第3話 鬼才の所以

 去年度の、雪が解け始めた頃。世間はある作家について大盛り上がりしていた。

 葬儀に使われる花の名の少女を主人公にした一冊の本が平和ボケしていたメディアの頭を殴りつけたのだ。

 その本の内容はこうだ。

 少女はレイプ被害者の子供で、生まれてすぐに捨てられた。それを拾ったのはキャバ嬢で貧しいけれど真っ当な生活は出来ていた。そして少女が小学校4年生の時、キャバ嬢が病死。少女はキャバ嬢の弟の家に預けられることになった。

 そこからが地獄の始まりだった。偽物の両親を手に入れた少女は毎日痣と火傷を増やし毎晩客を取り、悲鳴を上げる間も与えられず心が殺された。

 周囲の人間は一切手当されていない眉を顰めるような傷に気付きながらも見て見ぬ振りを貫き通し、子供の無垢故の残虐さを大人たちは隠し通した。

 少女に転機が訪れたのは、中学校の夏休み。気まぐれに少女に手を差し伸べた転校生がいた。転校生は少女に大量の原稿用紙を渡し、今まで己が体験してきたことをひたすらに書かせた。支離滅裂に書き殴られた言葉たちを全体像を変えない様に整頓し、転校生はその原稿用紙を出版社に持って行った。

 書籍化はすぐに決まった。この一冊に関わろうと大人たちは目の色を変えたと転校生は語った。

 公開するのはペンネームとこの物語がノンフィクションであること。

 それ以外は一切の情報を秘匿することを条件にこの一冊が発売された。

 つまり作者がそうと自覚せずに書いた自伝小説だ。

 そしてその謎に包まれた作者が、目の前の包帯少女だ。

 少女はつまらなそうに私が持ってきた分厚い小説の表紙をつつく。


「これね、エンドが書かれてないから多くの人が少女は偽物の両親を見返したと思ってるんだよ。けどさ、現実はご覧の有様。痣も火傷も、客だって増えてる」

「けれど絶望的だった高校進学も果たして一切授業に出ていないのに卒業資格が受け取れることは確定しているのね」

「うん、大人たちが勝手に決めた約束事だけどね」


 屋上にぶちまけられた原稿用紙に、喰らいつくように彼女は文字を書いていく。箇条書きなのかテロップなのか、それともそういう文章なのかよく分からないラインの文章が綴られていく。


「滅茶苦茶ね」

「どうせ転校生がまとめてくれるからいいの」

「その転校生はこの建物の中にいるの?」

「いないよ。もっと頭の良い人が行くとこに通ってる」


 夏休み前の一か月間、私は、私たちは学校に通いはするものの教室に足を踏み入れることは一度も無かった。毎日毎日汗だくになりながら立ち入り禁止の屋上で自分の人生を他人の物語に仕立て上げた。

 終業式が始まったチャイムをバックミュージックにしながら、私は一人の屋上で包帯の少女が「小説界の鬼才」と呼ばれる所以に背筋を震わせた。

 鬼才が新作を発表したのは一週間前。そして今日、初めて鬼才がメディアに姿を晒した。鬼才はぶかぶかのパーカー姿でフードを目深に被り、唯一記者の「新作はどういった小説か」という質問にたった一言を発しただけ。


「この小説は私たちが世界を嘲笑ってやるための踏み台よ」


 謎のヴェールの奥深くで守られてきた少女の言葉は日本どころか世界中の心を鷲掴みにした。

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吐き気がするほど愛してる 初夏みかん @yorusora

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