山谷鳴海はなんだかんだ ③

「悪くはないな。七弥の紹介なんざあてにならんと思ってたが、まあ、まずまずだ」

「あ、やっぱり七弥の知り合いだったんスね」


 なんとも煮えきらない言葉だが。多くは言わず金髪の彼は椅子をたたんでゆっくりと立ち上がった。


「ああ、鳴海だ、山谷鳴海。ここの楽器屋で働かせてもらいながら、七弥の奴とバンドを組んでる。アンタの名前は?」

 金髪の彼は今更ながら私に自己紹介をする。セッションを経てから名乗りあうとは実にミュージシャンっぽい……。


「丹華っス。丹華深夜、よろしくお願いしまッス」

「丹華か、気合は十二分だな……んじゃ店ん奥まで付いて来てくれ。面接を始めるぞ」

「うぇ? 今のが面接試験なんじゃないんスか……」

「んなわけあるか。まあ、面接の一環とも言えなくはないが、あれは客寄せだよ。こんな奥まった場所で営業してる地味で辛気臭い店なんだ。ちょっとしたパフォーマンスで少しでも目立たねぇと客が寄ってこねえんだよ」


 確かに、有名な駅前だというのにこの辺り一体だけ立地が悪いのか異様に寂れている気がする。


「ははは、悪かったね鳴海くん、地味で辛気臭い店で」


 鳴海さんが毒づいたタイミングを見計らったかのように、店の扉が開き、柔和そうなしわくちゃ顔をした老人男性が現れた。


「事実でしょう、店長」

「はは、確かにね。鳴海くんがウチに来てくれてからは鳴海くん目当てのお客さんが増えたしね。……それで、キミが鳴海くんのお友達の紹介で面接に来てくれた子だね」


 店長さんは毒づいて悪びれない鳴海さんに気を悪くした様子もなく、ははと笑い飛ばしている。穏やかなのか、それとも我慢強いのか……。


「は、はい、私は……」

「聞こえていたよ、深夜さんだね。僕はこの店を趣味も兼ねて個人で経営してる林道龍三です。これからよろしくね」

「はい……え、あれ『これから』?」

「ん? ああ、そうそう、採用でいいよ。うん、やる気も十分そうだし。素行に問題あるような子には見えないし。鳴海くんなんかあんな見た目で雇われてるのに君が駄目ってことはないでしょ」

「おい」


 隣で鳴海さんが睨んでるのもどこ吹く風で、ゆるりと店長さんは躱していた。なんか、年齢差を感じない友達同士みたいだ。

 それより、え、採用? こんな簡単なもんでいいの?


「面接なんかでその人の本質は見えないしね。それよりも相手の好きなこと、得意なことをこの目で見たり聞いたりする方が人となりがわかるものだよ。キミの歌を聞かせてもらった、それだけで十分、僕の店で働いてほしい人材だって思ったんだよ」


 そう言って、店長さんはいっそう優しい笑顔になった。

 なんというか、ふわっとしてる。多分店長さんの中では明確な形になって納得してくれてるんだろうけど。


「んじゃあ鳴海くん新人教育お願いね」

「は? なんで俺が」

「キミのお友達の紹介だろ? 責任持って仕事教えてあげてね。もちろん、店先での演奏もね」

「それってつまり……」

「ああ、せっかくなんだし、鳴海くんにギターを教わってみるといい、歌はともかく楽器を独学というのはあまり効率的じゃない」

「マジすか!? いいんスか、鳴海さん!?」

「七弥なんかに頼むんじゃなかった……まあ、俺も別に丹華には不満があるわけじゃねぇが人に教えんのは……」

「それじゃあ店の中で勤務開始日とかシフトとか決めていこうか」

「話くらい最後まで聞けよ、ジジイ」


 ああ、なんか、このフランクな雰囲気、嫌いじゃないかも。

 それから、バイトの合間や客引きの演奏のときに鳴海さんはなんだかんだ言いつつも自分の持てる技術を教えてくれた。

 無論、どんな難しいテクニックも必死で食らいついっていった。

 そんなこんなしてるウチに気がつけば私はなるみん先輩と彼を呼び慕うようになっていた。

 なるみん先輩は一々面倒臭そうに悪態をつくけど、私が一つのことを覚えるまで、苦手なことは出来るようになるまで、真摯に向き合ってくれた。

 なるみん先輩はなんだかんだで後輩思いの良き先輩なのだ。


 多分初めて私は七弥に感謝した。なるみん先輩や店長との出会いは、晴と出会う道筋になくてはならないモノだったはずだから。


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