ルナとディアナ──小さな独奏者。少女たちの想い。
春風がゆるく吹いてアロウスの胡桃色の髪を優しく乱す。
演奏は続いている。
サクソフォーンの音色は軽快に春の陽気に溶け、まるで聞く人の心をあたたかくさせるような音だ。
陽射しは全身を包みこむように照らしている。アロウスの作り出す音のように。
ルナはその心地良さにまどろむように瞳を閉じて、奏でられる旋律を聴いていた。音を小さく口ずさみながら。
──ふと、その音色に新たな音が重なったのが分かった。音。音? 違う、声だ。遠くから
ルナが目を開ける。気になって、立ち上がって声の方を探す。ディアナとリオンが不思議そうにルナを見る。
アロウスの周りを囲むように彼の音を楽しむ人々。アロウスの奏でる音に揺らぎはない。気のせいかと思うけれど、音色に重なる歌声はだんだん大きくなっていく。女性の声だ。年の頃はルナには分からない。
不意に
歌声は高く、澄んでいる。この春空に吹く風のように。
集まる人々はアロウスの音色と、新たな歌声との
その美しい歌声か、歩いは
やがて人々の間から声の
小さな少女だ。
ルナとディアナよりも背は小さい。おそらくは年の頃も。
少女はきりりと前を向いて歩き、右手を腹に当て、小さな顎をつんと上げて高らかに歌っている。薄桃の唇には強い笑み。
少女はアロウスの斜め前に立つと、爪先でくるりと
アロウスの黄色がかった榛色が少女を映し、背後を振り向いた少女の赤みがかった榛色がアロウスを映す。
僅かな交錯。
一瞬の静寂。
広場から音が消えたのかと錯覚するほどに音も声もなくなった刹那のあと。
サクソフォーンと歌声が同時に音楽を紡ぎ出した。
アロウスの奏でる音が強くなる。指はキイやレバーを巧みに操る。目まぐるしく高く低く音色を響かせる。
少女の歌声が高らかに響き渡る。腹から出た声は喉を通り空気を震わせる。広場中に透明な歌声が弱く強く広がっていく。
音と声が重なり合う。
見事な
それは息をのむほどに目を奪う光景だった。
集まる人々は動かない。まるで物音ひとつ立てたりしないようにとするかのように。
音と声。
二人が重ねる音楽は続いている。
少女の伸びやかな高い声を余韻に残して、音楽は奏で終わる。
二人は盛大な拍手と歓声に包まれた。
人々の誰かが何事かを話しながらアロウスに握手を求めると、慣れた様子で応じる。少女も当たり前の顔をして、アロウスの傍に立ってにこやかに笑顔を振りまいて話している。
薔薇の
「お人形みたい」
まるで精緻に描かれた絵画を見ているような気分になって、ぽつりとルナが声をこぼした。
「あの女の子?」とディアナがルナを見る。
「うん。すごくかわいいなって」とルナがディアナを見る。
「……」
「ディアナ?」
苦い薬湯を飲むときみたいな顔をしてルナとアロウスを見比べていたかと思ったら、めずらしく表情をきりっとさせたディアナが、ルナの両肩を掴んだ。
「大丈夫だよ。ルナの方がかわいいから。えぇと、あの人……アロウスさんだってそう思ってるよ。ね、リオン。そうだよね?」
「えっ」
唐突に話を振られて、腕を組んでいたリオンが肩を跳ねさせて狼狽する。
「えっ?」
ルナも意味が分からずに当惑する。思わずリオンを見ると瞬きした瞳と目が合って、リオンが頬をひきつらせた。
「……あー、そういうのは本人に聞いた方がいいと思うぜ?」
まあ予想はつくけどな、と苦笑を浮かべて小声で付け足しているが、ルナには全く意味が分からなかった。ディアナは何故かひとりで納得したように、そうする、と強く頷いていた。
「ごめんね、待たせちゃって」
アロウスの声。
とくん、とルナの胸が鳴った。感動が胸に残っているのだと思って、すごい、とまた思う。すごい。アロウスが奏でる音を聴いている間、数えきれないくらい思っていた。
それを伝えようと声の方を向くと、そこには背の高いアロウスと小柄な少女が二人で綺麗に並んでいて、やっぱりどこか
少女の整った顔は変わらず微笑を浮かべている。
「ミネール」
驚くほど優しい声で、アロウスが告げる。ぽん、と少女の肩に手を置く。少女は一歩前に出るとルナとディアナに向き直り、スカートの裾をつまんで優雅にお辞儀をした。けれどその動きにはどこかぴんと張り詰めた空気を感じる。まるで動物が藪から気配を探るような。
ルナとディアナは妙に緊張して背筋を伸ばした。
「初めまして。ウィンドナ家の末子、ミネール・ルル・ウィンドナと申します。このたびは兄様がお世話になりました」
「……にいさま?」
ディアナがきょとんと目を丸くしてつぶやいた。
「うん。僕の妹。ちょっと迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくしてやってね、ディアナちゃん」
「……うんっ」
ディアナが笑顔で頷く。きっと親近感からだろう。見るからに年が離れているアロウスとミネールとは違い、ルナとディアナは双子だけれど、きょうだいが居るのは同じだから。
アロウスは、よく出来ました、というように妹の──ミネールの頭をくしゃりと撫でてやった。それだけで兄の言葉に不服そうな顔をしていたミネールが、目をきゅっと閉じてくすぐったそうに微笑む。
ルナはその様子を見てほっと胸を撫で下ろした。そっか、妹、なんだ。そっか。よかった。
……なにが? よかったって、なにが?
ルナが浮かんだ疑問にひとりで首を傾げていると、ミネールが頭の上にある兄の手をそおっと外させてからリオンへと顔を向け、リオンはそれに気づくとぎくっと身構えた。
ミネールがその場から駆け出す。愛らしい笑顔になって。
「リオン! 久しぶりですね!」
そして勢いよくリオンに抱きついた。
***
「会いたかったです、リオン! ずっと! ずーっと!」
「分かった! 分かったから落ち着け!」
リオンが飛びついたミネールを力強く受け止めて、ミネールがリオンの背中にぎゅっと腕を回して、リオンがミネールの華奢な肩に触れる様を、近くに座っていたディアナはしっかりと目の当たりにしていた。
ディアナの全身が熱くなって、けれど胸が冷たくなって、そのせいでぴしりとひび割れたような感覚がした。まるでいくつもの棘が楔になって深く深く埋め込まれたような。
隣のルナは驚きで大きく開いた口許に手をやっていて、アロウスはやれやれと言わんばかりに肩を竦めているが、ディアナの目には入らない。
ミネールは白い頬を真っ赤に染めてリオンを見上げ、満面の笑顔になっている。リオンの背中に回した腕はそのままに。
ディアナは二人から目が離せなくなる。握られた膝の上の手が、わずかに震えていく。
ミネールが一度首を振った。
「落ち着いてなどいられません! やっとリオンに会えたのですから!」
「オマエも大げさだな……ちゃんと手紙だって送ってただろ?」
──手紙? この子に?
「手紙なんて! 勝手に一方的にしたためるしかできないじゃないですか。それはそれで返ってきたら嬉しいですけど、そうじゃなくて、私はリオンの顔を見てお話したかったんです!」
──いやだ。聞きたくない。見てたくない。
「だったら少しは離れて話そうぜ? 会う度にいつも飛びついてくんなって」
「だってそうしないといつも理由をつけて逃げるじゃないですか。でも、今日は絶対に逃がしません!」
──この子、リオンのことがすきなんだ。
「分かった分かった。逃げねーからまずは離れろ、頼むから」
「もうっ」
リオンはべりっと引き剥がすようにミネールを自分から離れさせた。ミネールは不服そうにむくれてリオンを見上げるが、すぐに嬉しそうにくすくすと笑みをこぼす。リオンは困ったように苦笑して頭を掻き上げる。
片眉を寄せてミネールから外した
わあっ!? とルナがディアナを支える向こうでリオンが気まずそうな表情になるが、ディアナには見えない。ルナとアロウスとミネールはそんなリオンをばっちり見ていて、ついでルナとミネールはディアナへと視線を移した。ルナは気遣わしげに、ミネールは疑わしげに。全く別の表情でディアナを見つめていた。
アロウスは三人を細めた瞳で見やりながら、思案するように顎下に手をあてがっている。唇には小さな笑み。癖なのか踵が
ミネールは表情を変えないままディアナのいる
ミネールはリオンに背を向ける形でディアナを見下ろすと、にっこりと笑顔になった。
「ディアナさん、でしたよね」
「……っ」
いやだ。とディアナは思った。
彼女の姿を見ることを。彼女の声を聞くことを。彼女と話をすることを。彼女の全部を心が拒否していた。
リオンに会いたかったのはあたしなのに。優しい笑顔を見たかったのも、あの大きな手に触れて欲しかったのも、いつも手紙を送りあっていたのも、あたしなのに。
どうして、あたしが言いたかったことを全部言っちゃうの。
そう思った自分自身がまるでずるい人になったみたいで、ディアナは鉛みたいな唾を飲み込んだ。胸がむかむかして腹のあたりが粘るように重い。ひどく嫌な感じだ。
けれど体は気持ちに反して動き、ルナから身を離すと向き合うようにミネールを見上げた。彼女のように笑える気はしなかった。
「……そうだけど、なに?」
「リオンとはどういう関係ですか?」
射抜くような透明な声に、言葉が、詰まる。悔しいほどにいたたまれなくなる。
少しずつうつむいてしまう視界の端から、おい、とひりひりするリオンの声がして、アロウスがその肩を掴んだのが分かった。二人の表情までは窺えない。
「意味が、わからないよ」
「お付き合いをしているのですかと、訊ねたつもりだったんですが……違うみたいですね」
ディアナは眉をひそめた。ミネールの言っていることが分からない。お付き合い、ってなんのことだろう。分からないけれど、なんだか、特別なことのような感じがする。
「あなたは、リオンと『お付き合い』をしてるの」
「……いいえ、昔からの幼なじみです。聞いていないのですか?」
「知らない」
「そうですか。……もう、リオンのバカ」
視線を斜めに外して小声で唇をとがらせる仕草や声は、ルナの言ったように人形のように愛らしくて、だからディアナの胸はざわついていく。彼女がリオンを好きなように、リオンも彼女が好きなのではないかと思えてくる。恋を、しているのでは、と。
さっきも、ずいぶんと仲が良さそうだった。リオンの態度も気さくで彼女の様子も楽しげだった。幼なじみ。そんな存在をディアナは知らない。双子のルナや育ててくれているデメテール。リオンとこの街で出会ったのだってただの偶然で、ディアナの知っている世界はその程度だ。だから、それがなんだか恥ずかしくなる。自分はなにも知らない。
ミネールは頬を染めて唇を引き結ぶディアナに視線を戻してふっと笑うと、くるりと踵を返してアロウスとリオンのところに向かっていった。
リオンが不機嫌そうな表情でミネールを見下ろして、ぺし、と痛くなさそうな音をさせてミネールの頭を叩いた。
「オマエな、あんまり人を困らせるようなことすんな。アイツは、」
「ちょっと、髪が崩れるじゃないですか! せっかくサーヤに綺麗にしてもらったのに!」
ミネールが頭を押さえ上目でリオンに抗議する。リオンはますます半眼になった。
「あー、そうだサーヤもだ。オマエ、アイツに送ってきてもらっただろ?」
「ええ。儀礼の頃ですから、時計台の近くに兄様たちはいるでしょうからって。きっと兄様なら音楽を奏でているでしょうし」
「それでサーヤは」
「とっくに
「アイツ……っ」
リオンが片手に顔を埋めて溜め息を深く深く吐いた。アロウスがくすくすと声を立てて、なだめるようにリオンの肩をぽんと叩いてやった。
それを、ディアナは取り残されたような気持ちで眺めていた。入り込めない空気がそこにあった。隣のルナはぎゅっと片腕を押さえて身を縮めている。
そんなルナに気づいたのかアロウスが歩み寄る。片膝をついて目線を合わせて笑顔を向ける。それから、ディアナにも。
「ねぇ二人とも、デートしよっか」
どこかミネールと似ている、透明な雰囲気の微笑み。
「……でー、と?」
ルナが抑揚のずれた調子で言葉を繰り返す。アロウスは、そう、と鷹揚に頷いてみせた。
