第14話 やはりこの能無しは追いだしましょう!
「……そうでしたか」
背理と接続した経緯を説明すると、零はフグ毒をジョッキでいったかのような苦々しい顔で声を絞り出した。
「アキハ様がお決めになったことなら従いたいですが……。いえ、やはりアキハ様のあるべき姿ではありません! こんな低俗な生物と運命を共にするなど……!」
彼女は同学年、同じクラスの女子に当たり前のように「様」をつけて呼ぶ。
「アキハ様はワタクシにとっての神なのです。驚異的な序列を叩き出したにも関わらず納得しないその姿勢……。自分を曲げない強靭な意思……。冷淡な立ち振る舞い……。そしてその造形の美しさ……! アキハ様が持つあらゆる要素がワタクシを心地よく刺激するのです! そのアキハ様が……あの転換なんぞと……!」
三ヶ神零。──彼女は御堂筋アキハの熱狂的な信者である。
専権は補足。専権序列54位、統合序列331位。D組内ではアキハ、翼丸に次ぐ三位。背理が知る限りクラスメイトの平均統合序列は1000前後。彼女もかなり逸脱した実力者である。
補足に限るなら文句なしにクラス一位だ。それゆえ翼丸の勧誘を受けるも固辞。彼女は彼にも彼が率いる論隊にも興味を全く示さなかった。そしてその後、他の誰に誘われようが同じように参入を拒否してきた。彼女にはアキハに仕えるという目標があったのだ。彼女にとってのアキハは存在するだけで悦びを与えてくれる神なのだ。
「つーか、それだけアキハを信奉してて俺と組んだって知らなかったのか? 結構騒ぎになってたと思うんだが」
自分が「低俗な生物」とか「転換なんぞ」とか不本意な言われ方をしていることは一旦置き、背理は事情を聴取する。彼女とまともな会話ができるなんて奇跡なのだ。今のうちに聞けることは聞いておかねばならない。
「ワタクシ、アキハ様の声しか聞いていなかったので、そういう噂とかは全く」
背理に対する声はアキハに対するそれよりトーンが二段階低い。顔には嫌悪感も丸出しだ。
「それに、アキハ様の『奴隷が欲しい』という声が聞こえて以降はその音が脳内に充満しておりましたので、他の情報は全部締め出されていたようです」
「……そうでしたか」
思わず敬語になってしまうのはあちらが敬語を使っていることに加え、心理的距離をおきたいからでもある。アキハに至っては物理的な距離まで長めにとって口も挟まないようにしている。神のくせにビビるな。
「ぜひ私を奴隷にと思ったのですが、お声かけするなど恐れ多くてさきほどやっと……。アキハ様は快諾してくださいました」
さっき話しかけられていきなり加入させたというわけだ。今回に関してはアキハの責任問題だ。咎める視線を送ってみる。
「ゆ、優秀な子だと思ったの。『奴隷にしてください』って言ってくれたし……」
手で顔を覆っているところを見ると彼女も後悔しているようだ。あれほどの戦いを経験すれば誰だってそうなる。
「人に堂々と『奴隷にしてください』なんて言える人間がまともなわけがないだろ」
「……でも序列は高いし、一応テストもしたわ」
「テストって?」
「試しにフランスの改憲運動に関する意見交換をしてみたの。彼女、知識は豊富よ。私についてこれる人初めて会ったわ」
なぜお前もそんな知識を、とは言わなかった。動物園に関して様々な情報を握っていたことを思い出したからだ。突然出された議題に対してもデータを持ち出せるならそれは確かに頼りになる。アキハに匹敵するほどの知識量があるならかなりの武器になるだろう。
──しかし、人格に著しく問題がありませんか。
「アキハ様、やはりこの能無しは追いだしましょう!」
零は白球を追いかける球児のように目を輝かせて提案する。彼女から見たアキハは後光が差し過ぎているのか顔色を読み取れないらしい。
「能無しじゃないわよ。この前だって背理に助けられたんだから」
神は畏れながらも信者に抵抗してみる。すると、
「この男にですか!?」
零はゴキブリを丼でバリバリいった直後のような苦悶の表情を背理に向けた。これほど誰かに嫌われることはもう一生ないだろうと背理は15にして確信する。
「れ、零が転換を信用していないのはわかったわ。でも認めて欲しいの。転換、というか背理はきっと大きな戦力になる」
「し、しかしですね……」
零は納得しない。困ったことにアキハの言うことをなんでもホイホイ聞くわけではなかった。彼女が従いたいのは彼女が自分の中で勝手に作り上げた理想の御堂筋アキハなのだ。現実の姿とは若干の乖離がある。
「認めようが認めまいがもう決まったことなんだ。諦めてもらうしかない」
「あ、あなたが抜ければいい話でしょう!」
苛立った零はその場にあった見るからに重そうな茶色い紙袋を爪先で蹴る。すると穴が開いて中からライン引きに使う白い粉が雪崩のようにこぼれ出す。しなやかの細い手足とは裏腹にかなりの剛の者である。だが恐れてばかりもいられない。
「俺は抜けない」
表情筋を目一杯使って顔を歪ませられてもそれは譲れない。奴隷扱いはされているが実力を信じてもらえている。共に勝利した経験もある。なかったことにはしたくない。
「それに、アキハも合意しないなら俺の意思では抜けられない」
背理はさらなる事実も添えた。脱退には隊員全員の合意が必要なのだ。アキハにいらないと言われてしまったら身を引かざるを得なくなるかもしれないが、それでも抵抗はするつもりだ。
「……説得すべきはまずアキハ様ということですね」
零は物置を見渡した。ここには何があるか一つ一つ確認するように。そして人の良さそうな微笑を作り、
「アキハ様。この男の脱退を認めていただけない場合、ワタクシは今からここを爆破します」
──とんでもないことを言い出した。
「ば、爆破!?」
突然物騒な言葉が出てきて背理は仰天する。
説得なんかではない。これは脅迫だ。
しかしこの雑多な物置にもさすがにダイナマイトは置いていない。燃えそうな物は多いが火種がない。そしていくらモンスターの零でも爆発物を常時携帯しているとは思えない。それを今からここで爆破など、突拍子もない発言に思える。
しかしアキハは即座に零の思惑を察したらしい。
「無理よ。条件が揃ってないわ」
察するどころか否定までしてみせたから驚きだ。
「な、何の話をしてるんだ?」
背理は戸惑う。アキハと零の間では会話が成立しているようだが、ちゃんと説明してもらわないとついていけない。多分命に関わる話なので必死でついていかねばならない。
「粉塵爆発でしょ? 映画とかでよく見るけど、あんなの簡単にはできないわ」
「粉塵爆発?」
「空気中に可燃性の粉状の物が充満している時に火を起こすとその粉が連鎖的に燃え上がって爆発するの」
相変わらずなんでも知っているものだ。
「だ、大丈夫なのかよ」
「ええ。問題ないわ」
アキハは焦る様子もなくいつものように真顔で言い切った。しかし、
「はたしてそうでしょうか?」
零は反論する。
ディベートが始まった。議題は「今ここで粉塵爆発を起こせるかどうか」だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます