山谷鳴海はなんだかんだ ②

 そして、次の土曜日、私は若干胡散臭さを感じながらも七弥が紹介してくれた店に向かった。

 家からも学校からもそう離れていないけど、おそらく教師に見つかることがない店ね……。

 七弥のことだから、信用していないが仮にもバンドマン、99%いかがわしい店だろうけど、まともな店である可能性がないとも一概には言えない。


「ここかな……」


 指定されたところ辿り着き地図から顔を上げてみると、そこは随分と年季の入った……いや、レトロなというべきだろうか、まあそんな感じの佇まいのレンガの壁の店があられた。

 看板には『Reise Begleiter』と書かれている。……読めん。

 少なくとも風俗店ではないようだし、飲食店……? という雰囲気でもない。

 一体ここはどういった店なんだろうか?


――などと考えるのは愚かしいだろう。


 答えは実に明確だ。

 それはショウウィンド中身を見れば幼稚園児でも、この独特の雰囲気を醸し出すここの正体など看破できる。

 店頭から伺えるのは、今や拝むことすら珍しい何本も溝が掘られた大きな黒い円盤、レコード、その隣には我らがミュージシャンにとっての神ビートルズのジャケット。

 さらにその周りには楽譜やハーモニカ、細々とした周辺アイテム。

 外観は異質ではあるけれど、ここは間違いなく『楽器屋』だ。

 七弥もたまには粋なことをしてくれるじゃないか。


「…………すいません、場所を空けてもらえませんか」


 そうやって、呆然とショウウィンドを眺めていると店の中から人が出てきて注意されてしまった。


「ひっ……! ご、ごめんなさい!」

「あ、いや、少し空間作ってもらえればいいだけだから」


 普段、七弥以外の人とあまり話さないことの弊害か、必要以上に萎縮して怯えたように見えてしまったかも……申し訳ない。

 私に声をかけた人は大柄な男性で頭はまっ金々。そんな頭髪に似つかわしくないエプロンをTシャツの上から掛けている。多分この店の店員だろう。

 そんな金髪の彼の右手にぶら下がっているのはアコースティックギター、そして反対の手には折りたたみの椅子。

 私が退いたスペースに椅子を置いて腰掛けた店員は徐にギターを弾き始めた。

 曲は……


「Let It Be……」


 ビートルズ往年の名曲。そしてラストアルバムの表題曲。

 本来はピアノ伴奏のバラードを彼はアコースティックを使ってアレンジで弾いているようだ。


「へぇ、分かんのかアンタ、女子高生がビートルズなんか聞くんだ」

「む……」


 なんか、今の言い方、「ビートルズなんか」じゃなくて「女子高生なんか」っていう風に聞こえたんだけど。


「とーぜんッスよ、こう見えても私はアーティスト目指してるんスよ。我らが音楽の祖の曲を聞いて好きにならないわけないじゃないッスか」

「ふーん、アーティストねぇ……」

「なんスか」


 目つきの悪い自分の目が一層暗く光った。

 舐められてる。

 この人も、私が夢を嘯いてる。そう思ってるのだろう。

 そりゃそうだ、音楽をやってるやつは大抵二種類に分かれる、本気で夢を追い死にものぐるいな奴とその格好だけ真似してカッコつけだがるやつ。

 大概は後のパターンの方が多い、だから彼も女子高生が吹かしてる夢とやらを本気とは思っていない。


「いやなに、大きく出たなってな。そんならいっぺん聞いてみたいな。アーティストになりたい女の子の歌ってやつを」


 ソイツは挑戦的な目でそう言うといきなり「Let it be」の続きを弾き始めた。

 これは……試されてる?

 前にも言ったけど、メロディーの音程とボーカルの音程が噛み合ってない音楽ほど不快で耳障りなものはない。

 それをあえて男声ボーカル曲を原曲キーのまま私に歌わせようというのは暗に「合わせられるものなら合わせてみろ」と挑戦を投げかけているようなものだ。

 もしや、これこそが面接試験なのではないだろうか?

 ならやってやる。

 CDは擦り切れるほど聞いた、音程もテンポも知ってる男声だが原曲キーでも問題はない。

 かなりスローテンポなこの曲は「Let it be(成り行きに任せろ)」、どんな困難が待ち受けてようとなすがまま、あるがままの自分でいればいいと言う意味なのだと、辞書を引いて知った。

 ならば、あるがままの私で目にもの見せてやろう。まさしく成り行きが導いたのだから。


「〜〜〜〜♪」


 見誤ったな。

 私にとって低音ラインは得意分野だ。

 自ら望んで始めた柔道ではないが、おかげで声に関しては人一倍埋めても余りある自信がある。

 柔道は表面から見れば単純な筋肉による無酸素運動の連続に見えるかもしれないが、その実、無酸素運動と有酸素運動のハイブリットだ。

 試合時間いっぱいに動けるだけのスタミナ、つまり呼吸量。さらには体格で負けないための筋肉。これらを両立して鍛えねば勝てないスポーツであるため、日々の鍛錬が結果として強い肺とそれを動かす筋肉の強化に繋がった。


 女子にしては身体が大きい、つまりは中に詰まっているものも比例してデカいということ、肺は大きければ大きいほど、使う筋肉が強ければ強いほど出せる音域は広くなる。

 「成り行きに任せろ」確かにその通りだと思う。けれど、為さねば成らないのだ、何事も。

 成り行きを導くためにも、自分が動かなくては、成る道も生まれない。


 私はもう止まったまま、誰かに動かされたりしない。

 

 任せるべき成り行きは私が決める。

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