第22話 転換が所属している時点で問題
えっちーせんせいの合図を受けて両論隊は円陣を組む。そして
「『縛接闘議』」
声を揃えると各自の議具がバチバチと青白い光を放つ。それらはやがて一本に交わって闘議室のフィールドを指し示す。強烈に照らされたその場所に映獣が足元から頭部へと少しずつ姿を現した。
白いワシのピーコちゃんとライオンのエデン。相対するのは二度目だ。その記憶が彼らにあるのかはわからないが、目で強烈な敵意をぶつけ合っている。
「決勝は三分五回戦ですっ! そして各論隊一回ずつのタイムを認めますっ! どうしても相談の必要がある時は申告してねぇ☆」
ついに始まる。翼丸との決着をつける時が。そして、背理が力を証明する最後のチャンスが──。
議具から機械的な音声が流れる。
「立論開始。制限時間三分」
まずはお互いの主張をまとめて発表し合う。そして相手の主張を予測してどうやって反論していくか打ち合わせをする。この時間はとても貴重なものだ。
だが御堂筋論隊の中に漂う空気はあまりに重たい。
アキハは無言で俯く。ななかと春樹はアキハの蛮行にまだ憤っているし、零はゴミでも見るかのような目を背理に向けている。背理はそんな彼らを観察する余裕もなく、太ももに乗せた自らの拳に視線を落としていた。様々な感情が脳を駆け巡って『縛接闘議』どころじゃない。
「……一時休戦だ。話し合うぞ」
どうにか最初に言葉を発したのは春樹だった。
「オレらはあっちを代表に推すって立場だ。なんかアイディアあるか?」
太い腕をがっちりと組み、眼球だけを動かして他の四人を順番に見る。こんな状況でもどうにか五人をまとめようとする。
アキハも背理も顔を上げる。そうだ、それどころじゃなくてもやらなきゃいけないんだ。
「……新人戦の順位に応じてこれから一年間使う教室のグレードが変わるんだから、当然強い方が出るべきでしょ。あっちは論隊序列84位。こっちは132位。負けてて助かったわ」
最後の一言はため息まじりに呟いた後、アキハは首を翼丸の方に向けた。
「ただ、一度あっちには勝ってるのよね。それを持ち出されたら面倒なことになりそう」
二週間前、背理とアキハは屋上前の物置で翼丸たちを退けている。相手を推すなんて立場を割り当てられたらその実績はマイナスに働くだろう。
「大丈夫です、アキハ様。こちらには転換がいます」
零は眼鏡を細い指で持ち上げながらアキハに進言する。
「これまで新人戦は32回開催されています。その全ての戦績を調査したところ、……ある意味とても興味深い事実が浮かび上がりました」
「ぜ、全部か!?」
驚く春樹をよそに零は淡々と説明を続ける。
「一学年10クラス。つまり過去32年で320の論隊が新人戦に出場したことになります。その内転換が所属していた論隊はわずか14隊。そしてその中の11隊が最下位、二隊が九位という結果でした」
「……マジかよ」
ここまで黙っていた背理の口から自然と溢れる。転換など無能と今まで零は何度も繰り返し批判してきた。その根拠がこれだ。
「アキハ様のおかげで直接対決に勝利はしましたが、たった一度の結果よりこちらのデータの方が重要でしょう。ワタクシたちが新人戦で勝ち上がる可能性は著しく低いのです」
「あ、あれはハイリくんがすごかったから勝てたんだって思いますっ」
「……内容はどうでもいいです。とにかく、転換が所属している時点で問題なのですから」
議題が発表されたのはついさっき。よって零はこの勝負に備えて調べたわけではなさそうだ。転換が所属していることにショックを受け、おそらくはアキハを説得するために、背理を脱退させるために、個人的に集めた情報なのだろう。
「そうね……。背理、悪いけどアンタのせいで勝てそうもないって話で攻めていくことにする」
アキハは無表情を崩さない。残念そうにも悔しそうにもしてくれない。以前だったら背理の力を信じてくれていただろうが、今となってはどんな感情を抱いているのかわからない。
「……ああ。実際さっき役立たずだったんだ。使える方法で好きに使ってくれ」
背理は投げやりに吐き捨てる。情けなくて仕方がないが、どんな形であれこの戦いに勝つ根拠になれるなら受け入れるべきだ。
「ハイリくんを使うならななかも使って。悔しいけど今ビリなのは本当のことだし。ななかがいるから弱いっていうのも使えるって思いますっ」
