信じるということは……
「だーかーらー晴さんはぁ……」
喫茶店を出た私はもう恥ずかしすぎて、しばらく晴さんの顔を見れなかった。
もう顔中真っ赤だった。まさか店の中であんな叫び声を上げてしまうなんて……。
「ごめんごめんて、まさかあんな可愛い声上げるとは思わんかったから」
覆った両手の指の間から晴さんを覗いてみると、この間みたいな悪戯じみた笑顔を私に向け手を合わせて謝っているポーズを取っている。
そもそもを言えば、女の子同士のスキンシップに私が過剰に反応しただけの話。そう、私は今までそういうハグ程度のスキンシップをする仲のいい友達がいなかったから、耐性がなくて驚いただけ。
なにを恥ずかしがることがあるというのか。
「ふう、休憩に入ったはずやったのにちょっと疲れてもたな。どないする? まだもうちょっとライブまで時間あるけど」
まだ午後三時、心臓が持たない気がしないでもないけど、まだいける。
「どっかお店でも回りましょうか。私もまだまだ晴さんのこと知らないことだらけだから、もう少しだけでいいので晴さんのこと教えてくれませんか?」
うん、それがいい。今までは私から一方向的に歌で発信していただけだから、今度は私が晴さんという人をもっと知っていきたい。
まだちゃんと言葉を交わせるようになって短いけど、確かに晴さんがどうい人か理解し始めている。それでもまだ、まだ、知りたいことがいっぱいあるんだ。
「じゃあさ、ちょっと買い物に付き
隣を歩く晴さんは私の顔を覗き込んで確認を取ってくる。私がノーと言う訳もないだろうに。
「ええ、さっきあんな格好させられたんッスから、今更何が来ても引きませんよ」
「ホンマやな! 絶対やで!」
これも段々分かってきたことだけど、晴さんは意外と自分を晒すことに臆病だ。急接近してきたようにも見えるけど、しっかりと先に受け止める私がいることを確認してからじゃないと飛び込んでこないような気がする。
きっと、昨日のライブに誘ったのも晴さんにとっては冒険だったんじゃないだろうか。
だからこそ、今日のことは結構嬉しかったりする。
それこそまだまだかもしれないけど、私にとって晴さんが『安心と自信』の象徴であるように、私も晴さんの『安心』の置き場に近付けているみたいで。
「いつか、仲良うなれたら一緒に来たいなって思ってたんやけど……」
晴さんについてやってきた場所はカジュアルな雰囲気の雑貨屋さん、小さな佇まいではあるが、ショーウィンドウ越しに見える木目調の商品棚に並べられた小物たちはどれも主張しすぎず、ささやかな可愛さを持ち味にしたものばかりだ。
「ウチ、がさつやし、オタクやし、こういうなん似合わんよな……」
晴さんは入り口前で少し萎縮している。
いや、そんなこと言い出したら、私のほうがこういう如何にも可愛いが充満している店は似合わないでしょ。
「晴さんは私より女の子らしいですよ。というか、むしろらしいです。晴さん、その……可愛い……ッスから」
間違いない。
それは間違いないんだけど、やっぱりおっかなびっくり、晴さんは確かめるように一歩を踏み出す。
私も人のこといえるほど自信はないし、自分を肯定してやれない。そういう意味では晴さんと私は求めるものが同じなんだと思う。
自分に『間違っていない』と保障してくれる自分以外の誰か。
後ろ向きの言葉を否定して『そんなことないよ』と言ってくれる誰か。
「似たもの同士、なのかな……」
ポツリと独りごちに溢したそれは少し傲慢かもしれない、けど、確かに通じ合う部分があるから、少なくとも私は晴さんに惹かれているんだろう。
「ホンマ!? おかしない?」
うん、そう。だから私はありのままの晴さんを受け入れられる。
「むしろ私の方が場違いなんじゃないかな? 可愛らしさの欠片もないッスし」
「あ、あんな! ウチも深夜ちゃんのこと、可愛らしいって思うとるよ!」
今のは別に否定して欲しかったとこじゃないんだけど、これは晴さんなりの私への励ましと肯定なんだと思う。
「ありがとう、晴さん」
なら無下にすることはない。
私の言葉でいつもの笑顔になってくれるなら、私はそれでいい。
「それでな、ちょっと見て欲しいもんがあるんよ!」
いつもみたく、にこやかに笑う晴さんは意気揚々と私を店内に引っ張っていく。
「これこれ」
晴さん真っ直ぐ向かっていった場所で二つの商品を手に取った。
「あ、可愛い」
それは月のモチーフがあしらわれた色違いのバングル。リング部分は細いシルバーカラーでシンプルだけどその分、チェーンに結ばれた小さな三日月が映えている。
「深夜ちゃんはどっちの色が好き?」
色は金と銀の二種類。
確かに月って言うとどっちも色合いとして正しいよな。黄金の月とも白く輝く月とも言うし。
そうだな……。
「銀ですね」
晴さんにはきっと銀の方が良く似合う名字が雪下だし。よりシンプルなアクセサリーの方が晴さん自体の良さが際立つ。
「ほうほう、深夜ちゃんは銀の方か。よし――」
そういうと、晴さんは両方のバングルを持って会計に向かった。――ん?
