第24話 初めから?

「序列をカサに着て好き放題やられるのは確かに許し難いわ。『でも』、悪いことばかりじゃない。他の生徒が努力する強いきっかけにはなるでしょう」

 背理は伸ばしかけた手を引っ込める。

 ──何てことだ。アキハには突破口が見えていた。

 しかも、背理が諦めた方の戦略、「あちらは害をもたらす」を否定する方法。より相手を鋭角に抉る、攻撃的な方法。

 そうだった。こいつはそういう女なんだ。立ち止まってくれと手を掴んだら、逆に自分を引っ張って全力ダッシュを決めてしまうような、引くことを知らない奴なんだ。

 背理は彼女の一言で今何をするべきなのか明確に理解した。他の三人の顔色を伺ってみると、同じように目に光が宿り始めている。もうタイムを取って相談をしなくてもいい。アキハが走る方向を指し示してくれた。

 「努力する強いきっかけ」。理不尽に支配されれば、翼丸たちをのさばらせまいとクラスは必死になるはず。そういう意味ではクラスに良い影響を与えていると解釈することができる。よくもそんな風に視点をガラッと変えられたものだ。

 支配されることで生まれるメリットを証明する。

 他の四人は反論を思いつかずに狼狽えていたのに、アキハだけはそんな荒技を見つけたのだ。支配されるというデメリットそのものを否定するのではなく、メリットを添えることでデメリットを少しでも相殺することができれば、きっと相手の主張はパワーを失う。

「学校がわざわざ序列優位の権限という制度を設けたのは生徒の向上心を促すためだと思われます。『つまり』、打ち負かしたいと思う相手が上位にいるなら努力して乗り越えるのが本校の生徒として正しい姿と言えましょう」

 零が続く。さすがにアキハ教信者なだけあって、アキハをいち早く追走する。

「現状が不満なら努力を、なんて厳しい話よ。『けど』、それがこの学校でしょう? アンタたちの『影響』で、他のクラスメイトは必死で成長するはず」

 一部の単語を殊更に強調し、アキハは顎でななかに行けと促す。聞き馴染みのある言葉をあえて使った丁寧なパスだ。これならななかでも、

「『だから』、ある意味そっちが定義した『他の生徒に好影響を与える論隊』になるんじゃないかなって思いますっ」

 この結論を導ける。

 翼丸は自ら持ち出した定義に噛みつかれることになるのだ。

「以上」

 アキハがこちらの攻撃を締めると映獣の戦いが始まる。

 ピー子ちゃんはその愛らしい名前にそぐわない威圧的な眼光を飛ばす。エデンは身構える。行け。背理が拳を強く握りしめた瞬間、ピー子ちゃんは目にも止まらぬ速さでエデンに突進する。

「グオオォォォォ!」

 鈍い衝突音と同時に響くエデンの悲鳴。ガードは間に合わない。為す術なくその重そうな身体は突き飛ばされてしまった。ピー子ちゃんがふわりと軽やかに退いてエデンを見下ろすと、議具がアナウンスする。

「与ダメージ3。3対0」

 ──よし、まずまずだ。

 暴君に君臨されてしまうデメリットは否定できなかった分大ダメージには至らないが、メリットを添えてやったことは確実に痛手になったはずだ。さすがアキハだ。この混乱の中、他のメンバーたちを無理矢理引き連れて答えを出した。

 この返しは予想できたか? 背理もアキハも、力のこもった目で翼丸の様子を観察する。

 だが翼丸の笑顔は崩れていなかった。

 首を少し持ち上げて、こちらを見下す。

「後攻、翼丸論隊。一回戦」

 クラス中が息を呑む中、議具の無機質な声はやけに澄んで聞こえた。

 嫌な予感がする。なぜそんなに余裕の態度でいられる?

 まさか……、こうなることを読んでいた?

 初めから?

「他の生徒のモチベーションになる。論理的に考えればそれは必然的な現象でしょう。『しかし』、それは我々だけに言えることなのでしょうか?」

 最初に発言したのは翼丸ではなくその隣の逆接の男だった。おかしい。いつもリードするのは翼丸だったはずだ。今回はその必要がなかった?

