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第20話 吐くまで泣かせてやる
「はぁい、では抽選を始めますよぉ!」
えっちーせんせいの甲高い声が教室に鳴り響く。
いよいよやってきたクラス代表決定トーナメント戦。優勝した論隊は月末のクラス対抗新人戦に駒を進める。一年生にとっては初めての公式戦だ。
結局御堂筋論隊はあの五人で臨むことになった。欠けている並列と選択を探す時間は残されていなかった。今日の背理の出来次第で解散になるかもしれないので、これ以上隊員を固める意味合いも薄かった。
「参加するのは六論隊ですねぇ。まだどこにも入ってない子も何人かいるみたいだけど、優勝したところに転がり込むつもりかしらぁ? せんせいそういうの嫌いじゃないっ☆」
えっちーせんせいに嫌われてしまったらもうこの世に居場所はないだろう。
「でもこれトーナメントなのよねぇ。四の倍数だと都合が良かったんだけどぉ……。二つはシードにすることにしますねぇ」
えっちーせんせいは椅子に乗って黒板にトーナメント表を書き始める。一回戦に参加するのは四チーム。二回戦から参加し、一回戦の勝者と当たるチームが二つ。
「こういう時は序列で決めちゃうのがこの学校の残酷なとこなの。えぇっと、論隊序列が高いのはぁ~、翼丸クンのところと御堂筋チャンのところねぇ」
二つの名前がトーナメント表の両端に書かれる。アキハたちに復讐を誓っている翼丸と当たるのは決勝だ。クラス内で高い序列を持つ生徒が集まった彼らは順当に勝ち上がってくるだろう。
他の四論隊の代表者が前に出てくじを引き、次々に表が埋まっていく。背理たちと当たる可能性があるのはどちらも春樹が開いた食事会出身の論隊だった。
「はいっ☆ 決まりましたねぇ! じゃあ移動しましょぉ。会場は一階にある闘議室でぇす」
せんせいの号令を受け、生徒たちは規律正しく移動を開始する。『縛接闘議』専用の部屋があるとは聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。
クラス中が廊下を歩くそのどさくさに紛れて、アキハに話しかける男がいた。
「御堂筋君。ついにこの日が来たね」
翼丸誠治は相変わらず髪をピッチリと整えて抜群の清潔感を漂わせている。常々人を小馬鹿にしているその態度は不快感を抱かせてくれるのでプラスマイナス0だ。
「話しかけないで」
アキハが最低限の言葉でシャットダウンすると、翼丸は両手のひらを天井にむけてわざとらしい「やれやれ」ポーズを取った。
少し離れた位置にいた背理は慌てて駆け寄る。また挑発を受けてアキハにいらぬ発憤をかまされては困る。翼丸の盤外戦術にハマるわけにはいかない。
「おやおや、拝島君じゃないか。本日も御堂筋君のコバンザメお疲れ様だね」
翼丸は爽やかなスマイルと共に刺々しい皮肉を寄越す。だが背理はアキハのように安々と挑発に乗る気はなかった。あっちの二倍の笑顔でお返事してやる。
「やってみると楽しいもんだ。今日はよろしくな」
「ククク、そうだね。キミたちにはきちんと決勝まで勝ち上がってほしいものだよ。直接倒せないとすっきりしないからね」
「心配されなくても必ず行くわよ。首洗って待ってなさい」
アキハは苛立ちを隠さずに言い捨てる。翼丸が復讐に燃えているのと同じかそれ以上に、アキハも背理も彼に対して憎しみに近い感情を抱いている。勝利したとはいえ、あちらは手を抜いて散々こちらを馬鹿にした戦術を取っていたのだ。今度こそ全力の相手を打ち倒してやりたい。
「これ以上洗うと皮がむけてしまうよ。のんびりお茶でも飲んで待つつもりさ」
翼丸は不必要にサラサラな首の肌を撫でる。冗談のつもりだったのだろうが二人は完全な無視を決めた。だが翼丸はこれで会話を打ち切る気などさらさらないらしい。
「まあ、来てもらったところですぐにお帰りを願うことになるだろうがね。ボクたちの論隊序列84位。きみたちは132位。まず勝ち目がない差だよ」
