仮想スポーツサークル強姦事件(『2042年の日常』より)

久乙矢

仮想スポーツサークル強姦事件, September 2042

 「……来たかね」

 「は。来ました、で、あります」

 「キミ、5分遅刻でないかね」

 「いえ、私は常に5分前行動を心掛けておりまして、部長のポーズ・インなされた時刻がそれよりさらに早かっただけかと」

 「ついワクワクしてしまってね。素晴らしい完成度だ。ここが例の、長野県某所にあるという合宿施設……」

 「の、再現空間であります」

 「ふむ。質感までばっちりじゃないか。まるでその場所にいるみたいだ。さすがは我が『射場署捜査二課』の科学捜査官」

 「は。恐縮、で、あります」

 「ふむ。では、さっそく始めていこうか。先週起きたばかりのあの事件の、現場検証を」

 「は。ではさっそくこちらに」

 「この再現空間の構築にあわせて、我々は事件の真犯人を突き止めることに成功した。それは、巷間疑われているあの男とは別の人物に他ならない。それを立証する証拠もまた……」

 「は。準備済みであります」

 「よろしい。お、着いたな。この大部屋が例の」

 「仮想スポーツサークル『ベーシック・フリー』の練習部屋、兼飲み部屋であります」

 「ふむ。ではまず『ベーシック・フリー』からおさらいしよう」

 「は。『ベーシック・フリー』は慧応大学射場キャンパスの学生を中心としたインカレサークルで、メンバー数は68名。ただし幽霊サークル員も多く、先週の長野県での合宿に参加したのは21名でありました」

 「うーむ、これだけの大広間なら、プロジェクション・ディスプレイを4面は出せるな」

 「は。しかし『ベーシック・フリー』は真面目なスポーツサークルとは言えません。仮想スポーツと言えば一般的にはFPV、いわゆる一人称視点系ゲームのチームプレイで世界ランキングを目指し、その戦術立案や演習に汗を流すのでありますが、『ベーシック・フリー』はファミリー向けのパーティゲームを中心に、さらにはフットサルやバトミントンなどのリアルスポーツまでも行っており、その目的は、ゲームスポーツよりむしろ酒を飲むことや、」

 「あるいは不純異性交遊を目的とした!」

 「いわゆる飲みサー、あるいは」

 「ヤリサー!」

 「なのであります」

 「……」

 「部長?」

 「……続けたまえ」

 「は。ではさっそく事件の現場に向かうのであります。こちらへ」

 「ふむ。廊下はずいぶん薄暗いんだな。事件当時の雰囲気がよくわかってよい」

 「は。この施設は1998年に建てられたものになります」

 「とすると築40年以上」

 「当初より民宿として作られ、様々な大学の合宿に利用されておりました。オープンソースのストラクチャ・データに加えて、各大学での合宿写真がウェブのあちこちにありましたので、再現空間の構築は容易でありました」

 「ふむ。しばらく歩くんだな。この先にある個室が」

 「は。この先にある5つの部屋がそれぞれ介抱部屋、酔いつぶれたサークル員を介抱するための部屋となります。が、しかしてその実態は……」

 「ヤリ部屋!」

 「は。しかし、まあそれもあくまで1つの噂ということになっておりますから、実際のところはわかりません。少なくとも合意があれば問題はないのでありますし。しかしながら、先週のその夜は違ったのであります」

 「それがこの部屋か。開けるのちょっとドキドキするな」

 「本官もいるであります」

 「え? ん……うむ」

 「被害者でありサークル員の比貝舞衣子は、慧応大学射場キャンパスから徒歩約10分にある射場女子大学ニューロ・メディア学部の1年生であります。事件の夜、酔って意識を失った比貝はこの部屋に運ばれました。しかし彼女が目を覚ますと、衣服を脱がされた跡があり、身体にも違和感を訴え、警察に通報。調べにより、彼女が睡眠薬を盛られたこと、そして強姦の被害を受けたことが明らかになったのであります」

 「ふむ。睡眠薬とは計画的だ」

 「容疑者はサークル員で慧応大学理学部3年生の遠西清志。成績優秀な学生ではあるようですが、女性に対して偏執的かつ一方的に好意を抱く傾向にあり、先週時点において遠西が被害者の比貝に執拗なアピール行動をとっていたことは、サークルでは周知の事実でありました」

