第2話 アイの告白

 事の始まりは、一年前に両親が事故死したことだろう。全く別の場所で、二人は飲酒運転の車に轢かれて骨を遺して旅立った。

 歳の離れた従兄夫婦のお世話になることが決まり、ウェディングドレス姿が記憶にかろうじて残っていた義姉とも仲良くなる事が出来た。

 このまま、世間で理想とされる普通の進学をして普通の就職をして、この家を出て。両親の事故死が長い人生の中の特に悲しい過去の思い出に成り果てて、何事もつつが無く終わるのだと、何の保証もなく確信していた。

 それが酷い音をたてて砕け散ったのは、夏休みの最中。義姉が友人たちと旅行から帰ってきた日。

 泥酔して帰ってきた従兄に、ありきたりな言葉を使えばレイプされた。

 最初は私を義姉と間違えているんだと、酔っているせいで幻覚を見てるんだと思い必死で抵抗した。早く義姉が帰ってきてくれることを心の底から願った。


『唄』


 その瞬間、私の唯一の希望は取り上げられた。

 従兄は間違いなく、私を犯そうとしていた。


『ずっとずっと好きだった。なんで従妹なんだろうって恨んださ。もっと血が離れていればお前が俺の嫁だったのに。なあお前も俺が好きだろう。そうさ、そうに決まってる。あの女が気になるか。大丈夫だすぐに離婚する。高校なんて卒業しなくていいさ。俺が一生養ってやる。なにも心配しなくていい。不安なことなんてないだろう。気持ちよくしてやる。泣くな。もっと鳴け。俺だけの。やっと手に入れた。ようやく俺のものだ。誰にも渡さない。逃がさない。何処にも行かせない。俺だけの』


 今でも呪詛みたいに耳の奥底にこびりついて離れない言葉が無数にある。

その言葉たちは今でも脳髄を我が物顔で犯しながらへらへらと笑っている。

それから従兄は、あろうことか学校でも私を犯すようになった。前世でどれ程の罪を犯したか知らないが、従兄は私の通う学校で教師をしていた。学校という狭い世界で噂が広まるのは一瞬だ。一人歩きした噂はもう手に負えず、いつの間にか私は両親を亡くした可哀想な子から教師に股を開く売女に堕落していた。


「可哀想、可哀想な桜木さん。学校に居場所は無く従兄は裏切り者。でも義姉がいるわ。彼女はどうしたの?」


夫が血縁者を犯している姿を目撃して精神がぶっ壊れたわ。最悪なことに、彼女が帰ってきたのは私が抵抗する気力を失ってからだったから。

今は鬱の診断結果が出て自宅療養中。あの空間に安まる時間があるかは知らないけど。


「まあなんてこと!家にすら居場所がなくなってしまったのね!」


嬉しそうね。


「ええ勿論!だって好きな子が自分と同じなのよ。嬉しいに決まっているわ」


 へえ、何が同じなの?


「学校に居場所が無い、家に居場所が無い、綺麗な空気を吸うことを許されない、大人という生命体に不信感しか抱いていない、人間そのものに絶望している、今現在死にたくて堪らない、この世じゃなければ二人はそこそこ気が合ったと思っている、何より忘れちゃいけないのが」

「親と呼ぶことが許される存在が既にいない」

「・・・やっぱり、君は未来が読めるんでしょ」


 にんまりと弧を描く目と口は、全部私に向けられている。一切の不快を感じさせない笑みというものを久々に見た。


「ねえ、私達ってなあんにも出来ないと思われているでしょう?」

「そうね」

「でもね、それって実はとんでもない間違いなの。私達にも、いいえ、私達だから、私達にしか出来ないことが一個だけあるの」

「あらステキ。それで、ナイナイだらけの私達に出来る事って?」


 大きく腕を広げ、愛の告白を花言葉に持つ花の花の名を冠した彼女は大空に羽ばたいてみせる。


「世界中を真っ逆さまに嘲笑ってやることよ!」


 翌月、私の吐き出した哀の告白は世間の話題を掻っ攫った。

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