第17話 俺一人だったらとっくに逃げてる
「……春樹、俺たちもちょうどお前に入ってほしいと思ってた」
「本当か!? ちょうどよかったぜ!」
「でも、その前に謝りたいことがあるんだ」
正直に。逃げずに。伝える。
「すまん、春樹。正直言って俺は今までお前を避けてた。でもそれはお前が嫌いだからじゃない。お前に迷惑をかけたくなかったからだ。食事会に誘ってくれた時も、俺と仲が良いと周りに思われたらお前は損をするんじゃないかと思ったんだ。春樹と組むと転換もついてくるぞって」
すると春樹は腕を組んで眉間にシワを寄せる。
「避けられてるっつーのは感じてた。だがどうして謝るんだ。俺のことを気遣ってくれてたってことだろ?」
「……それだけじゃないんだ」
もちろん春樹を気遣ってというのが第一だ。しかしその奥には後ろ暗い理由もあった。
「俺は何も知らずに玉蜂学園に来た。それはただ家から遠くて、俺を知ってる人間が誰もいないからだ。誰も俺を知らない環境で、新たに誰かに嫌われるでも好かれるでもなく、ただただひっそり生きるのが楽だと思って逃げてきたんだ。お前みたいに誰とでも仲良くなれる奴には意味がわからないかもしれないけど、俺はそういう人間なんだよ」
少しずつ、自分でも自分の気持ちを確認するように、背理は考えていることを話した。春樹は真剣に、口を挟まずにじっくりと聞いてくれる。
「せっかくお前が俺を気遣ってくれたのに、俺はお前の隣にいたら目立ちそうとか、余計な付き合いが増えそうだとか、自分の都合ばっか考えてお前の手を振り払ってきた。本当に悪かったと思ってる」
「……そうか」
春樹は相槌だけ打って黙ってしまった。怒っているのかもしれない。しかしまだ、彼を怒らせてしまうであろう引け目が残っている。
「俺たちが春樹を誘ってるのは、今俺たちが揉めてるからだ。春樹なら話をまとめられるかもしれない。でも今までお前を避けてきた俺が、困ったらやっぱりお前を頼るなんて卑怯だと思うんだ。だから、そちらから申し出てくれたのはありがたいけど、もう一度考えてみてほしい」
春樹は口を開かない。このまま辞退されても仕方がない。しかしアキハはどこか満足げな眼差しを背理に送っていた。──まるでもうすでに目的を達したように。
「……お前がそこまで正直に言ってくれんなら、俺も正直に言うぞ」
春樹の回答が始まる。それは回答というより、告白と呼んだ方が正しい内容だった。
「最初に言っておくが、俺はお前なんかよりよっぽど卑怯だ。それにお前が思うような良い奴じゃねぇ」
春樹もまた自分で自分の気持ちを確認するように、少しずつ、でも力強く言葉を紡ぐ。
「お前を食事会に誘ったのはもちろんお前の力になれたらって気持ちがメインだったが、クラスで避けられてるお前に手を差し伸べることでまわりに良い奴アピールできるかもっていう邪な気持ちもちょっとあったんだ。手助けはしても一緒に組もうとは言わなかったあたり、本当にズルいと思う」
今度は背理が彼の言葉をじっくり聞いた。春樹は申し訳なさそうな顔をしているが、背理にとっては何も悪い情報はなかった。自分なんかに利用価値があるなら使ってもらうべきだったと思ったし、自分を誘わなかったこともしょうがないことだ。自らの学生生活を犠牲にしてまで背理を救う義理など彼にはないのだ。
「だが今は……、いや、ちょっと前からは、俺はお前と組みたいと思ってた。それでも最初は誘わなかった手前、御堂筋さんと組んでから乗っかろうとするのも気が引けてな。迷ってるうちに誰とも組めないまま時間が経っちまったんだ」
クラスの中心にいて皆から頼られている彼が未だにどこにも所属していないのだ。。たくさん誘いはあったはず。──それを全部断って、彼はここにいる。
「最初に言ってたよな、背理。お前この学校のこと何も知らずに入学したって。俺すげぇ驚いてさ。しかも転換っていう絶望的な立場になっちまったからこれからどうする気なんだって思ってた。でもいつの間にか御堂筋サンっつー強い味方を得るくらい頑張ってた」
「……まあ、成り行きなんだけどな」
「それでもちゃんと向き合ってるじゃねえか。この学校の制度にも、自分の立場にも。しかも問題が起きたら解決しようとしてる。俺に自分の気持ちさらけだしてまでな。俺に言わせりゃお前は全然逃げてねえよ。俺はお前を尊敬してる」
それは背理が人生で初めて言われた言葉だった。逃げないから尊敬しているなんて、自分に向けられている言葉とはとても思えなかった。
でも、素直に嬉しかった。背理は変わろうとしている。それが早くも評価されたのだ。──ただ、この変化は自分だけで生み出したものではなく、
「俺一人だったらとっくに逃げてる。でも、アキハが逃げるなって言ってくれた。俺を信じてくれた。だから俺はちょっとずつでも変わろうとしてる。それだけだよ」
得点板の裏から背理を見つけ出し、逃げようとする背理を無理矢理あの場に縛りつけて戦わせた。そして、逃げずに戦えば今まで見られなかった景色が見られると教えてくれた。
「私こそ、背理に助けられたの。今まで散々逃げてきた背理だから思いつくことがある。私はいつだって何だって攻め一辺倒だから、背理が背中を守ってくれたら心強い」
アキハにとってもあの日の戦いは印象深いものだった。二人の力を合わせればその力は10にも20にもなり、たった二人であろうと翼丸たち程度なら足蹴にできる。
「いいコンビなんだな」
春樹は背理とアキハを順番に見て、目尻にシワが寄るくらい豪快に笑った。そして、
「改めて頼む。俺を入れてくれ」
大げさに頭を下げる。頭を下げたいのはこっちの方だった。だから意識的に春樹より深く、もっと大げさにお辞儀をして、
「歓迎する。ありがとう春樹」
彼の申し出を承諾した。これで五人目のメンバーが決まった。
春樹はバッと頭を上げる。
「これで俺たち友達になれたか?」
背理もそれに倣って答える。
「……ああ」
「よし、こういう時は握手だ」
「そういうもんか?」
「そうなんだよ! 話から察するに、さてはお前友達いなかったな?」
「うるせえよ」
二人は笑って握手を交わす。出会ってからそれほど日は経っていないが、背理は春樹を親友のように感じていた。生まれて初めての親友だ。
「なんか男子の会話って感じね。河原で殴りあった後みたいな」
「俺が殴ったら死んじまうぞ背理なんか」
「だろうな」
「もっと肉食え背理。それで困ることなど何もねえ」
春樹はテーブルに置いてあった大量のハンバーガーを食べ始める。背理は提案に乗ってそのうちの一つを頂戴することにした。もちろんお金は払うつもりだ。
「正直に言って良かったでしょ?」
アキハが得意げに背理の顔を覗き込む。
「……そうだな」
背理は少し照れてしまって、それを隠すようにハンバーガーに勢い良くがっついた。
「それで、揉めてるってどういうことだ? なんかやたら俺を買ってくれてるみてえだが、解決するなんて約束はできねえぞ」
必死でがっつく背理の三倍のスピードでハンバーガーを飲み込む春樹に、二人は状況説明を始めた。
「それなんだけどな……」
アキハとななかの争い。零の大暴れ。事細かに全ての事情を話した後、春樹はたった一言。
「こりゃ無理じゃねえか?」
そして大げさにお手上げのポーズを作った。
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