これで私の話はおしまい。

その男はどうなったのかって?

そんなの簡単よ。

さっきから私の瞳の中にいるでしょう?

黒いハット帽を被った男が。

彼はね、私になったの。

そして私も、彼になった。

だから私は、私達は今旅の途中よ。

この世界とおさらばしてしまったからもう貴方が思う''普通''とか''人間''では無いけれど。

もう二度と、この浮世に足はつけられないけれど。

でもね?

私は今とても幸せよ。

だって素敵なんだもの。

こうして私が黒のハット帽を手に持っているのもこれが幸せの証だから。

私にとって、黒のハット帽は幸せの象徴なの。

不思議に思う?

それでもいいわ。

だって貴方は私と生きている世界が違うのだもの。

私の言った事や、私自身の事を不思議に思ったりするのはおかしな事では無いのよ。

でもきっと、いずれ貴方も分かるわ。

貴方は私になんて呼んで欲しい?

Monsieur?

Mademoiselle?

Mr.?

Ms.?

貴方の好きなように呼んであげる。

でも勘違いしてはダメよ。

この世界でいう『名前』というのはここで捨てて。

名前は貴方を縛り付ける。

だからいつまでも持っていてはダメ。

それ以外なら貴方の好きなように呼んであげるわ。

だって私が貴方をそう呼んでいる間、貴方は何でもないし何にでもなれるんだもの。

お好きなものを選んで。

お好きな物語を選んで。

次は私が書き手よ。

新たな物語を紡いであげる。

貴方を主人公にした物語を。

そうしてそれが未完成な完成を遂げるまでは、私がとても面白いお話をしてあげましょう。

なにがいいかしら?

着る者を自分で選ぶコートの話?

行く場所を自分で決める靴の話?

お星様が大好物なクジラの話も素敵よ。

お月様を半分食べてしまって夜空の主にとても怒られた魔王様の話も、滑稽でなんとも愛らしいお話だったわ。

さぁ、私と夜空のお散歩はいかがでしょう?


〜end…?〜

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死にたがりと黒いハット帽の男の話 月詠 キザシ @moon_Kizashi

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