 「ふむ。たぶん本人は周りに気付かれていることに気付いてないやつなんだろな……」

 「さて、本件強姦事件の犯人は遠西である、というのが本事件の定説なのでありますが、真犯人は別にいるとの部長の推理を裏付ける証拠が今回、確かめられたのであります」

 「素晴らしい。で、その真犯人とはズバリ、」

 「比貝の元恋人、本枯海錬、で、あります」


  *


 「ごめん、これ何、この漢字で”みれん”、て読ませるの?」

 「は。この漢字で”もとかれみれん”、であります。部長、よく知ってるでしょ?」

 「いや、わかんないね。わかんない。こういう名前わかんない」

 「本枯は慧応大学経済学部の2年生で、2022年生まれの20歳。当時はこのような難読名称が流行していたのであります、田中皇照胤おうでぃん部長」

 「オレの名前は呼ぶな。ではさっそく整理しようか。遠西ではなく本枯が真犯人である、とする我々の推理を」

 「は。まずはソーシャル・グラフの解析であります。当事者やサークル関係者について、コミュニケーション・サービス上の投稿履歴や会話を洗いました」

 「ふむ。だがアカウントやサークルの空間は非公開が多いだろう?」

 「何人かの幽霊サークル員のほか、当日合宿に参加していたメンバー1名との関係を構築し、『ベーシック・フリー』のクローズド・ネットワークの情報を取ることに成功しました。これは本官の別アカウントでの活動になります」

 「すごいな、キミ」

 「は。趣味で行っている女子高生アカウントの運用ノウハウが活きたのであります。で、こちら、合宿当日に撮影された動画より、被害者の比貝が大部屋から運び出されるシーンであります。この画面の隅。ここ」

 「おお、本当だ。遠目にもひどく酔いつぶれているのがわかる。実際にはこれは薬を盛られていたわけだ。運んでいるのは……」

 「サークルの先輩であります」

 「ふむ。慧応大学法学部3年生の黒間久美子。面倒見の良い姉御肌の美人部員、だな」

 「部長?」

 「この動画くれないか」

 「……。このとき容疑者の遠西は他のサークル員とFPV『ワールド・トリガーIV』で戦闘中。ソーシャル・グラフ及びプレイログによれば、遠西のチームは深夜2時近くまでプレイを続けています。その時間までには、他のサークル員たちはこの大部屋で酔いつぶれるか、部屋に戻るか、場所を移すかして、概ね解散しております」

 「遠西はむしろスポーツサークル員らしく振舞っていたのだな」

 「この日はリトアニアの強豪チームにも勝利しており、その快挙を祝う投稿では、遠西が比貝に自慢する姿が写り込んでおります」

 「比貝は完全に無視か。つらい」

 「夜2時にプレイを終えた後、遠西は介抱部屋に立ち寄り眠る比貝に暴行を加えた、というのが通説ではあります。が、遠西には睡眠薬を盛るタイミングが見当たりません。一方でこちらの写真。いずれも拡大すると、比貝が酔いつぶれたシーンを含め、元恋人の本枯が何度も比貝に視線を向けているのが確認できるのであります」

 「ふむ。ここで本枯と比貝の関係をおさらいしようか」

 「は。比貝舞衣子は本枯海錬と当サークルの新歓コンパで出会い、その日にはいわゆるオモチカエリをされております。その後なし崩しに付き合うも、6月ごろには破局しました。いずれもソーシャル・グラフの解析結果であります。しかしながらエモチャの履歴に着目すると、本枯はその後も比貝に好意を抱き続けていたことが推測されます」

 「エモーション・チャット。すると本枯は”ファスナー”の着用者ということになるね。しかし普通はそういた感情にはフィルタをかけるものではないかね」

 「は。ブレイン・マシン・インターフェイス、いわゆる”ファスナー”は、脳活動から感情・情動状態を読み取ってのソーシャル・コミュニケーション、例えばエモーション・チャットに用いられます。このとき、部長にご指摘いただきました通り、恋愛感情や強い欲望感情、あるいは負の感情など、特定感情はフィルタされ提示されないのが通常であります。特に本枯は比貝と別れた後、当サークルの3年生黒間久美子、あ、酔いつぶれた比貝を介抱していた先輩部員ですね。と、付き合っており、比貝への好意感情の表出は不都合でありました」