翼丸論隊はクラス二位の翼丸を中心に転換以外の各専権トップクラスを擁する。こちらはアキハと零という実力者がいるものの、ビリや転換がいることもあって序列の上では格下になる。
「御堂筋君。いつかボクは個人の序列でもキミを追い抜いてみせる。その時が来たら序列優位の権限を容赦なく行使してあげよう。楽しみだよ、ククク」
「そ。楽しみね」
今日はアキハも冷静だ。抜けるはずかないと確信しているから挑発にならないのだろう。翼丸は当てが外れたのかさらなる口撃を続ける。
「ところで、この前の議事録は見返したかい? あれはずっと残るし誰にでもアクセスできる。さぞ恥ずかしいことだろうね」
「…………」
アキハは答えない。だが眉間のシワが一本増えたところを見ると確実に効いている。翼丸もそれをまじまじ見つめて確認し、口元を緩ませる。
「翼丸、それくらいにしとけ。決着は『縛接闘議』でつけよう」
これ以上悪化しないようにと背理が割って入る。すると翼丸は珍しく不快感を隠さず、
「キミは口を挟むなよ、拝島君。ボクと御堂筋君の会話だ」
造形だけは整っている顔を歪ませる。だが黙っていられない。
「俺にも関係ある話だろ? これは俺たちとお前たちの戦いだ」
語気を強めて言い返すと、翼丸は苦笑してため息をこぼす。そして、
「序列優位の権限を持って命ずる。拝島背理、『口を挟むな』」
冷たい声で叩きつけるように議具に唱える。すると背理の議具が鈍く光り始める。背理は目を丸くする。──実際には初めて見る。これが序列優位の権限。
「これでキミは黙っているしかない。残念だったね、ククク。命令に背けば何らかのペナルティーを受ける。出場停止もあるかもしれないよ」
相変わらず最悪な野郎だ。制度上存在するが和を重んじて誰も実際に行使しないこれを、一切の躊躇なく振り回してみせる。喋れないのならせめてと背理は翼丸を睨みつけるが、
「その目も不快だね。追加だ、拝島君。『ボクを睨むな』」
再び背理のグレーの議具が光を放つ。
「やめなさい! 不愉快よ!」
苛立ちを表現することすら許されなくなった背理の代わりにアキハが激昂する。しかし彼女の怒りが増すほどに翼丸はご機嫌になっていくのだ。
「キミもボクに命じたらどうだい? あっ、いや、いくらキミの命令でもボクからこの権利を奪うことはできないというルールだがね」
「私はそんなの使う気ないわよ。アンタと違って」
「奴隷が欲しいなどと言っていた人の言葉とは思えないね」
「あれは『縛接闘議』に関しては私が仕切るって意味! 今後誰に対しても絶対使わない!」
アキハを諌めたい背理だったが何もできない。感情のない目で見守ることしか。
「ご立派だね。古ぼけた権利とはいえ、学則で認められているんだから遠慮しなくたっていいんだよ、ククク」
会話を繰り広げる間に三人は闘議室にたどり着いた。映獣が思う存分暴れられるように、教室の倍ほどの広さがある。中央には数メートル間を空けて向かい合うように机が七席ずつ並べられている。あそこに各論隊が着席し議論に臨むのだろう。そして外周には観客席も設置されている。
「……では、後ほど。会えたらね」
翼丸は爽やかに手を振って二人から離れていった。すると背理の議具が発光を止める。
「背理、もう喋って大丈夫よ」
「ああ。……ったく、腹立つ野郎だ」
「本当。許せないわ。絶対けちょんけちょんに倒して吐くまで泣かせてやる」
背理も同じ気持ちだったが、アキハが怒りに任せて予想外の行動に出ないか心配だった。アキハの暴走癖を知っているからこそ、翼丸はこうして念入りに挑発してきたのだろう。
「アキハ、今回はどんな攻撃を受けても冷静でいてくれよ」
「ええ。前回のようにはいかないわ。……議事録に変な情報載せたくないし」
「……それは本当にそうだな」
アキハにも自覚がある。であればきっと大丈夫なはずだ。背理は少しだけ楽観的になる。
だが、結局背理の懸念は現実になってしまう。
──予想と違ったのは、怒りをぶつける相手が翼丸ではなかったこと。
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