「はい、深夜ちゃん!」
「うぇ!?」
そう言って店を出たところで、晴さんがおしゃれな小袋を差出し思わず受け取ってしまったけど……。
「な、ななな、なんで?」
「プレゼント、っていうかな、本当は昨日渡したかってんけどな。ほんの少しだけな……昨日話したアレ断られるかもしれへんとか、自分だけ先走ってるんかもしれへんとかって思ったらな。こんな買っても仕方ないなって……やからな、昨日、深夜ちゃんの答え聞かせてもろて、深夜ちゃん風に言うんなら、めちゃんこ嬉しかったんよ」
嬉しいは、嬉しいけど、やっぱり……晴さんは臆病だ。
「私は少し残念だな……」
「え?」
その一言で、晴さんの表情に不安という雲が掛かる。
うん、そうなるって分かってた。けど、意地悪かもしれないけど、コレだけは言わせて欲しい。
「私は絶対って信じてたのに、晴さんは信じきれてなかったんですね。私が晴さんの歌『大好き』だって言ったこと」
「うぅ、だ、だって! 好きなんて、口では誰だって言えるもん!」
「簡単に好きだなんて言えません! 少なくとも私は心にもないことを口にしません」
初めて晴さんの歌声を聞いて、歌声を合わせて、少しは寄り添い合えてると思ってたのに。
「私は一ヶ月、言葉を交わしたこともないのにずっと応援してくれた晴さんだから、私を認めてくれた晴さんだから信じてました。晴さんは私を信じてくれてたから一ヶ月も見守ってくれてたんじゃないんですか?」
だからこそ、私が晴さんに最後まで信じてもらえてなかったてのが、少し悔しい。
「ちゃうんよ……ウチかて、深夜ちゃんの歌すごい好きやけど。ウチの歌がそれに見合うてるかどうか、本当に深夜ちゃんがウチの歌を好きでいてくれてるか分からへんもん、もしかしたら自分の歌は全然足りてんかもしれんのに、一緒に武道館に立ちたいなんておこがましいやん……!」
晴さんの声が震えている、俯いていて表情が隠れているけど……。
晴さんが信じ切れてないのは、晴さん自身なのかもしれない。
「仕方ないッスね――」
本当に仕方がない、臆病な晴さんには、きっと言葉よりも確かなものが必要なんだ。
目に見えない何か、よりも、目に見えて触れるモノが。
「これを渡してくれたってことは、大丈夫だって思ってくれたんですよね。だったら、怖がりな晴さんのために目に見える誓いの証として」
袋を開けて左手にバングルを嵌める。
中に入っていたのは銀色の月。
やっぱり、こんな素っ気ない服装じゃ、アクセサリーは似合わないけど。
潤んだ瞳のまま晴さんは顔を上げた晴さんの手からもう一個の袋を受取り、中の金色のバングルを晴さんの右手に嵌める。
少し意地悪しすぎたかもしれない。
「私は絶対に晴さんのことを嫌いにならないし、もっと晴さんを知りたい。足りてないなら、何度も言います、私は晴さんの声を信じてます。だから、これからも信じ続けててください。私の言葉と歌を」
アナタからの信頼が、私の自信になる。
気がついたら、私は晴さんと目線を合わせるために少し屈んでいた。
いつもなら恥ずかしくて離れちゃいそうな距離だけど、今は涙目の晴さんの目を見つめていられる。
――信じてて欲しいから。
「ウチ、深夜ちゃんが思ってるほど強くないよ……?」
「知ってます」
「実は、結構めんどくさいよ?」
「それも知ってます」
「結構泣き虫やし、疑り深いとこもあるかもやで?」
「それはまだ知らないッスね。けど、きっとこれから知っていける」
泣き言をいう晴さんは、どこか子供っぽい。けど、それもまた、私が信じた晴さんの一面なんだ。
「ごめん、深夜ちゃんはウチのこと信じてくれてるのに、ウチは自分のこと信じられてへんくって」
「私だって、自分のこと信じられてるわけじゃないです。けど、アナタが信じてくれてる。私を信じてくれているアナタを信じているから、私は少しだけ前を向けたんです――だから、自分を信じれなくても良いんです。私を信じてください、アナタを信じている私を」
少し臭いかもしれないけど、臆病な晴さんを不安の沼から引っ張って上げられる言葉はこれしかもってないから。
「一つ、ええかな? 深夜ちゃん」
「なんですか?」
「これはウチが、ちゃんと深夜ちゃんに信じてもらってるって確かめるためなんやけどな……『晴』ってこれからよんでくれる?」
「お安い御用ッス…………」
……あれ? なんか急に恥ずかしくなってきたぞ……!
さっきまでなんか熱いこと言ってたくせに、ただ晴さんのことを呼び捨てにするだけなのに……!
「う、あぁ、えぇっと――は……晴…………………………………。うわぁあぁぁーーーーーー! もう、なんか恥ずかしいッス! なら、晴さ……晴も! 私のこと、み、深夜って呼んでください!」
「あははっ! うん! そうやね! これからも改めてよろしくね、深夜っ!」
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