二小節目 ジャンル違いの主旋律
巡り会った二人
「来てくれて、ありがとうございます」
「ううん、こっちこそありがとうね。終電過ぎてもうたのに、わがまま聞いてもらって」
私達は向かい合った距離でなく、初めて隣り合わせで駅前のベンチに腰掛けていた。
「私の方こそッス。嬉しかった。いつも私の歌をちゃんと聞いてくれるのはお姉さんだけだったから。来てくれないかもって思ったときは、ホント不安だったんスよ」
近くで見るとアメさんの細かい部分までよくわかる。
私より頭一個分くらい小さくて、目は二重で泣き黒子もある。そして、飲み会帰りといってたのに身奇麗でほのかにいいにおいがする。
めちゃんこかわいい。同性の私でも見惚れてしまう。
「お姉さんやなんて……ウチ、ちっちゃいさかいそんなこと言われたことないよ。ウチのことは
『アメ』とは間逆の名前だった。
「私は
「一々かしこまらんでええで。ウチなんてまだ二十歳やし」
「いえ、私なんてまだ十七ッスから」
「若っ! スラッとしとってかっこいい美人さんやさかい絶対年上やと思っとったわ」
話し口調が関西弁だからだろうか。話してみると晴さんはめちゃんこ陽気で気さくな人だ。
人見知りして話すのが苦手な私でも話すのが苦痛じゃない。
「ウチな四月に東京上って来てな、色んなもんが新鮮で来た日に歩き回っとってんよ。そんなことしとったら夜遅うなってもうて、そんではよ帰ろうと思って駅まで来たら、めっちゃカッコいい声が聞こえてきたん」
晴さんはニッと笑って私の目を見つめた。
「それが深夜ちゃんやったんよ。ウチのおった田舎じゃ路上でライブなんてしとる奴なんかおらんかった。みんな、夢を見ることすら小馬鹿にしとった。そういうなんを冷めた目で見るのがかっこいいとか思うとる奴らばっかりやった。せやから、真っ直ぐ向いて歌っとるんがかっこようてしゃーなかったんよ」
無邪気に笑う晴さんの表情は子供のようにも見える。それでいて、きっと私より色んなものを見てきたからこそ、心の底からその笑顔が出てくるのだろう、とも思った。
「あん時、持ち合わせが無かったさかい、のど飴はしゃーなしやってんよ。けど、深夜ちゃんギターケースん中に入ってる飴ちゃん嬉しそうに眺めとったさかい、好きなんかなぁって、思って毎回のど飴持っていくことにしたんよ」
あの時、私は生まれて初めて自分の歌で何かを貰ったのがうれしくて、興奮して手放しに喜んだんだ。
「嬉しかったんッス。本当に、最後まで立ち止まって聞いてくれた人は晴さんが初めてだったから。ありがとうございます。あの時、私を見つけてくれて」
「お礼を言うんはウチの方やて。深夜ちゃんの歌もギターもめっちゃ好きやから、終電逃してまで聞かしてくれたんありがとうな」
そう言って晴さんはベンチから立ち上がる。
もう行ってしまうのだろうか。
きっと明日も会えるだろうけど、今はもっと話していたい。――ようやく私達は出会えたんだから。
「せやから、お礼させてもらえんかな?」
私の不安は杞憂だった。
良かった、まだ晴さんと一緒にいられる。けど、私はお礼されるほどのことなんてしていない。
「そんな、お礼なんて……」
「お礼になるかはわからんねんけどな。そうでのうても未成年を朝まで外にほっぽっとくのはよろしくないやろ。始発までの間、時間貸してくれたらええから着いてきて」
遠慮して尻込みしている私の手を晴さんは握って、ひっぱっていく。
というか、終電を逃してからのことがノープランだったのは確かなので、ここは大人しく晴さんのご厚意に甘えさせていただくことにすべきだろう。
明日は土曜日、学校はないし、少しくらい夜更かししたって文句を言う大人はいない。
●
「んじゃ、深夜ちゃん。盛り上がっていっくでーー!」
晴さんが私の手を引いて来たのはカラオケ。しかも私が夜まで時間を潰してたのと同じ店。
「ウチは深夜ちゃんと違うて、楽器弾けへんから、カラオケの力を借りることにしました。一応ご飯も食べれるしな」
お礼とは、晴さんも歌うということだろうか?
