第18話 いつか振り向いてもらえるって思いますっ

 代表戦二日前の放課後、ついに五人が一堂に会す。

 決戦の地に選んだのは河川敷だった。別に殴り合いで決めようということではない。爆発物がなさそうで絶叫してもある程度許される場所はここしか見つからなかったのだ。川に身を投げることはできるかもしれないという懸念はあったが、男手が増えた今なら力づくで阻止できる。

「初めて顔を合わせる人もいるから、まずは改めて自己紹介。そしてそれぞれの立場を表明しましょう。まずは背理から」

 司会進行を務めるのはリーダーの御堂筋アキハだ。零が目を輝かせてその凛々しい姿を見つめているが、アキハは恐怖からか視線を返すことはしない。

 輪になって座っている五人。指名を受けた背理はおもむろに立ち上がって、堂々と自分の意見を述べる。

「転換の拝島背理だ。専権序列14位。統合序列720位。俺は誰の脱退も認めない。俺自身も、他の四人も全員だ。俺とアキハの二人しかいなかった時の勝利を無駄にしたくない。たかが一勝と思うかもしれないが、俺にとっては転換でも戦っていけると思えるようになった大事な一勝なんだ。どうか皆には仲良くやってほしい」

 再び地面に腰を下ろす。言いたいことは言い切った。続いて隣にいるななかが立ち上がる。

「順接の玉浜ななかですっ。専権序列212位で統合序列は1198位。ななかは背理くんが好きです。だから背理くんがいるなら本当はなんだっていいんだけど、序列ビリだからってポンコツ呼ばわりされて目の敵にされるとこにはいたくないから、できれば二人で抜けたいなって思いますっ」

 自分の恋心を臆することなく公言する。彼女はその想いだけでこの論隊に入った。そしてその想いだけで今後の身の振り方も決めるつもりだ。

 ななかの言葉を聞いてミミズの素麺をつゆにもつけずズルリとすすった直後のような顔になった零が立ち上がる。

「ほ、補足の三ヶ神零です。専権序列54位、統合序列331位。自分で言うのも何ですがワタクシは大変敬虔なアキハ教信者であります。アキハ様の周囲は優秀な人材で固めるべきです。故に転換など論外ですし、き、聞き捨てならないですがそこの女は序列ビリですって? ま、まとめてあの世に行っていただきたいところです」

 予想通りななかに拒否反応を示した。あの日のように絶叫しないのは助かったが時間の問題かもしれない。そしてせっかくアキハ様からのキスのご褒美をお膳立てしてやったにも関わらず、背理の評価は低いままだ。

 続いて新加入の春樹。彼にはすでに意見が割れているこの会議を上手く取りまとめることが期待されている。

「累加の能登春樹だ。専権序列86位。統合序列681位。立場は背理と一緒だ。もう時間がねえんだ。欠員が出ても今からは補充できねえ。このままやっていくべきだと思う」

 背理にとっては大変ありがたい味方だ。序列も申し分なく、協調性の塊のような男。

 最後はアキハだ。折りたたんでいた長い足を伸ばしてスラリと立ち上がる。

「逆接の御堂筋アキハよ。専権序列10位。統合序列32位。私は転換の、そして背理の力を知ってるわ。背理を連れて抜けるなんて認めない。実力のある零は歓迎したいけど、背理に反対なら抜けてもらうしかない」

 以上がこの五人が置かれた状況だ。あちらを立てればこちらが立たず。誰かが妥協しなければ解決しない。

「能登君の言うようにもう時間がないわ。本当なら欠けている並列と選択を補充したいところだけど、まずは内部の意思をまとめることが先決。何か意見や質問のある人は?」

 アキハの問いかけに春樹が反応する。

「誰かに抜けてほしいと言ってる女子三人に聞きてえんだが、その相手がどうしたら認めることができる?」

 早速まとめ役が動きだす。まずは各自の妥協点を探ることからだ。すると零が率先して口を開く。

「無能ではないとわかれば」

 右目で背理を、左目でななかを睨む。高度に発達した表情筋を持つ彼女ならではの技だ。

「背理は御堂筋さんを助けて勝利に導いた実績がある。専権のイメージだけで語るのは良くねえよ」

 春樹が反論する。絶望的に専権の欠けた二人だけでの戦いでアキハのミスをカバーしながら勝利に導いたのは背理なのだ。無能ではないという証明はすでに済んでいるように思える。

