第12話 ある意味有力な人材なのではあるまいか
「すぐに死ぬか。説明して死ぬか。できれば後者を望むわ」
殺処分で確定らしい。せめて辞世の句を詠む方を選択する。
「……ハメられたんだ。会話の流れで『接続詞』って言わされて、それに合わせてこいつが『接続』って……」
「……なるほどね」
背理の罪状はアキハの命令に背いたこと。よりにもよって『縛接闘議』に関することの決定権はアキハにあると注意された直後にだ。
「突然議具が光り始めたから何事かと思ったら、アンタが小さなゴミをくっつけて帰ってきたの」
遠く離れている隊員の議具も同時に光ったらしい。背理が想像していたより早くバレていたのだ。
「その時の私の気持ちがわかる?」
「……『ぶっ殺してやる』」
「あ、もう答え言っちゃってたか」
アキハは机や椅子を吹き飛ばさん勢いで嘆息した。
「ちょっと~、ななかのことゴミって言った? ひどいなぁって思いますっ」
傍に立っていたななかは小さな体で踏ん張って吹き飛ばされずに済んだ。
「アンタは黙ってて! ビリに用事はないわ!」
クラス内序列1位とビリの夢のカードが実現した。勝敗はわかりきっているが、残虐なショーを期待した客で賑わうだろう。しかし残念ながら放課後の教室には背理たち以外数人しか観客が残っていない。
「こっちはただでさえ転換っていう諸刃の剣を抱えてるの。刃もついてないトイレットペーパーの芯みたいなのまで抱えきれない」
予想通り、ポンコツは歓迎されなかった。背理だって最初は転換の役立たず扱いだったし、多少昇格したとはいえ諸刃の剣程度だ。評価してくれてはいるもののリスクはやはり懸念している。不安要素はこれ以上増やしたくないのだろう。
ふわふわした雰囲気で常に明るいななかもさすがにアキハの言い草には感情を逆なでされたらしい。
「じゃあハイリくんちょうだい。ななかも人をトイレットペーパーの芯扱いする人とはやっていけないって思いますっ」
背理と一緒なら奴隷という待遇にも耐える……、とは言っていたが現実そうなってしまうとやはり辛かったようだ。
「ダメに決まってるじゃない。背理はアンタに使いこなせないわよ」
「使うんじゃなくて一緒にがんばるの! そんなこと言う人と組んだらハイリくんかわいそうだよ!」
「……至極まっとうなご意見だ」
ななかについて行った方が人道的な生活を送れる気はする。とはいえ、ビリと転換という将来性皆無の論隊が完成してしまうのは問題だ。
「アンタと背理じゃ他の隊員集められないでしょうに」
アキハも同じことを思ったようだ。
「ななかが誘えばやってくれるもん」
そう言って教室を見渡す。一番近くにいた男子生徒にトコトコ近づく。
「ねえ、ななかと組まない?」
「え!? いいの!?」
男子生徒は上ずった声で嬉しそうに確認する。
「やっぱダメ!」
軽やかに身を翻し、得意そうな顔で戻ってきた。──なんて残酷なことをするのだ。
入学数日にしてななかはファンが多い。序列がネックで誘われることは今のところあまりないようだが、本人から上目遣いでおねだりされたらイチコロな奴は多いということらしい。そんな奴らが集まった中で、ななかは正直に「ハイリくん好き」と言うのだろう。
「どう? ななかはハイリくんを路頭に迷わせたりしないから。正直に言うと、ハイリくんと組めるなら余り物チームになってもいいんだけど」
「なんでそんなにコイツにこだわるのよ?」
「好きだから!」
「……!」
アキハが絶句する。ああ言えばこう言うを地でいく、口から生まれたような女がだ。なかなか珍しい光景だ。
「……本気で言ってんの?」
「ななかはいつも本気だし、思ったことすぐ言うよ」
関わりを持って数時間しか経っていないが、本当にその通りだということを背理はすでに痛感していた。
「私の論隊は恋愛禁止よ。面倒ごとの原因になりそうだから」
「ハイリくんと一緒に出て行くからいいもんっ。ね? ハイリくん」
「そんなことは一言も……」
全く気が合わず早々に喧嘩している二人だが、人の話を聞かずに勝手に決めてしまうところはそっくりだった。
「背理は私が先に見つけたの。アンタみたいな浮ついた理由じゃなく、ちゃんと実力を評価して共闘することにしたのよ」
「ななかだって、ハイリくんがすごいから好きになったんだもんっ! 議事録だって見たんだからね、性欲おばけ!」
「……!」
この短時間でアキハを二度も絶句させた。アキハと対等以上にやりあえる人間はこのクラスにほとんどいないだろう。ある意味有力な人材なのではあるまいか。
「つ、強いとは言ってない!」
「そ、その話題はもうやめとけアキハ! これ以上傷を大きくするな! つーか、二人とももっと冷静に話し合ったほうがいいと思うぞ」
転換らしく話の流れを変える。きっと話し合えばわかりあえる……。いや、わかりあえるかどうかは疑問だが一応試すことくらいはしてみるべきだ。
「そもそもアンタが原因なのよ、背理。どうするつもり?」
「どっちを選ぶの? ハイリくん」
二人の美女にどっちにするのと尋ねられるのがこんなに息苦しいとは思わなかった。
「……どっちとかじゃなくてだ。こうなった以上三人でやっていこうって話だ。確か脱隊って難しいんだろ?」
背理は聞きかじりの知識を披露してみる。
「……隊員全員の合意があって、やむを得ない事情がある場合に限り、学校の審査を通れば抜けられるわ。脱入隊があった場合、論隊の成績はリセット。論隊序列もビリからやり直しよ。できれば避けたいけど、これから三年間ポンコツを抱えて生きていくよりマシ」
