天体観測×2
(今度の休み一緒にライブに行きませんか。今度の休み一緒にライブに行きませんか。今度の休み一緒にライブに行きませんか。今度の休み――)
私は胸のうちで何度も予行演習をしながら、いつもの場所に向けて足を速める。
いつもの場所はバイト先から家の方向に二駅行ったとこにある。
少し急げばいつも乗ってるのより一本早い電車に乗れる!
なぜ私が急いでいつもの場所に向かおうとしているのかは、言うまでもない――心の準備が必要だからだ!
私は晴さんが来る前にいつもの場所で腰を据えて落ち着いておきたいのだ。
早く着こうが着かまいがいつも晴さんがやってくる時間は決まっているので準備できる時間は総合的に変わらないけど、なんか……こう……あの場所で待っているほうが場の空気に馴染めるかなって……。
とにかくプラセボ的な何かがあると信じて、とにかく早く、あの場所にいておかないと、緊張で心臓が弾け飛んでしまいそうだから――
○
「あ、深夜ちゃん!」
「…………っ!?」
心臓が口から飛び出そうになった。
いつもより三十分も早くいつもの場所にやってきた。それなのにも関わらず、晴さんは私よりも先にベンチに座っていた。
「へへっ、いつもより早うレッスン終わったさかい、ちょっと待たせてもらったんよ」
晴さんは私を驚かせることにに成功したからか、してやったりといった風に悪戯っぽく笑う。
なんというか……ずるい。
私は晴さんを誘おうとしてビビりながらここまできたのに、当の晴さんは能天気にニコニコしてて、何で私ばっかりこんなにドキドキしなくちゃならないんだ。
「深夜ちゃんも今日は早いなぁ。どないしたん?」
「えぇっと………それはですね……」
どうしよう。弾き語りをする前に誘うべき? それとも一通り歌ってから?
こういうののタイミングこそ、なるみん先輩に聞いておくべきだった!
「実は晴さんにお願いがあって……早い目に着て準備しようと思ってたんス。けど晴さんに先を越されちゃいました」
なんだよ、お願いって! なんでちょっと言い方を変えたんだよ、そこは素直にライブに誘う流れに持っていけただろ!
「お願い? それやったらお互い様やな。ウチも深夜ちゃんにお願い……かどうか分からんけど話があったんよ」
「晴さんも?」
「うん、良かったらウチの方から話させてもらえへん?」
私は晴さんの隣に腰を下し、先手を譲る。
正直助かる。これで自然な流れで私も晴さんを誘える。
「あのな、養成所の先生からライブのチケット
………………被ったぁぁぁぁぁぁ!
まさか晴さんもライブに誘ってくるとは予想外……。どうしよう、日にちとか被ったりしたら。七弥はどうでもいいけどなるみん先輩に申し訳が……。
「深夜ちゃんが興味あるかどうかわからんし、ウチの勉強にって先生がくれたもんやから無理して付きおうてくれんでもええんやけどな……どうやろ?」
「行きます。行きましょう。行かせてください」
私は間髪入れず三段活用で晴さんからの申し入れを承諾した。
ヤバイ。なんで、この人はちょっと困り眉で上目遣いをしたくらいで七弥共のライブなんかどーでもよくなるほどかわいいんだよ。
「う、うん、まさかそんな乗り気なってくれるなんて思ってへんかったけど。喜んでくれたならウチも嬉しいなぁ」
困った顔もかわいかったけど、やっぱり嬉しそうな顔は仕草も含めてめちゃんこかわいい。
「うん、それがウチのお願いなんやけど。深夜ちゃんのお願いってなんなん?」
「え、あ、と……そうッスね……」
そうだ、いつまでも晴さんの笑顔にときめいている場合じゃない。
どうしよう、私も晴さんにライブを誘おうとしていたなんて切り出せるだろうか。
「ふーん……なんや、言いにくいことなん?」
「いや、そうではなくて……」
どうしよう、何でもいいから代わりのことをひねり出さないと……。
「私のギターで一緒に歌ってくれませんか」
何でそうなるねんッ!
確かにそれはある意味私の願望であるけれど、唐突すぎだろ! それに晴さんは今日の声のレッスンがあったわけだから無駄に声を消費させるお願いなんて失礼ていうか、無神経にも程があるだろうッ!
