きっかけのチケット
「ふん、ふふ〜ん♪」
「ご機嫌ですね。そんなに俺らのライブ楽しみなんですか?」
「はは、んなわけないじゃないッスか♪ 少しの間、黙ってろ下さい」
七弥がふざけたことをぬかすが、機嫌がいいのは確かだ。
週明けの放課後、私は鼻歌を歌いながら作曲作業に取り組んでおり、その間七弥は一応講師らしく授業の資料をまとめていた。
「……」
「なんで機嫌がいいか聞けよ下さい」
「めんどくせぇですね丹華は」
あからさまに話を聞け、と信号を出しているというのに、それを無視するとは、七弥もまだまた乙女心というものを理解できていないな。
「それで、何かいいことでもあったんですか?」
「それがッスね!」
私は鬱陶しく焦らしたりせず前のめりに、この間の晴さんとの運命的な出来事を掻い摘んで一時間掛けて七弥に語り聞かせた。
「まあ、要するにアメさん改め晴さんと仲良くなれたってことですね」
「仲良くだなんて〜 まだまだようやく一歩近づけたっていうか〜 これからもっとも〜っと親しくなっていくつもりっていうか〜」
高校生になって初めてできた、友達……。
素っ気なかった私のスマホのホーム画面はデュエットカラオケをしたときの自撮り写真。私と晴さんが並んで写ってるだけで華やいで見える。
ついつい画面を見てると顔がにやけてほころんでしまう。
そんな私の姿を奇怪なモノを見るような目で七弥は眺めていた。
「なんスカ」
「いや、丹華ってそんな風に笑えたんだ。って思って。今までムスッとしたとこと苦笑いしたとこしか見たことなかったから……」
「そんなことないッスよ。ギター弾いてるときはめちゃんこ楽しんでますし」
「そういのとはまた違う表情をしてるって言ってるんですよ」
そう言われてもよくわからん。
確かに浮かれてる。今までに経験したことのないことが起こってめちゃんこ嬉しい。
けど、それでも「嬉しい」という感情に変わりはないはずだ。
「おっとそうだ、七弥、チケットもう一枚欲しいッス」
「チケット? ああ、俺らのライブの……やっぱり楽しみなんじゃないですか」
「はは、んなわけないじゃないッスか♪ 晴さんと二人で出掛ける口実に決まってんじゃないッスか」
「他人のライブをなんだと思ってんだ……まあ、ノルマ消化できんのは願ってもないですから売ってやりますが……」
そうやって未だ厚いままのチケットの束を取り出し一枚を私に差し出す。
「2000円」
「うぇ、金取るんスか……」
「当然、チケット代はライブの資金源なんですから。そうぽんぽん上げてたら赤字になってしまいます」
つまり売れなきゃ自腹を切らなきゃならないのか、チケットは一枚2000円、そこにある束は一体何枚残ってるんだ、確実に十枚、いや下手したら二十枚くらい残ってるかも……。
「つまり七弥だけで4万の赤字、さすがはバンドのお荷物……」
さすがに可哀想になってきたので、仕方なしちゃんとチケット代くらい払ってやろう。
「残念3万と8000円です。もとよりメジャーじゃないバンドに集客力なんてないですし、全部が全部チケット代で賄えるわけないんですよ」
「そうは言っても七弥のバンドは結成してそこそこですし。バンドマンの界隈ではそれなりに名前は通ってるでしょ」
「そ、だから本命は手配りより当日の会場販売、さらに言えば単独ライブでもないですし、今は余ってても問題ないんです」
「ならもう一枚も七弥の奢りということで……」
「それとこれとは話が別です」
チケットをぱっと奪い去ろうとしたが、七弥はさっと引いて上手くかわしやがった。
「どうするんですか? 晴さんを誘いたいんでしょ」
ぶっちゃけ晴さんを誘うなら別に七弥のライブじゃなくてもいいけど、そうするともしもの場合、ライブハウスが
「生徒に金をせびる講師の図ってのも中々、乙なもんッスしね」
「なんか言いましたか……」
「なんでもないッスよ」
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