「昨日の翼丸との一戦はなかったことになるのか。……あれ? 玉浜が入ったことは影響しないのか?」
「ななかって呼んでっ! 御堂筋さんだけ名前呼びなんてズルイなぁって思いますっ」
ななかはほおを膨らませて不満を述べる。
「な、ななかが入ったことは……」
「まだどこにも入ってない新入生が加入する時は例外なんだよっ、ハイリくん。普通隊員が揃うまでは戦績なんて0だしね」
「なるほど……」
突発的に試合をしてしまったせいでややこしい状況になってしまったらしい。昨日の勝利が無に帰してしまうのは背理だって惜しい。役立たずではないと証明できたし、逃げっぱなしの生き方から脱却できるかもしれないと思えた出来事だったのだ。
「私の要求は玉浜ななかの脱退よ。背理は私のもとに残る」
「ななかは御堂筋さんがハイリくんを手放してくれるって約束してくれなきゃ合意しないからね」
二人の要求は見事に食い違っている。さらに、
「俺は戦績リセットはゴメンだ。俺も抜けないし、こうなった以上ななかの脱退も認めない」
背理だって主張したいことはある。
「八方塞がりってわけね」
「いや、わかりやすい解決策がある。二人が仲良くすることだ」
アキハとななかが目を合わせ、同時に顔で「ゲー」と遺憾の意を示す。
「ななかは人をポンコツ扱いする人とはやっていけないって思いますっ」
話が戻ってきてしまった。さらにななかは爆弾を落とす。
「……ななかを目の敵にするのって、御堂筋さんもハイリくんのこと好きだからじゃないの?」
時が止まる。
「……は?」
少し遅れてアキハが威圧的に聞き返す。
「……え?」
背理は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で聞き返す。
「ななか聞いたことある。男の人って彼女に浮気されたら彼女に怒るけど、女の人は彼氏の浮気相手に怒るんだって」
偏った知識の持ち主だ。情報源はどこなのだろう。
「……馬鹿なこと言わないで。私はそういうんじゃないの」
アキハはいつもの無表情で否定した。
「本当かな? 誰とも組まなかった御堂筋さんがハイリくんとだけ仲良しだなんて怪しいなって思いますっ」
「複雑な事情があったの。証明しようがないけど本当にそういう感情はない」
「他に彼氏作ったら証明になるって思いますっ。持ち前の性欲で」
「あ、アンタいい加減に……!」
「ああもう! 喧嘩すんなって言ってんだろ!」
背理は頭を抱える。
この二人が仲良くする。それだけでこのややこしい状況は解決するのに、それだけのことが難問だ。
「ポンコツとかそういうの以前に、こんな恋愛脳の子とは付き合えないわ。三年間背中を預ける相手なんだから、じっくり選びたいの。早く出てってよ」
協調性を育むための『縛接闘議』という制度。その制度のせいで揉めているようじゃ本末転倒だ。しかし、人は誰とでも協調できるわけじゃない。合う合わないはあるし、どうしようもない時もある。今回がその最たる例なのかもしれない。
「やだって言ってるじゃない! ……まさかそれ序列優位の権限ってやつ?」
「なんだそれ?」
ななかが知らない単語を放り込んできたので背理は問うてみる。またこの学校独自の制度か?
「序列が低い人は序列が高い人の命令に従わなきゃいけないんだよ。何でもね。あっ、でも法律とか学則に触れちゃうこととかはダメだよ」
「……とんでもないルールだな」
入学式で聞かされた「敗者にはあらゆる負担を」とはこのことなのかもしれない。しかしアキハは呆れた態度で否定する。
「あの権限を使うつもりはないわよ。暗黙の紳士協定みたいなものがあって、実際には誰も使わない暗黒の権利って言われてるの」
「そうなのか……」
背理は少し安心する。序列から考えると背理に命令する権利を持つ人間がこの学校には700人以上いるのだ。アキハだけで十分間に合っている。
「それに脱退を命じる権利はないらしいわ。そんなことが許されるならトップの人は他の論隊を全部解散させちゃえばいいじゃない。だからこれは単なるお願い」
「単なるお願いだったら従う必要ないなって思いますっ」
ななかは右頬に空気をためて目をそらす。遠くから男子生徒が指でつんと突いてやりたいと言わんばかりの熱い視線を送ってくる。
「この論隊にいたいなら序列を上げてきなさい」
「『縛接闘議』しなきゃ上がらないもん! 一人じゃできないって思いますっ」
「じゃあ諦めて。何度も言うようにポンコツは必要ないわ」
アキハは一切慈悲を見せない。ななかはうぐぐと口をつぐむ。全てが実力次第で決まるこの学校で彼女の立場はあまりにも弱い。
「……ななか帰る」
教科書が入っていないであろうスカスカのリュックを背負って、ななかは小さな歩幅で教室を出て行った。後ろ姿は本来の背丈よりさらに小さく見えた。背理はその背中に何も声をかけることができない。
「私も帰る」
続いてアキハも整頓された引き出しのなかから教科書を取り出してカバンに詰める。
「……なんとかしてよ、背理。また何か、ガラッと展開を変える方法を思いついて」
無茶な注文を残し、モデルのような綺麗な歩き方で背理を置き去りにした。
「あ、そうだ。聞き忘れてた。……どうでもいいんだけど一応」
扉の手前で立ち止まり、こちらに振り返ることなく問いかける。
「あの子と付き合うの?」
背理は否定した。
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