 ……ということはやはり、この展開に備えてすでに反論を用意してあるのだ。せっかく希望が見え始めたのに、途端に暗雲が立ち込める。

「例えば転換や序列最下位がいるキミたちがクラスの代表に選ばれるとしよう。『すると』、自分も努力しなければと奮起する者が現れる」

 順接の翼丸が続く。

「『また』、こう考える人もいるでしょう。『そんな人間に代表になられるなど屈辱』と」

 並列。

「低序列者に負けてしまったら悔しさを覚えるのもこの制度において必然的な現象だろう。『だから』、ボクたちもキミたちも誰かのモチベーションを喚起することはできるという点で変わりはない」

 また翼丸。打ち合わせの通りだと言わんばかりに、間も開けずに言葉を繋いでいく。

 そしてその内容。──かなり痛い。

 クラスメイトの向上心を促す力はどちらも持っていることになってしまったら一気に不利だ。翼丸論隊が代表になるデメリットを相殺するためにメリットをこしらえてプレゼントした。だが、こちらが全く同じメリットを有しているのなら、相対的に上回るのは──。

 背理は思わずアキハの顔色を窺う。背理にはこんな反撃を予想できなかったが、アキハならあるいは。

 だがアキハも明らかに動揺していた。

 口をきつく結び、眉間にシワが寄る。前のめりだった体を背もたれに倒し、悩ましげに腕を組む。

 背理の鼓動が早く大きくなる。これは思ったよりヤバい状況なんじゃ……? アキハに対抗できないなら一体誰が……。

 いや、頼ってばかりではダメなのだ。アキハがダメなら自分が逆転の手を思いつけばいい。特に今回は自分の進退がかかっている。探せ。翼丸の隙を。

 クラスに成長を促す。どちらも。ならば、その効果はどちらが強い?

 あちらの方が負けている間支配されてしまうという点で切迫している。だからあちらの方が強いと考えるのが自然では?

「『ただし』、問題はどちらもどれくらいその効果があるのかは不透明だということ」

 逆接の男が得意げに主張を発展させる。背理が今まさに考えていたことをなぞるように。

「事前にアンケートでも取っていればはっきりした。『だが』、急遽決まった議題に対して我々はそのデータを用意できなかった」

 仕方のないことなのにわざとらしく、逆接の男は不備を詫びるように頭を下げる。

「『それとも』、そちらはそのデータがあるとでも?」

 選択の男はあえてこちらに質問を投げかける。二人とも挑発的な態度だ。

 ない。ないに決まっているだろうが。

「『つまり』、どちらの方がその効果が強いのかこの場で比較することはできない。できるのは想像だけ」

 ──悔しいがその通りだった。

 どちらもモチベーションを喚起するという効果を持っている。その効果は存在するという認識でお互い一致している。こちらから言い出した手前、今更「やっぱないかも」と否定できない。

 ではその効果の程度は? 計測するには物差しがいるし、比較し合うには数字が必要だ。でなければ「そっちの方が強いと思う」、「いやそっちだと思う」と想像を押しつけ合うことしかできない。

 つまり今両者は等しく「程度はわからないが他の生徒の向上心を強める働きをする論隊」ということになる。この点が同質だと、他の差が牙をむく。

「圧政を敷く代わりにモチベーションを喚起する論隊と、支配的ではない上にモチベーションを喚起してくれる論隊。前者を選びたい人はいないだろう。 『だから』、こちらが提案した『他の生徒に代表として歓迎され、周囲に好影響を与える論隊』という定義により該当するのはキミたちだと考える。以上」

 結局残されるのは暴君になる意思の有無。これではスタート時と何も変わらない。それどころかかえって悪くなったかもしれない。あちらを持ち上げるためにしたことが自分たちに返ってきてしまったのだ。

「グオォォォオオオ!」

 エデンは雄叫びをあげてピー子ちゃんに飛びかかる。羽ばたいて逃げる余裕もなく、成す術なく地面に組み敷かれる。

 身動きの取れないピー子ちゃんを切り裂く爪。爪。爪。執拗な攻撃に観衆から悲鳴が漏れる。

 ピー子ちゃんが抵抗する力すら失ったところでエデンはようやくのし掛かるのを止め、のそのそと離れていく。最後にピー子ちゃんの頭を後ろ足で軽く蹴るおまけつきで。

「与ダメージ6。3対6」

 アキハはタイムを申告した。

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