〇〇フレンド

二人乗り観覧車

第1話 ハルカとレン


「ハルカ」


「なぁに、レン?」


 上目遣いで自分を見上げるハルカ。


「オレは彼氏でもないんだしそういうあざとい仕草はやめようよ」


「私はレンが私のことが好きになってくれると嬉しいんだけど……?」


 ハルカの言い分がレンにはわからない。

 けれどもどこか期待してしまう。


 そんな言葉が嘘であることは知っているのに。


「お前にはしっかりとタツヤという彼氏がいるだろうが。どうしてこんなことに……」


「だって、足りないから……」


  いけないと分かっていても、庇護欲を掻き立てる目の前のハルカから目が離せない。

 自分が離したくないのかもしれない。


 いつから、どうしてこんな関係になったのだろうか。


 そんなことを考えるのが無益に思える段階へと入ってしまっているのもまた事実。


「はぁ……」


 ひとつ大きなため息をつくレン。

 空を見上げれば暗雲立ち込め、雨が降ってきている。


「はぁ……」


 もう一度空を見上げて大きなため息をつく。もちろん空の色は鈍いまま変わるわけが無い。


 空が自分にに訴える。


 白と黒とが入り交じる雲が自分たちの曖昧な関係のことを表しているのだと。


 残るものはのは雨と灰色の雲だけだと。


 後ろ髪を軽く雨に濡らしながら、ハルカを軒先のようになっている小さな空間に押し込む。


「もう、こんなところで何するつもり?」


「何もしないって」


「本当に?」


「本当だ。ってかなんでちょっと期待のこもった目を向けてきてるんだよ。そういうのはタツヤがいるだろ」


 ぷくーっと頬を膨らませるハルカ。


「今はタツヤじゃなくてレンなの」


 あぁどうしてこんなことになってしまったのだろうか。

 本当に。マジで。俺の青春は本当にどうなってしまったのだろうか……。


 タツヤは親友。そしてハルカは親友の彼女。

 なのに。

 どうしてハルカはこんなにも俺に絡んでくるんだろうか。

 この気持ちをどうしろというのか。





 ───俺は、如月レンは以前に一度、弥生ハルカに振られているのに。





 こんな場所に。


 校舎裏などという場所ではなくもっと際どい入り組んだ場所。

 給水塔が建てられており、その柵と校舎とでほぼ死角となって誰もが気付かずにスルーして行くような場所だ。


 校舎の屋上の端の部分から垂れてくる雨粒を被ったところで自分の頭を冷やしてはくれない。


 ただでさえ誰も近づくことのないのに、今日の雨はこの場所に近く人を完全にシャットダウンし、要塞へと変化させる特異性も持っていた。


 人に見つかってはいけないということを考えれば、恵みの雨と受け取ることもできるかもしれない。


「で、何だって?」


「もーーっ、わかってるくせに」


「えーーっ」


「レン、私の目を見なさい!」


 頬を抑えられて、くるりと自分の顔はハルカの方向へと強制的に向けさせる。


 そこにあるのは当たり前だけどハルカの顔。


 出会った当時は印象が薄かった。

 ちょっと可愛いけど、どこにでもいそうな女の子という程度にしか認識していなかっただろうか。


 今となっては大きく変わったその印象。


 確かに超弩級に可愛い訳では無い。

 けれども彼女と一緒に過ごしているうちにそんな印象は変わる。そう、一瞬にして。


 可愛いと言うよりもオーラのようなものを俺は感じた。

 というか感じてしまったのだ。


 なぜだかわからないけれどその仕草に惹きつけられる。その微笑みが胸へと突き刺さる。何より似た者同士だったからお互いのことがよくわかった。


 惚れた男の弱みだったのか。

 好きでなかった時も、今もそれは変わらない事だけれど。

 ハルカと最初に話した時点で自分は彼女という人間に惹き付けられてしまっていたのだろう。


 変わらないハルカはこちらをまっすぐに見つめてくる。


 暫くして、ハルカは頰から手を離す。

 ひんやりとしたその感触が離れていくことにダメだなと思いながらも少しだけ寂しさに似たものを感じてしまっている自分に呆れる。


「見たけど?」


 精一杯の照れ隠しでそう答えてみる。


「むふふっ」


 嬉しそうな顔で笑うハルカ。


 細まるハルカの瞳の中には写る自分が見える。良くも悪くも特徴のない顔をする人間が喜色と悔色とを混じり合わせてただただそこに居た。


 残念ながら自分はハルカから目を離すという選択肢が頭から抜け落ちていて、ただただ見つめあい続ける。


 どのくらい、お互い見つめあっていたのだろうか。


「ねぇ、」


 ハルカはいたずらっ子のような無邪気な笑みをこちらに向ける。まるで自分から俺が目を話せないことをわかっているかのような小悪魔チックなところも見え隠れする。


 無邪気さと小悪魔という一見相反する要素の融合が俺をさらなる闇へと陥れていく。


「、して?」


 そんなことを言いながら両手を横に広げる。

 ハルカのおねだりのサインだ。


「タツヤに悪いし……」


「私がいいもん!」


「ハルカの問題じゃなくて俺の良心の呵責の問題なんだが……」


 えいっ!


 そんな掛け声とともに俺の方へと抱きついてくるハルカ。



 ハグをする。



 別に何も悪いことをしているわけでもない。

 ほかの国では挨拶でキスまでするような国だってあるのだ。

 それに比べたらこんなハグなんて全然大したことないじゃないか。そんなふうに自分を諌めることしか出来ない。


 なんて言い訳をしてみたもののやっぱり嬉しさは隠しきれないのかもしれない。


 薄着のこの季節、抱擁しているとほぼダイレクトに彼女の女性らしさを感じてしまう。

 柔らかいその体の感触、特に凶悪なその圧倒的な二つの双丘や自分よりも低いその身長差で自分にしなだれかかるようにして体を預けるその光景にどうしょうもない気持ちの高ぶりを感じてしまう。


 ダメなのに。

 だめなのだ。


 ダメだとわかっていてやるからこそ。

 逆に何かが燃えてしまう。


 ハグと抱き合うという言葉の境界で言葉遊びをしながら、これはハグだと自分にずっと言い聞かせていたのに。


 しばしして2人は離れる。


「えへへっ、」


「なんだよ」


「レンの成分補給完了!」


 最高の笑顔とともにそんなことを言われてしまえばハルカのことを忘れようとしていた自分の決意が揺らいでしまっているのもおかしくないはずだ。


 その凶悪な笑顔を前にしてできることは封印が綻ばないように支えることだけだから。


 その後、2人は日陰から日向へと時間をずらして戻っていくのだった。


 先にハルカが出ていってから暫く自分は動けなかった。


 去り際のハルカの言葉を思い出す。


「ねぇ、私レンと付き合った方が良かったのかな……」


 どうしょうもなく心を乱させてくる彼女に心の中で恨み事をいう権利くらいはあるだろうが、その言葉に少し期待を膨らませてしまった自分に言えることは何も無い。


 明日、何かが変わることを信じてすごしていく。

今の自分にはできるのはそれだけだと思う。


 けれど、そんなことを思いながらも。


 明日も変わらない関係が欲しいと思ってしまう自分はやはりどうしょうもない人間だ。


 ハルカの笑顔がこちらだけに向く日を夢見て過ごし続けてしまうのだろう……


 神のみぞ知る世界であるからこそ。


 背反する想いを胸に残したまま、新たな日々を紡いでいく。








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