臆病者の悩み
さて、七弥からチケットを入手したのはいいが、どうやって晴さんを誘おうか……。
出来るだけ自然に、かつ、晴さんに迷惑の掛からないように。
「……」
わからん。
ここ数年誰かをイベントごとに誘うということをした記憶がない。
もしかしたら家族以外の人間とイベントごとに参加したこともないのではなかろうか……。
「…………はぁぁぁぁ」
自分でもこんなにも深いため息が出るものかと思うほどに私は憂鬱気分になっていた。
「おい丹華」
「あでっ!」
周りのことを気にも留めず悩んでいるところを軽く後頭部を小突かれたことで感覚は外界に向けられる。
「営業中に辛気臭い顔しながらレジに立ってんじゃねぇ」
女子高生の頭という計り知れない価値の代物を肘でぞんざいに扱うのは目つきもガラも悪い、良いのはガタイと顔の造型だけの金髪ツーブロックヘッド、なるみん先輩こと、
尚、バイトは私となるみん先輩しかいない。
「へいへーい、わかってるッスよ。なるみん先輩。つっても……」
レジ台に頬杖を付いて店内を眺める。
「お客さんなんて、いないですけどね」
店内は商品や展示品の楽器や周辺機材で通行路が狭まるほどに窮屈だが、空間の圧迫感の中に生身の人間のものはない。
平日の閉店間際、こんな時間帯からわざわざ楽器をご所望しにくる物好きな奴はいないだろう。いたとしても、ウチではなくもっと広くて名前の通った大手の楽器店に行く。
「それでもまだ営業中だ。いつでも客に見せられる顔でいとけ」
仏頂面が何をいうか。
「そうは言っても、営業時間中にやることは全部終わりましたし。こうも暇だと色々考えることがあるんスよ」
「んだよ考えることって?」
「友達を遊びに誘う方法」
「…………」
「そんな不憫な子を見る目でみないでください!」
「まさか、いもしない友達を誘う妄想に浸っていたとは気がつかなかった。邪魔をして悪かったな」
なるみん先輩はそう言い残し店の奥に引っ込もうとする。
「待って! 相談に乗ってくださいよ、なるみん先輩!」
とりあえずなるみん先輩を引きとめ、晴さんが実在する存在であることを納得してもらい。私が晴さんをライブに誘おうとしていることを話をした。
「誘うって、俺らのライブにかよ」
「そうッス」
なるみん先輩は七弥のバンド『
人間の屑ぞろいの『NNN』だが、定職に就いていないことを除けば、面子の中で最もまともなのがなるみん先輩だ。こういう相談事には七弥よりも頼りになる。
「んなもん、普通に誘えばいいだろ」
「その普通がわかんないんです!」
「胸を張っていうことじゃねぇよ……ようは口頭でもメッセージでもなんでもいいから『ライブのチケット丁度二枚手に入れたから週末一緒に行こう』ってのを伝えればいいんだよ。簡単だろ?」
なんで、この人はそんな高度なテクニックをなんでもないことのように言ってるんだ……?
「そんな……もし予定が合わなかったりしたら……それに、なんでいつもボッチの私がチケットを二枚も用意してるんだって思われるかも……最初から誘う気まんまんでチケットを用意してるって気持ち悪いよね……」
「あのなぁ……」
狼狽える私を呆れるように眺めながらなるみん先輩は頭を掻く。
「難しく考えすぎるな。誰もそこまで気になんてしないし。遊びに誘われたらそれなりに嬉しい。予定が合わないのは仕方がない」
「けど……」
「結果なんぞ出てもいないものに怯えてんじゃねぇよ。断られたとしても、それは今後に響くほど重大なものじゃない。リスクなんてないんだ。どこに怖がる理由がある?」
「怖がる理由……」
そうだ、初めてやることだから一世一代の特別なことだと勘違いしていたんだ。普通はこんなこと日常茶飯事で何回でもチャレンジできることなんだ。
失敗しても次がある。っていうか、失敗ってなんだ。どの結果も失敗じゃない。晴さんとの関係が続いていればこれからもなんども遭遇するただの一場面。
「なるみん先輩、相談に乗ってくれてありがとうございます。長いこと友達がいなかったからちょっと忘れてたッス。友達ってそういうもんですよね」
「しょーもないことで時間取らせやがって。ったく、閉店の時間だ。作業に戻れ」
「ういッス」
ビビりな私の心は、少しだけ、少しだけど前を向いていた。もう、私は一人ぼっちじゃないんだから。
晴さんとの出会いが生んだ新しい関係は昨日だけの特別じゃない、明日も、明後日も続いてくれるはずなんだから。
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