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第16話 一つずつでいいから
「……どうする?」
背理がアキハにこの質問をしたのはもはや何回目なのだろうか。三ヶ神零の加入から一週間。状況は何も変わっていなかった。
「……どうしようもない」
アキハのこの答えも何度目かわからない。現在四名の隊員がいる御堂筋論隊だったが、たった四名とは思えないほど入り組んだ人間関係が構築されてしまっていた。さらに言うならまだ顔を合わせることすらしていないのだ。
どうにか解決策を見出すべくアキハと背理は放課後に駅前のファストフード店に赴いて会議をしていた。教室で二人が会話すると途端に零が邪魔しにくるからだ。あのキスの余韻に浸っている期間は存外短かった。
「やっぱ今のメンバーでやってくしかないと思うぞ。新人戦のクラス代表決めるのはもう三日後だ。誰が抜けるとか悩んでる場合じゃなくて、むしろ欠けてる専権を揃えねえと」
ハンバーガーが入っていた包み紙を乱雑に丸めながら背理は提案する。彼らにはもう時間がないのだ。他のクラスメイトは順調に隊員を揃え、クラス内トーナメント戦に備えて結束を深めている。まだどこにも所属していない生徒は日に日に減っていく。
「そうなのよね……。でも玉浜ななかはいない方がマシなくらいなんじゃないの」
アキハはストローでオレンジジュースを吸う。おそらくもう氷が溶けてほぼ水になっているはずだ。
「んなこと言うなよ。アキハとななかが揉めなきゃあとは三ヶ神を説得するだけなんだぞ?」
「できるの? 説得」
「……」
唯一神・御堂筋アキハの意志に背いてまで背理を除外しようとしているのだ。当の背理が何を言ったところで無駄だろう。
「今のメンバーでいくならまずは零と玉浜ななかを会わせなくちゃね。防音のしっかりした部屋か周囲数キロに誰もいない荒野に行かないと。……私も立ち会わなくちゃダメよね?」
「俺に全部押し付ける気かよ」
「だって怖いでしょ零……。アンタは信仰の対象じゃないからまだマシよ」
「迫害の対象の方がキツいぞ」
二人とも一般的な高校生であるため、自分の目的のためなら爆破も厭わないタイプの人間とは関わった経験はまだなかった。これからもないことを願いたいが……。
「……なんにせよ一度四人で話し合おう。このままやっていくにしても誰か抜けるにしても、冷静に向き合って論理的に結論を出すべきだ」
「……そうね。逃げちゃダメよね」
小さく呟いてからまたストローを吸う。ズズっという音が鳴ってしまい少し恥ずかしそうな顔をしたのを背理は見逃さなかった。しかし茶化す間も無くアキハは次の言葉を口にした。
「ねえ、四人の話がついてから新しい人を探すんじゃなくて、話をまとめられそうな人を先に入れておくのはどう?」
「……なるほどな」
その発想はなかった。もう今いる隊員は利害が複雑に絡まってしまっている。客観的に見られる立場のまとめ役がいれば話は多少スムーズになるかもしれない。そして、まとめ役といえば真っ先に思い浮かぶ人物がいる。
「あの人は? アンタの前の席の、能登君だったっけ?」
アキハも同じ人物に辿り着いていた。能登春樹。昼休みの食事会を主催するクラスの中心人物だ。
「この前零が暴れた時、教室に戻ったらどんな目で見られるだろうって思ったけどクラスの人たち零に優しかったでしょ? どうしてかわかる?」
「ああ、聞いた」
「能登君があの後クラスに嘘の説明をしてくれてたのよね。『零のペットの猫が亡くなって取り乱した』って」
春樹の機転によって零は畏怖の対象にはならずむしろ同情の対象になっていたのだ。あの日は何度もクラスメイトが零に優しく声をかけるところを目撃した。──当の零はキスの件で頭がいっぱいで無反応だったが。