 「キミ、それでは何かね、真犯人の本枯は黒間久美子のような美人と付き合いながら、それだけでは飽き足らず、比貝をも狙っていたというのかね!」

 「は。ただし、本官の乏しい経験に基づけば、本枯と黒間の関係状態を”付き合っている”、と形容してよいかは、疑義があるのであります。黒間はそのように諒解しているようではあるのですが、他方、本枯は並列して他の何人ものサークル員とも関係を持っておるのでありまして、」

 「なに、黒間はそのことに気付いておるのかね!」

 「は、いえ、それはないようであります。なぜなら本枯は現実及びネットワーク空間ともに巧妙な偽装を行っており、いわゆる浮気行為が露呈する失態を避けているからでありまして、」

 「超ベリーバッド! 全くけしからん男だ」

 「え……超ベリー、バ……?」

 「超ベリーバッド。20年代に流行った往年のギャグだ」

 「ははあ。あ、さらに起源をたどると、1990年代の流行語とありますね」

 「相変わらず検索早いな。まあそれはいい。で、本枯が自身の感情情報や不貞行為を秘匿できていたのはわかった。だがそうであるなら、なぜキミはそれに気付けたのかね」

 「は。以上はあくまで一般人の話だからであります。エモチャ履歴だけでは真の感情を知ることは困難ですが、他のソーシャル・グラフと併せて学習器にかけ、特徴量を分析すれば、欲望感情を推定する程度のことは本官といたしましてはいわゆる朝飯前、なのであります」

 「ふむ。さすがは我が『射場署捜査二課』の科学捜査官だ」

 「もっとも、このような分析に拠らずとも、本枯の真の感情を推察できる場合もありえます」

 「というと?」

 「オンナの勘、で、あります。天性のディープ・ラーニングと言いますか、恋人の黒間久美子は、本枯の比貝に対する未練に気付いていた可能性が大なのであります。これは隠しきれない負の感情として、黒間のエモチャ履歴に如実に表れております」

 「なるほどな。クソが。黒間には一刻も早く目を覚ましてほしいな。今回の我々の捜査がきっかけになればいいのだが……」

 「さて、以上の解析結果から、本枯が比貝を無理やり犯すことの動機は十分と言えるのであります。また、本枯の事件夜の行動履歴を参照すると、朝まで酔いつぶれ寝ていたことにはなるものの、日ごろの感情・情動情報の表出操作を鑑みるに、これが偽装であった可能性も高まります。なお付言するなら、容疑者の遠西もファスナー利用者ではあるところ、遠西もプレイ終了後疲れてすぐ眠っているのでありますが、こちらは偽装の可能性は高いとは言えません」

 「ふむ。本枯許すまじ、であるな。だがこれだけでは証拠とは言えまい」

 「は。そこで着目するのがクライム・プレディクション・マップであります」

 「ふむ。いわゆる犯罪予測地図だな」

 「日本語訳ありがとうございますであります。クライム・マップは公知のとおり、各自治体が提供する解析地図であります。当該地域の日々の状況、センサ・マトリクス、市民のソーシャル・グラフや個人信用情報、および当該市民の行動、表出表情から、ある地点の1時間後、8時間後、24時間後の犯罪生起確率をヒートマップ表示するものであります」

 「これ便利だけど、勘違いしたイキりヤンが集まってわざと地図赤くして目立ちたがったり、弊害もあるんだよね」

 「は。で、当日なのでありますが、合宿施設となった民宿は犯罪生起確率が高く推定されており、これは他大学の利用時と比較しても有意に高く、『ベーシック・フリー』の犯罪指向性を示すものであります。そして重要なのがこちらの映像であります」

