第19話 それだけは

 全員がななかを見て固まってしまった。この場では重要ではないと断じられた恋愛の話にアキハを引きずりこもうとする。狙ったわけではなく自然に。

「……またそれ?」

 アキハは無表情。その話には乗らないぞと、否定も肯定もしてやらない姿勢だ。

「ななかが怖いんでしょ! 背理くんのそばに置いておいたらななかに取られちゃうかもって不安なんでしょ!」

 反応したのはアキハではなく零だった。

「そ、そうなんですかアキハ様!? み、認めません! ワタクシは認めませんよ!」

 また暴れだしそうな気配を見せたことで、アキハは咄嗟に身構える。

「な、何も言ってないでしょ!」

「違うんですか!? だとすればこっちの男ですか!?」

 零は鉄板くらいなら突き破りそうな勢いで春樹を指差す。

「え? ここで俺か?」

 春樹は当然狼狽える。

「ち、違うわよ! 男女のそういう話は今関係ないの!」

「ワタクシ男は全員反対です! アキハ様に近寄らせたくありません!」

 零は立ち上がって空に向かって吠える。

「そ、そこのビリは女だからまだいいでしょう! しかしそこの転換は無能な上に男! み、身の毛がよだちます!」

「……そういうことだったのか」

 背理は妙に納得してしまった。自分がここまで嫌われるのは実力云々以上に彼女の神であるアキハに男が近づいたから。ななかに関しては絶叫するほどは拒絶しなかったのもそういう理由だ。

 この流れを許せないのはななかだ。

「三ヶ神さんも恋愛脳じゃない! 一番抜けるべきなのはこの人だなって思いますっ」

 これにはアキハも頷かざるを得ない。一転して零はななかと同じ理由で排除されるべき人間になってしまった。

「き、きえええええぇえぇぇぇぇぇぇ!」

 零の咆哮が始まる。これはマズイことになる。さらなる反論を展開しようとしたななかの口を背理は咄嗟に抑えた。

「待て、ななか!」

 ななかは抵抗し、どうにか発言できるくらいに口周りにスペースを作る。

「は、ハイリくん!? こんな白昼堂々!? 他の人も見てるのに!? そ、そういうのが興奮するタイプがいるってななか聞いたことある! ななかは比較的ノーマルなのにっ!」

 ななかは顔を赤らめる。今そんなことで恥ずかしがられても困るのだが。

「違う! どこで聞いたその情報! 一旦三ヶ神への攻撃を止めてくれ! こいつ、アキハと離れたら死を選ぶんだ!」

「な、何言ってるのハイリくん!?」

「この前の大暴れ見たろ!? あの後そういうことになったんだ! だからあまり刺激しないでくれ!」

 背理の真剣な面持ちと、零の目の前で子を亡くした狼のような悲しき呻き声のおかげかななかは口をつぐんだ。そして、

「零! 落ち着いて! これ以上叫んだらもう、その、アレ二度としないから!」

 アキハが身を削って零を止めにかかる。零はほんの一瞬も間を空けずにアキハに尋ねる。

「止めればしてもらえるという解釈でよろしいですか!?」

 四日ぶりのシャワーを浴びたような爽快な表情。零の顔一つで動物園にも負けない多種多様な生物の生態を見せられそうだ。

「そ、そうはいってない! でも、この後も冷静に話し合いに参加できるなら検討の余地はあるわ!」

 教祖様は段々零の操縦を身につけてきたようだ。

「し、失礼いたしました」

 零は一瞬で普段の落ち着いた顔つきに戻ってしおらしく座った。爆発は未然に阻止された。

 せっかく話し合いの機会を設けたのにあっという間に壊れてしまった。するとここまでの流れになかなか口を挟めなかった春樹が、再び話をまとめようとする。

「背理、やっぱり俺はこの五人でやっていくのは無理だと思う」

 ──しかしそれは背理の求めていた形ではなかった。

「は、春樹までそんなこと言うのかよ」

 味方だと思っていた春樹が急に立場を変えたので背理は戸惑う。

「俺はこの話をまとめる手伝いをしてくれと言われてここにきたが、それぞれの意見を聞くに一番まとまる方法はお前が戦績を諦めて玉浜サンと三ヶ神サンが抜けることだと思う」

 春樹はここまでの話を冷静に分析していた。客観的に見ればこの判断が正しいということだろう。しかし、それでは納得しない人間が数人いる。まずはななか。

「な、ななかは背理くんと離れたくないもん!」

「御堂筋サンが言ったように恋愛なら隊が別でもできる」

「うっ……」

「俺が開いてる食事会のメンバーには玉浜さんと組みたがってた奴がいる。今抜けても受け入れ先は心配ねえはずだ」

 続いて零。

「ワ、ワタクシもアキハ様と離れる気はありません!」

「それ玉浜サンの話と同じだ。隊が別でも会って話すくれえは毎日できんだぜ? 噛み合ってねえのに無理に組んでもお互いのためにならねえよ」

「しかし……!」

「二人とも私情が混ざり過ぎているように思う。これからの三年間がかかってんだ。ちゃんと戦っていけるかってとこを第一に考えた方が良い」

 二人が順番に一刀両断される。そして最後は──

「背理、悪いな」

「……こうじゃないんだ。俺がお前に望んでたことは」

「ああ、わかってる。だが、ネックになってるのは序列と専権と恋愛感情っつー、全部この場で変えられねえもんなんだ。そんでもって、変わらない限り相手を認められないって結論が出ちまった。もうこれ以上話し合う意味は薄い」