「良い人よね。零が素であんなエキセントリックだって知られたらもう誰も入ってくれなくなるところだった」
「まあ、実際に素であんなエキセントリックなんだけどな……。隠しておけたのはでかい」
「誘ってみてよ。アンタ仲良いんでしょ?」
……この展開になるのが怖かった。なぜなら、
「いや、どっちかっていうと俺は避けてた」
「どうしてよ。嫌いなの?」
「いや、逆だ。良い奴だと思ってる。あいつはよくしてくれたのに俺の勝手な都合で逃げたんだ。だから今更誘い辛い」
仔細は語らない。一から説明するのも大変だったし、説明してもアキハに理解してもらえるとは思えなかったからだ。
「……事情はわからないけど、悪いと思ってるなら正直に謝りなさい」
しかしアキハは、理解しないままでも踏み込んできた。冷静に見えて実はいつも猪突猛進。そういう女だ。
「お母さんかよ」
「逃げるのを辞めなさいって言ってんの。一つずつでいいから、ちゃんと向き合うの」
「……」
「誘う誘わないは置いとくから、それだけはやってきなさい」
アキハに出会って以来、逃げっぱなしの人生を変えようと背理は少しずつ努力してきた。確かにこの問題を放置してしまったらダメな気はしているのだ。
「今呼び出して話しなさい」
「今か!?」
対するアキハはいつだって逃げない。雑な挑発からすら逃げない。そこが背理にとっては新鮮で、少し憧れている部分でもある。しかし、それにしたって急すぎる。
「うん。早い方がいいでしょ」
「いや、心の準備が……」
「準備したらアンタは逃げるっていう結論に逃げるでしょ」
「うっ」
目に浮かぶようだ。あれこれ言い訳をこしらえて、先延ばしにして、時間が経てばもっと解決しづらくなる。今まで何度も体験してきたことだ。今逃げるのは良くないってことはわかっている。でも何て言えばいい?
「お、背理と御堂筋さんじゃねーか! 何してんだ?」
──突如、背後から聞きなれた声がする。
振り返ると春樹が立っていた。手元には大量のハンバーガーを持って。
「……マジかよ」
「すっごい偶然ね。チャンスじゃない」
アキハは思わず笑みを浮かべて、背理にしか聞こえない音量で言った。そして、
「ちょうどよかった! ここ座って!」
今度は大きな声で春樹に呼びかけ、隣のテーブルからせっせと椅子を一つ拝借した。
「おっ。いいのか? じゃあ失礼!」
春樹は大きな体をドサッと小さな椅子に遠慮なく乗せる。あたふたする背理をよそに二人は自然に会話を始める。
「御堂筋サン、俺のことわかるか? 能登春樹っつーんだ。背理の前の席の」
「もちろん。お礼が言いたかったの。零が暴れた後のフォローありがとう」
クラスでは誰に話しかけられても基本的に冷淡な反応しかしないアキハが珍しくフレンドリーだ。よっぽど春樹の評価は高いらしい。
「フォローしたつもりはねえさ。皆を安心させるために必要な嘘をついただけだぜ。あれ実際はどういうことだったんだ?」
「ちょっとね……」
途端に饒舌さが消え、アキハは返事を濁す。いきなり説明するには重たすぎるか。
「いやぁーそれにしてもすげえ偶然だな背理。それに御堂筋サン。実はオタクらに話があんだ。タイミングを伺ってたんだがこの機に乗じる他ねえぜ」
春樹は大げさに深呼吸をした後、両手を大きく広げた。
「俺をオタクらの論隊に入れてくれ!」
快活な口調で高らかに言い切った。
願ってもないことだ。ちょうど二人で話していたこと。しかし、背理は後ろめたさを抱えている。
「……こっちからも話があるの。ね? 背理」
アキハはここだ! いけ! と言わんばかりの顔を背理に見せる。
──もう観念するしかない。
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