第23話 ボクたちは嫌な奴だからね
***
アキハの立論発表は完璧だった。
結局喧嘩と沈黙が半分を占めたあの話し合いの中でも、こちらは隙のない理論武装を完成させたはずだ。それをそのまま発表するだけでよかった。
直接対決での勝敗を持ち出してくることを読み、アキハはあえて「一度こちらが勝っているけど」という文言を入れ込んだ。そして、そのたった一回の直接対決の結果よりも過去20年の客観的なデータから予測するのが妥当であると示した。
三分ある持ち時間を一分強余らせて「以上」と締めくくると、この戦いを見守る他のクラスメイトからざわめきが起こった。細かい内容までは背理には聞き取れなかったが、部分的に届いてきた言葉は「こっちの勝ちだね」、「やっぱり翼丸たちが出るべきだよなあ」などと、こちらの主張を肯定的に受け止めた反応ばかりだった。
反論の余地がない。御堂筋論隊の面々も観衆もそう思っていた。
「立論。後攻、翼丸論隊」
議具から指名を受けると、翼丸はゆったりと立ち上がって服のシワを伸ばす。背理たちは不気味なほど清潔感のある彼の顔に瞳の焦点を合わせる。こちらの攻撃が効いているのなら顔色に出てもおかしくない。
──だか、翼丸がもはやトレードマークとも思える不快なニヤけ顏を堂々と披露した。
背理たちに緊張が走る。なぜそんな余裕な態度でいられる? まさか、反論できるというのか?
翼丸はわざとらしくもったいぶって咳払いを一つ。横一列に並んで座る御堂筋論隊の面々を右から左まで見渡して、右手の人差し指を立てる。
「ボクたちは、『クラスの代表にふさわしい論隊』を『他の生徒に代表として歓迎され、好影響を与える論隊』と定義する」
自らの賢さを誇るようなどこかぬめりのある口調で響かせた言葉は、予想していたそれとは異質のものだった。
「言い換えるなら、クラス代表者はクラスの頂点に立つにふさわしい人格者である必要があるということだ」
……この男は、何を言っているんだ?
「そちらは『新人戦で勝ち上がる可能性の高い論隊』としたのだろうが、大切なのは強さだけだろうか? 強くても、いや、強いからこそ、クラスに疎まれる存在がいるとしたら、それは代表にふさわしいか?」
この展開に面食らったのは背理だけではなく、アキハも目を見開いていた。その様子に翼丸は満足げに一つ頷いて、さらに衝撃的な方向へ話を転がす。
「ボクたちが代表に選ばれたあかつきには、序列優位の権限を容赦なく行使する。キミたちD組の生徒は全員ボクの奴隷だ」
両腕を大きく広げて高らかに宣言する。
背理の額に汗がにじむ。対する翼丸は汗なんて汚物を出す機能なんて備わっていませんよと言わんばかりの清潔感を未だ漂わせたままだ。その姿は醜悪な発言内容とかけ離れている。
序列優位の権限。
──低序列者は高序列者の命令に従わなくてはならない。
この制度を利用する暴君が現れれば軋轢を生み、真っ当な学生同士の人間関係は破壊される。ルール上は認められているが誰しも使うのをはばかる暗黒の権利だ。
「できるだけ理不尽な使い方をするよ。このクラスを可能な限り居心地の悪いものにする。ボクたちは嫌な奴だからね。ククク……」
だが、この男はやる。それはわかっている。なんせついさっき背理にもこの力を振るったのだ。嘘ではない。呆れるほどの真実。
信じがたい方法で対抗してきた。自分たちの強さは全く否定しない。だが、強さなどまるで無意味になるような、強さ以前の欠陥を持ち出してきたのだ。強かろうが代表にしたくない、そんな存在に成り下がることで自分たちを有利にしようというのだ。
クラスの暴君になるなどという彼の発言を受けて、クラスは当然のようにざわめきに包まれる。非難めいた視線を送る者もいる。
だがもし彼が代表に選ばれた場合、そんなことをする権利は奪われる。翼丸に黙れと言われたら黙り、白目をむいていろと言われればむくしかない。そんなクラスにするつもりだ。
この戦いが始まる前、えっちーせんせいは言った。自分たちを不利にするために変な公約を出した場合、せんせいが責任を持って必ずやらせると。だがその脅しは意味をなさない。やらされても翼丸は痛くもかゆくもないのだ。
それに、せんせいが例に挙げた「教室でお漏らしする」なんてものとは質が違う。お漏らしとは違い、こちらは学則で保障された権利なのだ。嫌は嫌だが、されても仕方がないと諦めざるを得ない。
──やられた!