「変わらなくても相手を認めてくれって話なんだ。皆ちょっとずつ我慢して、このメンバーでやっていくことを受け入れてほしいんだ」

「……それができそうもねえのはもうわかったろ。俺だってお前が望むようにしてやりたかったが、無理なら他の手段を取るしかねえ。すまん」

 春樹の言葉は全て正しく聞こえた。依頼されたまとめ役という立場に、これでもかというほど真剣に取り組んで出した結論だ。

 しかし背理はまだ、諦めたくなかった。

「……俺は今までの人生、色んなことから逃げてきた」

 背理は俯いて、小さな声を絞り出す。

「そんな性格のせいで辿り着いたのが転換ってポジションだ。誰も俺と組んでくれないって絶望してた。でもアキハが無理矢理俺を巻き込んだ。アキハからは逃げられなかった」

 少しずつその声は大きくなる。

「おかげで転換にしか、俺にしかできない戦い方があるってわかった! 俺はこれから変われるって思った! そう思えるようになった出来事を、俺は捨てたくないんだ! 今誰かが抜けたらあの戦いはなかったことになる! それだけは、それだけはどうしても避けたい!」

 思いの丈を力一杯叫んだ。逃げずに、狂おしいほど切実に。アキハも春樹も、ななかも、零でさえもその言葉を真剣に聞き入った。だが、

「背理……。お前はもう変わったよ。だから、なかったことにはならねえ。一勝っていう数字は消えても、変わったお前はなくならない。だから大丈夫だ」

 春樹は体の芯に響く落ち着いた声で背理を諭した。そして、変わった自分を認めてくれた。

 自分が変わったと言い張らなくても、数字を証拠に誇示しなくても、誰かが認めてくれているならそれでいいのかもしれない。そう思ってしまったから背理は、

「……わかった」

 ──自然に受け入れることができてしまった。

「決まりだな。悪いが玉浜サンと三ヶ神サンには抜けてもらう。合意してくれ」

 結論が出た。実力不足で恋愛を持ち込むななかと背理を認めない零が脱退する。これは当初アキハが望んでいた回答だ。

「……結局御堂筋さんだけは思い通りになったね。ズルいなって思います……」

 ななかが震える声でつぶやく。大きな目には少し涙を浮かべている。反論は諦め、観念した様子だ。零もぎゅっと口を結んで黙りこくっている。

「待って」

 ──アキハが口を開いた。

「私だけ自分の意見が通るっていうのも確かに不公平ね」

 手を腰に当てて大きくため息をこぼす。

「いや、議論して御堂筋サンの案が妥当だって結論になったんだからそれでいいんだ。十分公平だぜ」

「もっと公平な方法を思いついたの。背理に戦績のリセットを受け入れる覚悟があるならできることがある」

 アキハは立ち上がった。背理はアキハを見上げて問う。

「どういうことだ?」

 するとアキハは背理を見返して、

「この論隊の中心は良くも悪くも転換のアンタよ、背理」

 アキハは背理の力を見出した。ななかは転換なのに力を振るった背理に惚れた。零は背理が転換だから毛嫌いしている。春樹は転換という絶望的な立場に立ち向かう背理に心を震わせた。

「今は皆少しずつ我慢して。この五人で大会に臨むの。背理の進退をかけて」

「……俺の?」

「アンタが活躍できなかったら抜けてもらうわ」

「は!?」

 唐突に、一番の背理支持派から一石が投じられた。

「アンタができるってわかったら零は納得せざるを得ない。そうなったら私も零を受け入れられる。ダメだったら脱退だけど、それなら玉浜ななかはアンタと一緒に抜けられる。能登君も、背理と一緒がいいなら抜けていい」

 ななかも零も、曇らせていた顔色に光が差す。

「私は背理を手放したくないけど、できるなら他の人にも納得してもらった上で一緒にいたい。だから、実力を証明するチャンスを設ける。アンタなら大丈夫だって信じてるしね」

「いや、ちょっと待てよ!」

 背理の反論を遮るように、アキハは提案を続ける。

「その代わり! アンタが結果を出したら隊員構成はアンタに一任する! 一人だけリスクを負う分、ノルマを達成したらちゃんと見返りがある。どう?」

 活躍すればこのいざこざは終わり、背理の望む形になる。恐れていた戦績のリセットもなしだ。

 だが何か違和感がある。この条件……何かがおかしい気がする。言葉にできない。──どこが引っかかっている?

「背理! どうするの!?」

 考え込む背理にアキハは返答を迫る。自信に満ちた笑顔。背理ならやれると確信している。

 それならば応えたい。考えるのは後回しだ。

「わかった!」

 うまくやれる自信はそれほどなかったが、精一杯自分を鼓舞して笑顔で答えてみせる。アキハが信じてくれている自分を信じることにしたのだ。

 反対する者は誰もいなかった。この五人で大会に挑む。この五人なのは最初で最後かもしれない。だが、これで最後にするつもりは背理には全くない。

「ガラッと変えてね、背理。この状況を!」

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