ななかが小さな手を挙げる。本当はできる子なんだけどねっ、と言わんばかりに眉を寄せながら。
「……いえ、個人の序列まで持ち出すと話が難しくなるのよ。私の序列に言及されてしまう」
「あ、そっか。ダントツだもんね」
「なるほどな。ビリがいるから弱いなんて話にしちまうと、トップがいるから強いっつー話で返されかねねぇな」
「個人競技じゃないから、強さを語るなら個人の序列より論隊序列を物差しにするべきよ。まあ本当は個人も強いに越したことはないんだけど」
ななかの眉がさらに寄っていくがアキハはそれを見もしない。
「では転換の件だけで押し切りましょう。どんな理屈を並べようと数字は変わりませんから、これで十分かと思われます」
こちらには転換がいる。過去のデータでは転換のいる論隊は新人戦でひどい成績を残している。だから自分たちは代表にならない方がいい。シンプルな三段論法に集約された。客観的な根拠がある以上、この理屈を打ち崩すのは難しいだろう。
「あっちの成績の予測は立てられない?」
「可能です。論隊序列と新人戦の成績は強い正の相関があります。そして論隊序列84位というのは過去の出場論隊の平均、122に比べかなり高い。論隊の数は三年生まで含めて200前後ですから、四月に一年生が100を上回るのことはほとんどありません。確実に優勝候補に挙げられるはずです」
アキハのインパクトが強すぎて忘れられがちだが、翼丸も異常な高序列者なのだ。その男が序列重視で隊員を集めたのだから、論隊序列もまた異例の高さになる。
あちらは論隊序列が高い。過去のデータでは高序列論隊は好成績を残している。だからあちらが代表になった方がいい。この理屈も反証し難いはずだ。
「……このデータがあればこっちがかなり有利ね」
相手を代表に推すというこの戦いの性質上、強い方が不利で弱い方が有利という逆転現象が起きる。こちらが弱いという証拠もあちらが強いという証拠も揃っているのだからもう何も言うことはないだろう。
空気が重たいなりにスムーズに主張を固めることができた。論理的思考力と協調性を養うために導入されたこの『縛接闘議』という制度は、確かにその狙い通りの働きをしている。こうして真面目に話し合っていれば、五人はまとまりそうな気がした。しかし──。
「……一つ心配事があります。この玉浜とかいう女、真剣に参加するでしょうか?」
突如零に人差し指を向けられ、ななかは目をぱちくりさせる。
「え? どうしてそんな心配するの? ななかはいつだって真剣だよ」
「転換の男の脱退はもう確定的です。そうなればこの女も脱退するでしょう。この試合の勝敗などどうでもいいと思っているのでは?」
「は、ハイリくんは今度こそ絶対活躍するもん! ななかだって頑張るし!」
頰の許容量目一杯に空気をためてブンむくれる。
「まあ、頑張ったところで所詮は最下位ですから期待はしてませんよ」
「もう! ポンコツ扱いはやめて! 絶対ななかはできる子って証明してみせるから!」
春樹が二人の間に手を伸ばし、
「喧嘩を始めんなっつーの! 時間がもったいねえ!」
一喝すると二人は口をつぐんだが、まだお互いに目は逸らさない。
「零、背理が抜けるかもしれないなんて絶対に言わないで。私たちは背理がいることを根拠に主張を組み立てるの」
アキハが諭すと零は途端にななかから視線を外す。まだ少し不満げだが、神に逆らうことはしない。
「敵の目の前でハイリくんぶっといて隠すも何もないなって思いますっ」
しかし、信者ではないななかは矛先をアキハに向ける。
「……理由までは相手に伝わってないでしょ。とにかく私たちが揉めてることについては何も話さないように」
「……ぶったことにはコメントなし? ずるいなって思いますっ」
「わ、私は……!」
アキハは下唇を噛んで、視線を落とした。
五人に再び沈黙が訪れる。
「もう、やめてくれ」
懇願するように、背理はか細い声を絞り出す。両手で頭を抱える。
──結局、また揉め事だ。
今も、今までもずっと。休戦すらできない。
自分のせいだ。転換なんかになってしまったせいで、自分が無力なせいで、いつも争いの中心に置かれてしまう。そしてどうにも落ち着かないそんな場所で、頭を抱えていることしかできない。
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