 「ふむ。これはセキュリティ・センサの映像だな。若い男女が3名、大きな袋を持っている」

 「は。当日夜20時12分、民宿近くの街路の赤外線映像で、サークル員が近隣コンビニエンスストアに買い出しに行った帰路であります。この3名のうち1名、あ、これ、これが本枯なのでありますが、彼らの買い出しに同期して、当該街路の犯罪生起確率が高まっておるのであります。これはすなわち、本枯がこの日何らかの犯罪を起こすことの予測であり、事実として事件は起こったのであります」

 「ふむ。これなら決定的な証拠と言えるな」

 「は。クライム・マップの犯罪予測アルゴリズムの正答精度は94%と極めて高く、近年の裁判でもその証拠能力は肯定されているのであります」

 「ちなみに、本枯といっしょに歩いている、この美人は……」

 「本枯の現恋人の黒間であります。今日のレビューでも何度も登場しておりますね。もう1人はサークル員の加賀石也」

 「ふうむ。この映像、くれんかね」

 「‥‥…。さて、これで本枯が限りなくクロであることは裏付けられるのですが、本官はさらに物証を手に入れました。本枯の精液、で、あります」

 「ふむ。えっ、いまなんて?」

 「本官は現場を重視する主義でありまして、本再現空間の仕上げにあたり、昨日実際に民宿施設に訪れたのであります。そこで事件の部屋も確認し、床の付着物等からDNA鑑定を行ったところ、本枯の精液由来のDNAが検出されたのであります」

 「そ、そんなことが」

 「は。例えばある空間で発話がされれば、唾液の飛沫が必ず残り、DNAを得ることができます。本官としては部屋の利用者の特定程度を期待したのでありますが、ここまで確実な証拠が得られたことは全く望外の収穫でありました」

 「いや、すごいじゃないかキミ。さすが我が『射場署捜査二課』の科学捜査官だ! これで本枯のクロは完全だ!」

 「は。光栄であります」

 「が、しかし、喜ぶのは少し早い。キミも理解の通り、このままでは本枯が裁かれることはないだろう。犯人はあくまで遠西なのだ。そしてこれが本題でもある」


  *


 「すでに遠西の任意事情聴取は進んでおり、警察はこのまま遠西を犯人として捕らえるだろう。これだけの証拠があったとしても、警察は本枯を真犯人とは認めはしない。実際に我々がつかんだ証拠や分析結果も送ったが、警察からは返事もない。なぜか!」

 「DNA鑑定情報はまだ未送付でありますが」

 「結果は変わらんさ。たかだかメンバー4人の、我々慧応大学探偵サークル『射場署捜査二課』の声など、聴くつもりもないのだ」

 「うち1人は幽霊ですしね」

 「だがしかし、声の大きさでシロクロ決まるというのは間違っている。たしかに遠西が犯人であることの疑いは、他ならぬ被害者比貝の証言に基づいている。が、比貝は事件時点では意識がない。つまり比貝の証言もまた推測に過ぎない」

 「その通りであります」

 「遠西が日ごろから特定女子サークル員に執拗なアプローチをしたこともまた確かだ。事件時点ではそのターゲットが比貝であった。こうした遠西の行動は、サークル員がそろって遠西犯人説を肯定する背景にもなっている」

 「は。遠西が『ベーシック・フリー』で厄介者的存在であったことは、ソーシャル・グラフの解析から十分に裏付けられております」

 「近年の裁判制度は確かに、大多数の民意が合意するならその民意を尊重する、いわゆるコモン・ロウでの運用に遷っている。これは、市民の集合知識によって共同体を運営しようとする民主主義の原則に照らせば、確かに正しい」

 「は。本官もその合理的な側面を否定しないのであります」

 「だがそれでも私は敢えて、旧き善き20世紀の法を尊重したい。判断が真に拠るべきはなにか。それは科学なのだ。そこに再現性ある事実があれば、それは大多数の主観により観測される真実よりも、やはり優先されるべきなのだ。敢えて言おう。黒間久美子さん、私は君が好きだ!」

 「えっ」

 「黒間さん、あなたは本枯に騙されている。その根拠はこの動画で示した通りだ。本枯とは即刻別れていただきたい。それがあなたのためなのだ!」

 「あ、そういえば部長、黒間と同じ法学部3年生でしたね。えっ、じゃこれ私怨?」

 「な、何を言うか。超ベリーバッド! これは私怨などでは断じてない。なぜなら、この動画の視聴者にも考えてほしいからだ。キミが黒間さんならどうするか。民意が合意し、警察権力の決めた犯人が別の者であったとしても、真犯人があなたの恋人であるという事実が目の前に露わになって、それを許すことができるのか」

