第2話
「沙織さん、心配はいらないよ。」後ろから声を掛けられ、振り返った。黒猫のタローがしっぽを揺らしながら、爽やかに言った。
「タローくん、私…夢を見ているの?」
「さっき、きみが言ってただろう。白ねこになって、一緒に雑司ヶ谷を探検したら楽しそうって。案内するよ。ついておいで!」
「えっ?ちょっとタローくん。待って!」
「心配しなくても大丈夫だよ。きみがほんの少し眠っている間だけの探検だ。」
タローはブロック塀の上を軽やかな足取りで歩いた。沙織は、タローに追いつこうと、ブロック塀の上を小走りで歩いていく。塀の向こうには、たくさんのお墓。墓地がこんなにきれいだなんて感じたことがなかった。
「にゃーにゃーかわいい!」 「かわいい!」「あっねこちゃん!」突然、黄色い声に包まれた。保育園児に遭遇したのだ。タローと沙織は、背筋を伸ばして凛々しい姿で彼らを通り過ぎる。
迷路のように立ち並ぶ赤い鳥居が見えた。鳥居の向こうには小さな社。不思議な雰囲気の小さな神社だ。
塀から塀へ、綱渡り、そして、お寺の参道へ。見上げると、桜の花がちらちらと舞い落ちる。
「桜がきれい。こんな角度で桜を見たことがなかったわ。」
「桜並木を下から見ると、桜のトンネルみたいなんだ。」
「ねこも人と同じように、桜を見るのが好きなのね。」
「特に、ぼくは、桜のはらはら舞いだす今頃の桜が一番好きなんだ。」
タローと沙織が桜並木沿いをすたすたと歩いた。春風が気持ちよく吹いて、桜の花びらがはらりと落ちた。どちらからともなく、花びらを追いかける遊びが始まった。タローが、花びらを前足で取ろうと、ぴょんと跳ねる。沙織も負けじと、花びらを取ろうと悪戦苦闘を始める。
「ついておいで。」タローが走り出した。慌てて、沙織が追いかける。木々に囲まれた境内。その奥の大イチョウ前で、タローが止まった。沙織がタローの隣に座る。
「目を閉じて。」タローが、沙織の目を前足で覆った。
「そっと、目を開けてごらん。」
タローが前足をそっと離し、沙織が目を開ける。沙織とタローは、大イチョウの大樹の一番高いところにいた。
「沙織さん、せっかくだから、高いところからの景色も楽しもう。」
そよそよと風が吹き、桜の花びらがちらちらと飛んでいる。
「高いところからの景色も素敵。みんな桜を見て楽しんでいるみたいね。」
「ぼくみたいなねこも、桜が咲くとはしゃいじゃうんだ。」
「町の景色をいろいろな角度から見ると楽しい。」
雲一つない澄んだ青空と春風が、一層、春の季節を演出していた。
「風が気持ちいい。」沙織が目を閉じて、深呼吸した。その瞬間、ふわっと体が浮いた感じがした。
「あっ、落ちる…。」
首の力がガクッと抜けて、頭が前へ下がった瞬間、意識が戻った。目の前に、テーブル、ソファーにトートバッグとスケッチブック。タローが丸い目で、沙織をじっと見つめていた。
「タローくん、さっきまで…。」
ふわっとした珈琲のいい香りがする。
「大変お待たせしました。」マスターが珈琲を運んできた。
「ありがとう。」
夢だったはず…。だけど、まるで本当に起こったことのような不思議な目覚めだ。
隣にいるタローの背中に桜の花びらがついているのに気が付いた。桜の花びらをつまんで、じっとみる。
「タローくん、私を探検に連れて行ってくれたでしょ?」タローは、こちらを向いて、小さくにゃーと言って、頭を擦りつけた。
沙織は、店を出て、夢の中でタローと探検した方へと歩いていく。気持ちがすっきりとして、漫画家になりたいという気持ちが溢れてきた。
境内の大イチョウの前まで来ると、トートバッグの携帯が鳴った。担当編集者からだった。
「佐藤さん!先週、持ってきてくださった作品で、短期連載できますか?」
「えっ?!はいっ!できます!」沙織は即答した。
タローと沙織 そらお @solao_ulala
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