大好きの意味、とかも出てきそうだし。

 と言うのを小鞠に教えてやれば、なるほど、と神妙に頷かれた。あんまり真に受けられても困るんだが。


「じゃあ、やっぱりチョコですね……」

「……」

「……あっ。いえ、なんでもないですっ」

「ああ、うん……」


 今の話の後に、そんな呟きを漏らさないでくれ。反応に困るから。顔を赤くして、慌てたように手を振るが、ちゃんと聞こえちゃってたから無意味である。

 俺の頬にも熱が集まりながら、しかし考える。小梅先輩には、ちゃんと小鞠のことについて考えろと言われた。

 俺が小鞠のことをどう思っているのか。

 それが好き嫌いじゃなくても、その答えはちゃんと出せと。

 あの時はどれだけ考えようが、小梅先輩のことがチラついていた。それは、今も変わらない。あの日の涙の理由を知ってもなお、あの人の涙が、笑顔が、頭によぎる。

 だが、逆もまた然りだ。

 そこから派生して、小梅先輩のことをどう思っているのか、なぜあの人のことが頭によぎるのか考えても、今度は小鞠のことが。

 いっそのこと、あの小さな箱庭のような場所で、ずっと三人で笑い合うことが出来れば。

 それは叶わぬ願いだと理解している。小梅先輩との別れはすぐそこだ。そうじゃなくても、俺や小鞠だって、いつかはこの学校を卒業するのだから。

 でも、そう願わずにはいられない。


「そ、そういえば、白雪先輩のお姉さんってどんな方なんでしょうか。私、噂話しか聞いたことがなくて」

「噂通り、凄い人だったぞ」

「会ったことあるんですか?」

「前に一度な」


 いやもう本当。あの時は死を覚悟しましたからね。夏目さんの変な脅しのせいで。

 しかし実際は、妹思いのいいお姉さんだと感じた。きっと、先輩の友達として小鞠のことは歓迎してくれるはずだろう。


「小梅先輩によく似てたよ。いや、この場合小梅先輩が似てることになるんだろうけど」

「今から緊張しちゃいます……」

「いい人であるのは間違いないと思うから、そんな緊張しなくてもいいと思うぞ。ただまあ、結構威圧感のある人だけど」

「余計に緊張するようなこと言わないでくださいよ……」


 だって俺も怖かったし。とびきり美人の無表情ってなんであんなに怖いんだろうね。桜さんしかり小梅先輩しかり。

 万が一夏目さんも一緒にいてくれれば、桜さんの怖さも多少マシに感じるだろうが、あの人がいれば小鞠が余計に緊張してしまうか。

 まあ、小梅先輩に任せるとしよう。


「……でも、頑張って作りますね。ちゃんと、渡しますから」

「……おう」


 少し赤みが差した柔和な笑み。俺の顔も同じ色に染まりながら、思う。

 バレンタインまでには、ちゃんと答えを出さなければいけないかもしれない。

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