 「答えは否! で、ありま……ああっ、ぶ、部長。これを」

 「何かね。……おお、なんと。遠西の逮捕が決まったか。警察権力の何たる無能。だがしかし! 仮に警察が許しても、あるいは『ベーシック・フリー』のメンバーたちが許しても、事実を知る我々は本枯を許してはならない!」

 「そうだ! で、あります!」

 「警察にできぬなら誰がやるのか。我々だ! 我々こそが、科学の名の下に、正義を負わねばならんのだ! そして黒間さん。できれば私と、あなたのために真実を突き止めた私と、付き合ってほしい! まずは1週間のお試しからで構いません!」


  *


 「くだらん」

 予想の通り、捜査課長はただ一笑に付すだけだった。学生の実況投稿など下らん、と。

 「しかしこれだけビューを稼いでいます。その影響は無視できず、実際に問い合わせも何件も来ております」

 子供だましで内容はメチャクチャながらも、手の込んだ検証。動画内でのまさかの告白。そして偶然だがリアルタイムの容疑者逮捕。まぐれとはいえ、ヒットの要因は重なっている。

 「放っておきたまえ。それとも何かね、その、本枯とやらを助けたいのかね」

 「そういうわけではありません」

 動画の投稿から1週間経つ。文字通り槍玉に挙げられた本枯海錬なる青年は、いまや社会的死を免れられない。大学側も処分を検討しており、本人も退学届けを準備しているとのことだった。

 くだんの部屋に被害者の比貝舞衣子が運び込まれる1時間前、本枯は別のサークル員とあの部屋を”使って”いた。それが不幸にも投稿動画の物証となったわけだ。が、自業自得と言えばそれまででもある。

 「課長。私が問題にしているのは本枯ではありません。加賀です」

 「……君ィ」

 「加賀石也をなぜ訴追できんのです。証拠もあります。加賀の逮捕をもって、我々警察がきちんと科学的根拠の下に捜査をしていることを、世間に伝えるべきではないですか」

 「証拠、だと。誰がそんな捜査を許可した」

 課長が鋭く睨み据える。だがここでひるむわけにはいかない。

 「クライム・プレディクション・マップが高い犯罪生起確率を示したため、現場には重点的に警備リソースが割り当てられておりました。ご存知の通り、クライム・プレディクション・マップは9割程度の精度しか得られず、証拠にはなりません。そこで本枯、黒間、加賀の3人がコンビニエンスストアへ買い出しに出たとき、レーザー・センサの位相解析による会話の遠隔録音を行ったのです。それによれば、加賀と黒間が共謀していたことがわかります」

 本枯の恋人、黒間久美子は、サークルの秩序を乱す比貝舞衣子を快く思わずにいた。そこで比貝に薬を盛り、加賀石也をけしかけ暴行をさせ、追い出しを図ったというわけだ。黒間は問題だ。が、それ以上に加賀である。

 「課長。上層部の息子というだけで許されるのですか。加賀の犯行は2度や3度じゃありません」

 「……。気持ちはわかる。だがな、そういう正義感でうまくいくほど、社会は単純ではないのだよ。それに今回は、遠西という収穫があった」

 「遠西の平時におけるつきまとい行為は、確かに度が過ぎてはいました。が、ストーカー犯罪として立件するほどとは、」

 「批判か」

 「いえ、そういうわけでは」

 「被害者の比貝がそう言ってるし、あのバカサークルもそれで納得してる。少なくとも今回の一件はみんな丸く収まったんだ。それでいいじゃないか」

 「しかし」

 すると課長は叩きつけるように音を立てて端末を畳み、私を一瞥することもなく、不愉快そうに身体をゆすって部屋を出た。私は開けた口を閉じる間もなく、その後姿を見送るしかなかった。

 「……超ベリーバッド」

 私にできたことは結局、見えなくなった課長の背中に20年代のギャクをぶつけただけだった。


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