「君たちは元々リオンと一緒に祭りを巡るつもりだったんだろう? なら、そこに僕とミネールも混ぜて欲しいなって」
「……どうして?」
「君たちと仲良くなりたいから、じゃ、ダメかい?」
ディアナの問いにアロウスは真っ直ぐに返してくる。微笑んだままで。仲良くなりたい。その言葉は胸が軽くなるくらいには嬉しい。けれど、でも……あの娘とも? それを思うと表情が自然と
綺麗な榛色からおそるおそる目を離して、どうしよう? とルナに向けて首を傾げた。えっ、とルナが驚いたように目をみはって肩を揺らす。それからディアナとアロウスを見て、ミネールとリオンを窺って、へにゃりと困り顔をする。
ミネールがリオンの腕に身を寄せて言った。
「兄様。私はリオンと一緒じゃないと嫌ですからね?」
「──あたしだってっ」
ディアナは何も考えずに勢いよく立ち上がる。
立ち上がってから自分の行動に驚いて一瞬言葉を失い、けれどすぐに気を取り直してリオンとミネールの近くに行く。彼女のように、リオンの腕を取ったりは出来ないけれど。
身体の横でぎゅっと手のひらを握りしめてミネールを真っ直ぐに見る。
「……あたしは、リオンと約束してたの。手紙で。今日なら会えるからってリオンが教えてくれたの。でも、あなたは違うんでしょ」
「それは、そうですけれど。でも、私だってお祭りの時期に合わせて会いにいくと、ずっと前から手紙でお伝えしていました」
「だから昨日はウチの客人として招いて、ロウとオマエの相手してやっただろ?」
リオンがミネールの腕をするりと
ディアナはそれを見て胸が痛んだ。
バツが悪そうにリオンは表情を歪めて息を吐く。それから改めて真面目な顔になって、静かな眼差しでミネールを見下ろした。
「悪いけどさ、ミネール。オレが約束したのは、今日会おうって決めてたのは、ディアナとルナなんだよ。だからオマエとは──」
「じゃあさリオン。君、ミネールと、ディアナちゃんを連れて三人でデートしたらいいんじゃないかな?」
リオンの真剣な声をさえぎって、アロウスがのんびりと立ち上がって言った。サクソフォーンの
「えっ、じゃあわたしは」
「僕がエスコートするよ」
「えー……」
「嫌かい?」
「いや、じゃない、けど……」
「じゃあ決まり。楽しみだね」
驚いたように自分を指差すルナに、アロウスはサクソフォーンを首から外しながら綺麗な笑顔で答えた。ルナは動揺を隠しきれない様子で両手を膝の間に埋めて、口をもごもごと動かしている。頬がほんのり紅い。
リオンが眉間に深く皺を作ってアロウスに声をかける。
「あのなロウ。オマエさっき一緒にって言ったばっかじゃねぇか」
「ディアナちゃんがあんまり健気だからさ、気が変わった」
「オマエなあ……」
分解してひとつひとつ仕舞っていくサクソフォーンから目を離さずにアロウスは明るく言って、ディアナは、えっ、と口の中で呟いた。健気って。そんなのはじめて言われた。
それを見たミネールが大げさに肩をすくめて、拗ねたようにじとっとアロウスに目を向ける。
「もう、兄様ってば。私は?」
「
兄は妹へとにっこりと笑いかけた。ミネールはつんとした表情から一転して嬉しそうに唇を持ち上げると、腰に手を当ててディアナを上目で見る。強気な眼差しで。
「……ま、いいですよ私は、それでも。ディアナさんは?」
ディアナはミネールを見返して言う。
「……あたしも、いいよ。ルナがいいなら。でも、リオンは?」
「ルナ」
「ふぇっ!? なに!?」
「オマエはロウと一緒で本っ当ーにいいんだな?」
「んー……そう言われるとちょっと考えちゃう、かも」
ルナが両頬を押さえてぎゅっと目を閉じる。アロウスが
「ちょっとリオン、往生際が悪いよ」
「うるせぇよ。いいから、オマエ絶っ対にルナに妙なことすんなよ。むしろ指一本触んな。じゃないとオレが今度こそ保護者さんに合わせる顔がなくなる」
「へぇ、どんな人? きっと二人に似て美しい人なんだろうね。会ってみたいな」
「オマエは本当そういう奴だよな! ったく……」
はーっ、とリオンが大げさに息をつく。