「あれはたまたまです。議事録を拝見しましたが、相手がアキハ様に無礼な挑発をしなければアキハ様一人のお力で勝っていました。状況が不利になった時に偶然逃げ道を見つけただけのこと。有利な状況だったら転換はお荷物になります」

 話題を変えるまでもない、相手を上回っている良い流れの時に転換の仕事はあまりない。そして実力者のアキハと零がいる以上、窮地に立たされる機会は他の論隊ほど多くないだろう。零はエキセントリックだがやはり賢く、的確に未来を予測している。しかし、背理にも言い分はある。

「アキハはあんな風にたまに暴走する。これは起きてしまった現実であって、あんなことがなければなんて仮定は無意味だ。俺ならそれをフォローできるということも同じく起きてしまった現実。そんなに俺を毛嫌いせずに客観的な判断をしてくれ」

 やはりもうすでに実績があるという事実は無視できるものではないはずだ。零の個人的な好き嫌いでそこを曲げることはできない。

「し、しかしそのビリ女は試すまでもなく無能でしょう! ビリですよ!? み、認められるわけがありません!」

 零は話をななかに移す。確かにこれは言い訳のしようがない。数字で証明された現実だ。

「御堂筋さんだけじゃなくて三ヶ神さんまでそんなこと言うの? 確かにななかビリだけど、これから成長するつもりだから暖かく見守って欲しいなって思いますっ」

 ななかはビリなりに反論する。しかし、

「実力で全部が決まる学校でそれはわがままよ。できるだけ強い人と組みたいし、弱い人に足を引っ張られたくないと思うのは自然なことでしょ? 『実力不足だけど好きな人がいるから入れてほしい』なんて要求はまかり通らないわよ」

「うぅ~……」

 アキハに論破されてしまう。ななかは著しく個人的な事情でここにいるのだ。そのせいで迷惑を被るというのなら、他の隊員が歓迎しないのも無理はない。

「じゃあ序列が上がったらいてもいいの? ななかどうしても背理くんと一緒にいたい」

 ななかは実力不足を解消すればという譲歩の姿勢を見せる。とはいえ論隊結成の期日は今月末であり、それまでに序列を上げるというのは非現実的だ。

「実力だけじゃなくてその恋愛脳も問題だと思うわ。三年間一緒に行動するのに途中でフラれでもしてギクシャクされたら迷惑なの」

 アキハはななかが示した譲歩すら切り捨てる。しかし、

「もうフラれてます! でも大丈夫! いつか振り向いてもらえるって思いますっ」

 実はすでに結構気まずい状態なのだ。とはいえななかの持ち前のポジティブさによってかなり軽減されている。

「ベタベタされてもそれはそれで迷惑なのよ。恋愛なら隊が別でもできるでしょ?」

 アキハは正論を振りかざす。上手くいこうがダメだろうが迷惑であることに変わりはないらしい。

「それじゃ一緒にいられる時間が少ないもん」

 ななかの声が小さくなる。それでもアキハは容赦しない。

「分けて考えなさいよ。優先すべきは恋愛じゃなくて『縛接闘議』でしょ。アンタ以外はそうだし、アンタも本当はそうするべきなの」

 まともにやりあってしまってはななかに勝ち目はない。恋愛感情優先という元々の立場からしてななかは不利なのだ。そこから覆す力はない。背理もかばってやりたいところだったが何も思いつかなかった。

 ──だがななかはこういう時に爆弾を落とす力なら持っている。

「……御堂筋さんこそ背理くんが好きだから手放したくないだけのくせに! ライバルを追い出したいだけなんでしょ!?」

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