「なんや、そんなこと? ええよ、ウチの知ってる曲やったら」
「本当ッスか!?」
本来誘おうとしたことと違うけど、めちゃんこ嬉しいし、晴さんめちゃんこやさしい……。
「声のレッスンしたあとに歌わせるのって抵抗あったんッスけど……」
「ええねんええねん。弾き語りやったら声張るわけやないし。ウチも縛られずにのびのびと歌いたいねんよ」
さっきのおねだりの顔とはまた違った表情だ。今度はわがままを優しく聞き入れてくれるお姉さんみたいに優しく微笑んでくれている。すごく隣にいて安心する温かさがある。
「じゃ、じゃあ、『天体観測』! 晴さんの声で聞いてみたい!」
「ええよ。午前二時にはちょっと早いけどな」
私はいつもカバーして弾き語るように原曲よりもテンポを落とし、メロディーラインを奏でる。
その旋律の上にそっと着地するように晴さんの歌が乗る。私は半音下げてその歌声にコーラスを入れる。
普段は自分がメインボーカルだけど、この瞬間は晴さんが主人公だ。そして私はそれに寄り添うように響き合わせる。
二つの声が一つの音楽に
よく歌う曲だからこそ、新たな音に出会えたことに感慨が生まれる。
このまま永遠に続けと願ってしまう二重唱。けど、どれだけテンポを落としてもこの時間は四分と少しで終わってしまう。
「天体観測」――共にイマというほうき星を追っていた二人がいつしか一人になってしまう。どこか物悲しい結末の曲。
それでも私はこの曲が好き。いや、教訓にしていると言ったほうがいいのかもしれない。私はいつまでも『ほうき星』を探していたいから。
「ウチも結構好きなんよ、この曲。けどやっぱあれやね、最後、君が来てくれへんのがちょっともやっとするんよ。せやからな、うちは君の手を握れん僕になりたくないんよ」
そう言って、ピックを握ったままベンチで休ませている私の右手の上に晴さんは自分の左手を重ねた。
「ウチにお願いしたいことって、本当はこれやないんやろ?」
「うぇ!?」
「結構、深夜ちゃん表情に出とるんやで」
まさか、内心焦ってたことも晴さんにバレバレだった!? 隠しているツモリだったことが筒抜けだったと知ったら、急に恥ずかしくなってきた。
「ほら、顔、
「か、かわ、可愛いなんて!」
「うぃひひひ、深夜ちゃんのそういうとこ、めっちゃ好き」
いたずらっ子の少年みたいに白い歯を見せながら晴さんは無邪気に笑う。
この人……私をいじめて楽しんでる。
「そんな風にいじめるような人には教えません!」
「ごめん、ごめん。今日は深夜ちゃんの色んな顔が見れて嬉しいねんよ」
なんか、ずっと晴さんに主導権を握られてる気がする。
まさか、私より優位に立つためにこの人はいつもより早く来たんじゃなかろうか?
「それで、どうなん? 本当のお願いってそんな言いにくいことやったんか? 大丈夫やで、ウチどんなことでも迷惑やなんて思わんから」
「本当ですか? じ、実はですね……」
私は少し躊躇いながら、カバンから七弥から貰ったチケットを晴さんに渡す。
「私も……ライブに今度の休み誘おうと思ってたんス。けど、晴さんに先越されちゃって……渡そうかどうか迷ってたんです」
目をつぶって渡したから晴さんがどんな顔をしているのか分からない。一体どんな反応をするんだろうか……。
「……なぁ~んや、そんなことかいな。もっと深刻なことや思って緊張してたんがあほらしいわ」
「え?」
恐る恐る目を開いてみると、晴さんは溶けたソフトクリームみたいに、デロんと肩の力を抜いてベンチの背もたれに体を預けていた。
「『え?』や、あらへんよ、そんなことくらいぱっと言ってくれたらええのに。約束しようとしたんが被ったくらいで怒ったりする奴おらんて、そんな偶然、誰も予想でけんし。まあ、けど安心したぁ。もっと将来についての悩み相談とかやったらウチどないしたらええんか分からんかったし」
「晴さんでも緊張することあるんだ……」
「なんよ、晴さんでもって……ウチは楽天家やさかい、真面目な話とかなると結構緊張しいなんやで」
晴さんはけらけらと溶けたまま笑い、その笑い声で私の肩の荷も降りていく。
なるみん先輩にも言われたけどやっぱり私は何でも考えすぎてしまうらしい、反省せねば。
「それよか、まさか深夜ちゃんもおんなじこと考えてたなんてなぁ。以心伝心してたみたいでちょっと嬉しいなぁ」
「あ、別に私が誘おうと思ってた方はもういいです。もともと知り合いのバンドが出るってんで貰ったものなんで」
「……なあ、深夜ちゃん、深夜ちゃん」
晴さんが私の肩をちょいちょいとつつく。晴さん風に言えば、どないされた?
「次の休みってさ、ゴールデンウィークやんな?」
「ん? あれ今って五月でしたっけ?」
そう言えば、晴さんが四月の頭にやってきて一ヶ月、ということはもう五月の頭……。
学校で同級生と季節感のある話をしない私は気温以外で時期の違いを感じる手段を失っていた。
「ウチが誘ったライブは次の日曜で、深夜ちゃんが誘ってくれたんは次の月曜日やで」
「……………………え?」
「深夜ちゃん、休みや言うて日曜日やと思ってたんやろ。チケットちゃんと見とかな。うっかりさんやなぁ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
めちゃんこ恥ずかしいッ!!
思わず顔を手で覆ってしまうほどに晴さんに合わせる顔がない。
「ホンマに、今日は色んな深夜ちゃんが見れて楽しいわぁ……」
隣では晴さんが嬉しそうに笑いながら私の頭に掌を乗せる。
「ちゅう、わけでっ!」
掛け声のように言い放ち、晴さんはベンチから跳ね上がり私の正面に向かい合うように躍り出た。
「いつもは夜の一時間しか深夜ちゃんの時間を貰えへんけど。その二日間は半日、深夜ちゃんの時間貸してもらうさかい、覚悟しといてな」
私は杞憂ばかりが先行して不安だらけだったけど、結局どっちの約束も全く問題なく結ばれた。
私達を照らす街灯の下で晴さんは無邪気に笑う。
私をいじめるように悪戯っぽくもあり、受取ったものを手放しに喜んでいるようでもあり、ともかく歳不相応な――なんとも愛らしい笑顔だった。
――――あれ? これってもしや、デートなのでは?
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