御堂筋論隊が動揺に包まれる。強さという勝てそうな土俵に相手はやってこなかった。それどころか、その土俵は破壊されようとしている。強さ以前の欠陥を持ち出されてしまったらもはや強さを比べる意味がない。
「実のところ、現時点でもボクたちは行使できるんだ。クラスの皆に比べて序列は高いからね。ククク……、だがここでもし負けたら控えるよ。クラスで一番でもないのに王様を気取るなんてボクのプライドに反するからね」
さらなる爆弾が落とされる。
ここで翼丸が負ければ、つまり背理たちが勝てば、クラスは支配から免れる。
本心ではないかもしれない。だがこうして宣言した以上、負けた場合彼はえっちーせんせいに教師の権限を持って「行使しない」をさせられる。せんせいの加護のもと、クラスは彼の僕にならずに済む。翼丸はせんせいの恐怖を利用し、逆手に取った。
「もしここでボクたちが勝利し、さらには新人戦でも勝ち進んでしまえば序列はかなり上昇するだろう。クラスの皆との差は容易には覆せないほど大きくなる。キミたちは少なくとも数ヶ月、ボクたちの言いなりだ」
翼丸は胸糞悪い事実をいかにも素晴らしいことかのように意気揚々と語った。その態度はすでに十分王様を気取っている。そして彼は右腕をスッと前方に伸ばし、アキハを指差す。
「実はボクのこの考えは事前に御堂筋君に話しているんだが、彼女は批判的だった。代表に選ばれても偉そうにする気はさらさらないという、大変気持ちの良い言葉を頂いたよ。これは嘘じゃない。必要とあらば先生の審議を受けよう」
えっちーせんせいが年齢にそぐわないつぶらな瞳をアキハに向ける。アキハが確かに嘘ではないという意味で首を縦に振ると、せんせーは不自然にあどけない顔でニッコリ微笑んだ。今度はアキハの言葉も利用されてしまった。
そうだ、こちらは暴君になる気などない。翼丸にそう啖呵を切ってしまった以上偽るつもりもない。しかし、これで御堂筋論隊がヒーロー、翼丸論隊がヒールという構図になってしまったではないか。
「果たして、クラスの皆はどちらを歓迎するだろうか? 『他の生徒に代表として歓迎され、好影響を与える論隊』はどちらだろうか? 『クラスの頂点に立つにふさわしい人格者』はどちらだろうか? ……答えはわかりきっているね。以上」
あまりに気持ち良く熱弁したせいか少し乱れてしまった前髪を指で払って、翼丸は行儀良く着席した。
──双方の立論が終了。
ざわめきは収まって、逆に教室は不気味なほど静まり返っている。誰も彼も不安げに顔を強張らせている。こんな反応になるのは、応援したい方が敗戦濃厚だと感じているからに違いない。
背理たちは顔を見合わせる。こんな状況は想定していない。準備ができていない。だがあちらは最初からこうするつもりだったのだろう。タイム中以外は相談ができない『縛接闘議』の中でこの差は重大だ。
翼丸誠治。さすがにアキハに次ぐ序列なだけある。
御堂筋論隊は今完全に狼狽している。有利な戦いであるとすら思っていたのに、蓋を開けてみれば困惑しているのはこちらだけだ。
ななかがポカンとしているのは一回戦の時も見たが、今回は春樹も顔をしかめているし、零は眼鏡の下で不安そうな目をアキハに向けている。そのアキハも考え込んでしまっている様子だ。
考えろ。背理も背理なりに必死に頭を回転させる。今状況はどうなっている? これからどう戦えばいい?
敵とは「代表にふさわしい論隊」の認識が分かれている。こちらは「弱い奴はふさわしくない」。あちらは「嫌な奴はふさわしくない」。
強弱の話についてはもうありったけしてしまったし優位に立っているはず。だから攻めるべきはあちらの認識。ここまではわかる。そして攻め方は二つ思いつく。
一つは「あちらはクラスに害をもたらす」を否定する方法。本当はこの方法を取りたいが、まず無理だろう。クラスを全員奴隷にしようとする奴らなんか害に決まっている。
もう一つは「こちらの方が害をもたらす」と示す方法。こちらが代表になったら、支配はしない代わりに新人戦で最悪の成績を残す。最悪の教室を使う義務を持ち帰ってくる。この事実を以って翼丸の支配の方がマシという話に持っていくことができれば、多少は可能性がありそうだ。
だが、肝心な具体案は思いつかない。どうやってこちらの方が害だと証明する?
わからない……。わからない……!
タイムを取った方がいい。──背理はそう思った。
一回しかない権利。冒頭で使ってしまうにはもったいないが、今はとにかく考える時間が必要だ。
ああ、貴重な話し合いの時間を喧嘩と沈黙なんかに費やすべきではなかった。もっと全員が全力で協力し合えばこの展開も……。いや、やっぱり予想できなかった気がする。それほど翼丸の攻撃は突拍子もなかった。
「議論開始。先攻、御堂筋論隊。一回戦」
焦る背理をよそに議具は冷淡な音声で開始を宣告する。ついに『縛接闘議』のメインフェイズに突入する。向かい合った二体の映獣はお互いを睨んで臨戦態勢に入る。即座に背理はタイムを取るため手を伸ばそうとした。しかし、
「……なるほどね」
アキハが口を開く。
待て。タイムを……。
……いや、あるのか? もう思いついているのか? 反論を。
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