「君がどんなやましい想像をしてるか知らないけどさ、僕は誓って潔白だからね?」
「今日くらいその言葉通りでいてくれたら信じてやるよ。……じゃあ、ルナ。ロウのこと頼むな。もし万が一なんかあったら全力で殴っていいし。悪いヤツじゃないけどさ」
「う、うん。わかった」
微妙な微笑みをつけ加えて告げるリオンに、ルナが戸惑いながら頷く。容赦のない物言いにディアナもちょっと唖然としてしまった。ちらりとミネールを窺うが、特に不機嫌になったりはしていない。いつものことなのだろうか。……だいじょうぶかな、ルナ。
「ディアナ」
ルナが緑の石のついた左手首の
「本、持ってる?」
「一応。ディアナは?」
「あたしも持ってるよ」
「じゃ大丈夫かな」
「メテルとの約束、破りたくないけどね」
「……だね」
ディアナとルナが苦笑を交わし合う。二人だけが意味をくみ取れる言葉で。
「で? どうするのさ、リオン」
自然な動きでアロウスがルナの隣に腰を下ろした。横に黒い
「オマエらはどうするんだ?」
「しばらくここでのんびりしようかなって。ね?」
アロウスはルナの方を見て訊ね、ルナは無言で素早くこくこくと頷いた。
ルナの様子がおかしい。たぶん、アロウスの音楽を聴いてから。ディアナは思うが、訊ける雰囲気ではないので息をついて諦める。すごく気になるけれど。
「リオン、今日は時計持ってる?」
「ああ」
アロウスが胸元から懐中時計を取り出して蓋を開け時間を確認する。
「じゃあ三時頃になったら時計台に集まるようにしようか。それまで妹を頼んだよ、リオン」
「分かった」
「一応言っておくけど泣かせたら殴るから」
「なんでだよ……」
くつくつとアロウスが笑う。からかった、というか、さっきのお返しなのかなとディアナは感じた。やり取りが激しい気はするけれど、男の子ってこういうものなのかとも思う。
ディアナの肩をリオンがぽんと叩く。顔を向ける笑顔があった。まぶしいほどの、やわらかな眼差し。
「行こうぜ」
その向こう側にはミネールがいて、リオンの手を取っている。その姿に少しだけ胸が痛んだ。その素直さがうらやましくて。
「リオン、今日はどこに連れてってくれるんですか?」
「とりあえず広場回ってから決める」
「じゃあ屋台に行きましょう! では兄様、またのちほど」
「うん。またね、ミネール」
「いってらっしゃい、がんばってね、ディアナ!」
ミネールがリオンの腕を引くように先を進む。リオンが危ないからやめろと言いながら後を追う。
ディアナはルナとアロウスに向かって小さく手を振ると人混みに向かう二人に向かって駆け寄っていく。
がんばってね、なんて。むずかしいことを言われて胸がどきどきしているけれど、少しだけがんばってみたくなった。あの娘を見ていたら。
ディアナは人混みの中でリオンに追いつくとその隣に並ぶ。手首の袖を一度だけ、くい、と引っ張った。
「ん? どうした?」
人がたくさんいて、とても賑やかな中にいるのに、リオンの声はよく聴こえた。そんなに大きな声ではないのに。
ディアナは歩きながら声を落として話す。少し、気恥ずかしかった。
「言いたいこと、あって」
「なに?」
「あのね」
ディアナはちょっとだけ大きな手に視線を向けてから、隣へと顔を上げて見上げる。すぅっと息を吸って、言った。
「……リオン、おっきくなった?」
リオンが目を大きくみはった。ぽかんと口を半開きにして驚いている。
「すげー……なんで分かったんだ?」
「なんか……なんとなく」
「そっか」
嬉しそうにリオンが笑う。それを見て、ディアナは言えてよかったと思う。胸がはずむ。緊張ではない、心地のいい感覚。
「……オレも、言いたかったんだけどさ」
「え?」
リオンが真っ直ぐに見てくる。ディアナの好きな、陽だまりのようなあたたかい微笑みを浮かべて。
「今日のディアナ、可愛いなってずっと思ってた」
あなたを殺す花 碧音あおい @blueovers
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