譜面外
山谷鳴海はなんだかんだ ①
七弥との一件から一月くらい経った日のことだ。
少しではあるが七弥という人間の形を捉えられてきたころの話だ。
「七弥、バイトを紹介して欲しいッス」
「藪から棒ですね。急にどうしたんです」
なんとなく敬語を使うのも馬鹿らしくなってきて間もない頃に、私はそんなことを七弥に相談していた。
「んなもんわかるでしょ、音楽は金が掛かるンですよ」
そう、音楽は金が掛かる。
それは入れ込み具合にもよるだろうが、本気でアーティストを目指すというのなれば尚のことだ。
音楽の世界は日進月歩、次から次へと新譜は出るし、ライブも開催される。より精度の高いインプットをしつづけるには金が必要だ。
それに練習場所の確保にだって否が応でも金が消費されるし、楽器のメンテナンスにも金が要る。
そして、いずれ専門的な技術や知識を学びたいと願っていても、それに関して親からの資金援助があるとは思えない。
今から卒業までの三年の間に蓄えるだけ蓄えておきたい。
それに――
――あんな家に一秒だっていたくない。
「忘れているようですから言っておきますが、俺はこの学校に雇われている人間です。そしてこの学校はアルバイト禁止です」
「は? 七弥はいつからルールを素直に守るようなイイ子ちゃんになったんスか」
私が威嚇したのも功を奏したのか、手を出そうとはしてこないが、コイツの下衆な本性の尻尾は掴んでいる。
そして、怠惰で不真面目な性格であることも大体分かってる。
そんな、七弥が今更校則なんてもんを持ち出してくるとは以外だ。
「遠回しに断ってるんですよ、面倒くさい。そんなもん適当にアルバイト募集してる居酒屋やらスーパーやらにでも電話すればいいじゃないですか」
「んな、いつうちの学校の先生が来るかわかんねぇとこで働けるわけないじゃないッスか。それに、わざわざ七弥なんかに相談してるんスから私が欲してるもんくらいわかるでしょ」
「……なんですか?」
「横の繋がり、つまりコネ、ッスよ」
「見も蓋もねぇ……」
そりゃそうだ、音楽の世界なんてのは実力は勿論のこと、対バンとかするならやはり人と人との関係が重要になってくるはず。
そのための足がかりがこんな野郎に頼るのは多少也と癪なのだが、いたしかたあるまい。
「んなこと言われても、そう都合よくアルバイト探してる知り合いの店なんて――」
『テロリン♪ you’ve got mail.』
七弥が頭をボリボリかいてる隣で、時代遅れのガラケーが言葉通りメールが届いたことを告げる。
私と話をしている最中だというのに礼儀知らずにも七弥はケータイを開きそのメールを確認する。
「おーい、まだ話は終わってねぇッスよ」
「いや、ちょうど話の区切りがつきましたよ」
そのときの七弥の表情は、これまでに見たことないほどに、気色の悪い笑顔だった。
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