第11話 ななかはいつも本気だし、思ったことすぐ言うよ
「付き合うんだし名前で呼ぶね。ハイリくん」
「……いや、ちょっと」
「あれ? ダメなの? ななか結構モテるからいけると思ったのに」
小さな口を尖らせて不服そうに背理を見つめる。
「……突然のことで驚いてる。本気なのか?」
「ななかはいつも本気だし、思ったことすぐ言うよ」
こういうシーンはもっとドキドキするものだと思っていたが、あまりに突然のことだったので心臓が追いついていない。
「ど、どうして俺を……?」
「昨日勝ったでしょ? かっこいいなって思って。正直言うと昨日まではハイリくんを見て安心してたの。自分より下がいるって!」
随分と傷つくことをはっきり言ってくれる。背理も背理で彼女の序列を聞いて安心していたので同罪なのだが……。
「でもそんなハイリくんがすっごく活躍してるんだもん。ななか尊敬しちゃったんだ。本当にすごいなって思いますっ」
「お、俺は別に……」
「議具で議事録見たよ。クラスの皆は御堂筋さんがすごいって言ってたけど、本当に頑張ったのはハイリくん」
議具にはそんな機能も……。本当になんでもできる機械だ。──いや、そんなことよりだ。ななかは素直に背理の力を評価してくれているのだ。アキハ以外では初めて。これは結構嬉しい。
しかし、この子と付き合う? まだ何も知らないのだ。少々ポンコツであることくらいしか……。
「ねぇ、ダメ?」
上目遣いでおねだりする。顔立ちは間違いなくかわいい。クラスじゃアキハに匹敵するくらいの……。いや、アキハはキツい表情しかしないから総合的にはななかの勝ちだ。こんな子と付き合えるだけで男子としては最高地点。昨日の勝利でこれほど立場が変わるとは思わなかった。ただ、
「お、お前のことをよく知らない。好きではないし嫌いでもない。好きになるかも嫌いになるかもわからない。そんな状態では付き合えない。かといって時間をくれとも言えない。気を持たせるようなことはしたくない」
正直に話してくれたのだ。正直に答えなければ失礼な気がした。そしてこじらせて面倒な関係になるのも避けたい。さらに、ななかのような人気者と付き合う勇気は持ち合わせていなかった。必ず厄介なことになるだろう。
「真面目だねぇ。都合良くキープしちゃえばいいのにって思いますっ。男の人は普通そうするって聞いたことある」
フラれたばかりなのにななかはニコリと大きな目を細めた。言っていることはえげつないが。
「……ちょっと早すぎちゃったかな。今は諦めるけど、もっとハイリくんのこと知って、ななかのこと知ってもらって、それからまた挑戦しよっかなって思います。ずっと付きまとっちゃうから気をつけてねっ」
「……お、おう」
「だから論隊にいれてっ」
二つ目の要求。──こっちはもっとダメだ。
アキハと仲良くやっていける気がしない。あれだけ他人に厳しい奴だ。序列もある程度高い人がいいと言っていた。ポンコツをあてがったら絶対に揉め事になる。
「それは無理だ」
「どうして?」
「……」
今度は正直に言えなかった。ポンコツは必要ないと。しかし、
「ななかの序列が低いから? 今は低いけど、でもこれからトップになるつもりだよ。見ててっ」
意外にも察されてしまう。そしてやたらポジティブで向上心が高い。
「ハイリくんと組んだんだから、そういうのは気にしない人なのかと思ってた。奴隷を欲しがってるって聞いたし。ななかハイリくんと組むためなら一緒に奴隷になるよ?」
さりげなく背理を奴隷一号にカウントする。噂になっているということはななかだけではなく他のクラスメイトも背理はアキハに隷属しているという認識で見ているのかもしれない。
「う~ん、皆が思ってるよりななか使えると思うんだけど……。『縛接闘議』のことも結構わかってるよ。何を制限してるか知ってる?」
初歩も初歩の知識だけでわかったつもりになっているらしい。入学まで何も知らなかった背理でも今やもっと知識がある。なんせ実戦経験もある。
「接続詞」
一応答えてやる。すると、背理が答えると同時にななかも「接続」と口にした。
──議具が発光を始める!
「えへへ~、ほら! 結構おしゃべり上手でしょ」
「ちょ、ちょっと待て! これってもしかして!」
光がどんどん強くなる。背理は右手のグレーの指輪が、ななかはふわふわの前髪を押さえつけているブルーのヘアピンが、お互いを結ぶようにビームを放つ。
「そう! 論隊に入るのってこうやるんだよっ」
「きゃ、キャンセルは!?」
「できないよっ。これで三年間一緒。楽しみだなって思いますっ」
ハメられた……!
「認証。玉浜ななか。加入」
お互いの議具が冷淡に告げる。
「えへへ、よろしくね」
ななかは呑気に目を輝かせて未来に思いを馳せる。背理は慌ててななかの両肩を掴み、ユサユサと体を揺らす。
「な、なあ! どうにかならないのか!?」
やってしまった。アキハに何て言えばいいのだ。学校一のポンコツ。しかもそいつの計略に無様に引っかかって……。
「は、ハイリくんっ! ちょっと! あっ!」
ななかの小さな体は少し揺らしただけでバランスを失ってしまう。ぐらつく脚はもう彼女を支えることができず、背中から倒れていく。
しまった! このままでは三角コーンの山に突っ込む。背理は支えようとするが……、逆に自分の体も持って行かれ……。
ガシャァァン!
──二人揃って倒れこんでしまう。
仰向けに寝るななかの顔は偶然にも赤い三角コーンにすっぽり収納された。背理はななかの体にに覆いかぶさるようにのしかかる。
「は、ハイリくんっ! ななかにエッチなことするの!?」
「ち、違う!」
「い、いいけどシチュエーションだけは選ばせてほしいって思いますっ……!」
「何言ってんだ! 違うって言ってんだろ!」
「あっ、これ聞いたことある! 顔隠せば誰でもいける理論でしょ!? 男の人って残酷っ!」
「ど、どこで聞いたそんなの! あ、いや違う! これはそういうんじゃない!」
背理は急いで起き上がって隣に座る。アゴには胸の感触が残っている。注目していなかったが体の小ささに反して不自然にデカい。
ななかはまだ体をこわばらせ、それでいて拒絶はしない体勢。というより自らの拒絶を必死の覚悟で拒絶している。そういう種類の緊張をされても非常に困る。冷静にさせて誤解を解くため、頭に被さった赤の三角コーンを外す。同じくらい赤い顔が出てきた。
「……顔は出していいの?」
涙目を向ける。
「そうじゃないって言ってんだろ! 話聞け! 今のは偶然だ!」
「……本当?」
「支えようとして一緒に倒れただけだろ!」
倒したのは背理なのだが。それを言うとまたよからぬ方向に話が進みそうなのであえて伏せた。
「そ、そっか。びっくりしたよ」
「悪かったな」
ななかは上体を起こし、首を大きく横に傾げて背理の顔を覗く。
「……これで既成事実ができたね。そういう時どうするか知ってる?」
「…………」
返答も待たずに柔らかく微笑む。
「入籍っ!」
玉浜ななかが加入した。
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