そういえば、私は晴さんが何をしている人なのか、そもそもどういう素性の人なのか、まだよく分かっていない。
「んじゃ、深夜ちゃん聞いてください――『Believe』」
よくあるタイトルだから私はどんな歌かすぐに特定することは出来なかったけど、イントロとカラオケの映像ですぐにどんな曲か思い出した。
有名な少年漫画が原作のアニメのオープニングだ。
私は晴さんがどんな風に歌うのか、少し興味があった。
晴さんの声は私よりもかわいらしく高い。透明感があって耳に優しく触れるような、どれだけ聞いていても飽きが来ないような。きっと歌声も心地よいものだろうと想像できる。
そういう意味ではこの選曲は少し以外だった。
性格的にパッショナブルな曲は似合いそうではあるけれど、声質的にはもう少し大人しめの方が合いそう。
だが、そんな先入観はすぐに覆された。
目の色が変わる。その眼差しは間違いなく「歌う」人間だった。
空気が変わる。全身にサブいぼが立つ。
さっきまでいた『晴さん』が――変わる。
晴さんの声は変幻自在だった。最初の曲だけじゃなく色んな曲を披露してくれた。時に射抜くようにかっこよく鋭く低く。時に猫のように可愛らしく丸っこく。声を手足のように操って、それでいて彼女の声の個性を殺さないし、歌としての形を崩さない。
それどころか、力強い節回し、無限に響き続きそうなほどのロングトーン。歌唱力も抜群だ。
その姿は晴さんでありながら、まるで歌いながらいくつもの人間を『演じている』ようだった。
晴さんは5曲ほど休み無く歌って、そこでようやく一息ついた。
「ふぅ、流石に疲れたわ。どうやった? ウチの歌」
私はただただ圧倒されていた。
ただ上手いだけじゃない。歌、いや、自分の『声』への情熱、そしてその熱量が半端じゃない。
あの歌声は自然に生み出されたものじゃない、研鑽を重ねて磨き上げられた、生半可な思いでは生まれることのない、生きていくための武器だ。
「晴さん……」
「やっぱりまだまだかな? 勉強中の身やし……」
何を謙遜することがあるのだろうか、今すぐプロにでも通用する歌声を持っていながら。本当にこの人は一体……?
圧倒された、それは確か。だけど、それと同じくらい湧き上がってくるものが、晴さんの歌にはあった。
「好きです!」
「え?」
この思いを伝えずにはいられない。
「晴さんの歌、私、めっっっっっっちゃんこ大好きです!」
ためにためて思いを爆発させる。
私の心臓はドキドキと高鳴りを抑えられずにいた。
声も、姿勢も、空気感も、全てを総合して歌というのなら。コレほどまでに高揚感を受取った歌はこれまでにない。
晴さんが何をやってる人かどうかも気になるが、そんなことよりも、好きを伝えなくちゃという衝動に掻き立てられる。そんな魅力を彼女の歌は秘めていた。
「もしかしてプロの歌手の人ッスか!?」
「まさか、そんな大層なもんやないよ」
晴さんは照れくさそうに頭をかく。
うわぁ、やっぱり顔がイイと照れた表情もかわいいな。まつげ長いし……唇もプルプルしてて柔らかそう……。
あれ、そう言えばどうして、こんなに晴さんの顔が近くに……。
気がついたら私は身を乗り出して晴さんの顔に近寄っていた。そのことに気がつくと急に気恥ずかしくなり、私はあわてて身を引っ込めた。
「言われてみれば、深夜ちゃんにウチのことなんも話してへんかったよな」
晴さんは嬉しそうにはにかみながら、自分が何者かを私に教えてくれた。
「声優――ウチは声優の卵やねんよ」
初めて私の歌を好きになってくれた人は、どこまでも響く歌声と七色の声色を持った声のプロを目指す、夢を追う旅人だった。
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