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第10話 ……結構頑張ったのにな

 あの御堂筋アキハが転換の拝島背理と論隊を組んだ。

 しかも逆接と転換だけで勝ってしまった。

 噂は一日でクラス中を駆け巡った。昨日まで自分に見向きもしなかった連中が「すごいね」と声をかけてくるのはちょっと複雑ではあるが嬉しさが勝つ。ようやく人権が認められたのである。

「ほぼ奴隷だと思ってね」

 認めてくれないのは仲間であるアキハだけだ。

「何をするにも私の指示を仰ぐ。勝手な行動は慎むように」

「待てアキハ。それはおかしい」

「何もおかしくない」

 ──真顔だ。

 昼休み、教室の片隅で今後の方針について話し合う。このまま逆接と転換だけでやっていくのは当然無理なので他の隊員を探さねばならない。アキハは誘われても誘われても断っていた。では一体どんな人間と組みたいかというと奴隷のように自分の都合で動く人材。しかし残念ながらそんな人材は存在しないことが予測されるため、どうにか妥協はできないかとお願いしているところである。

「そもそもなぜ奴隷などと……」

 知識としては頭に入っている単語だが、日常生活で普通に使ったのは初めてかもしれない。少なくとも真顔で言ったことはない。

「『縛接闘議』の時は私が仕切りたいの。それ以外はまあ好きにしていいわ」

「ああ、そういうことか。それはいいんじゃないか? 実力順だ」

 聞いてみれば意外と負担は大きくないようだ。奴隷という言葉を使うからイメージが悪いだけ。性格のキツさが仇となっている。

 このクラスにはアキハを超える序列の者はいない。元々異常な高さだったのに昨日の勝利で統合序列が一つ上がり32位になった。彼女の判断に従うというのは順当な作戦に思える。

「あと、誰と勝負するとかいつ勝負するとかそういう判断もね。一応誰にも認められてる権利らしいけど私が預かる」

「……そんでお前がやると決めた場合は飛んで行かなきゃいけないんだな?」

「そう」

 アキハに任せておくと昨日みたいな突発的な試合が度々やってくるかもしれない。

「挑発されてもすぐ乗ったりするなよ。ちょっと耐性なさすぎやしないか」

「そんなことない」

 否定が好きな奴である。──だが、変わり始めた今の背理は簡単に退かない。

「ある。昨日はそのせいで自殺点まで決めただろ。性格とか資質とかで序列が判断されたんだよな? なんでそのキレやすさで高序列なんだ」

「……そういうの込みでもこの序列なんじゃない?」

 だとしたら冷静さを手に入れたらもっと上になるのか。そういえば、背理も昨日の戦いで専権14位、統合720位に急上昇した。勝利に貢献したことへの評価でもあり、多分、真剣に取り組もうという意識の変化も影響しているのだろう。

「その条件が飲めるなら序列は気にしないか?」

 話を隊員探しに戻す。

「ある程度は欲しいわよ。でもクラス内の専権上位は翼丸のところが押さえてるわ。順接、並列、累加が一位。逆接と補足が二位」

「そんなことになってたのか……。つーか、結構クラスの動向調べてるんだな」

「昨日翼丸に自慢されたの」

「……なるほど」

 昨日あの物置にアキハを呼び出して勧誘した時だ。近くに潜んでいたが会話を全部聞いてはいなかった。──膀胱の悲鳴を聞いていたから。

「……あのさ、アンタが隊員の条件とか聞いてどうすんの? 誘うのはどうせ私だし、加入希望の人が来るのも私のとこでしょ。ずっと無視されてたくせに」

「どうだか。昨日の態度を見てたがあんなんじゃその内誰も寄ってこなくなるぞ。あと、言いたかないが確実に俺の方がチョロい」

「攻めるなら馬からってこと?」

「……奴隷より落ちたな」

 第一面接を背理が、最終面接をアキハがやることになるだろう。面倒なことになってきた。どうせならアキハが暴走した時止められる人材が欲しかったのだが、その類は最終面接で落選させられそうだ。

「……俺、飯買ってくる」

 話は終わりだ。とりあえずは誰かが名乗り出てくるまで待つしかない。昨日まで大人気だったアキハだが今や転換というゴミがくっついている。いや、ゴミではない可能性も出てきたがそれはまだこの二人しか知らない。こちらから声をかけてもゴミはいらない派かもしれないから効率が悪い。

「ん。じゃあね」

「……一緒に食ったりはしなくていいのか?」

「え? なんで? 友達でもないのに」

 やっぱり無表情。クラスメイトが評価してくれたのは、こんな奴と組むのに成功したことだ。背理の実力ではない。昨日の勝利も全部アキハの手腕のおかげだと想像されている。

「……結構頑張ったのにな」

 アキハには聞こえない音量で呟いて立ち上がる。すると背後から、

「行ってらっしゃい、背理」

 友達ではないが、名前で呼んでくれるらしい。


 ***


 ──そしてまた物置である。

 クラスで誰かが声をかけてくるのを待つべきなのだろうが、今日はなんだかちょっと拗ねてしまったので明日からにすることにした。

 今日も先客はおらず、下の階からの話し声が内容もわからない程度にもわんとぼやけて届いてくるのみである。これなら落ち着いて食事をとることができる。評価されていないのは変わらないが、誰とも組めないかもしれないという悩みは若干解消されたので昨日より気は楽だ。缶コーヒーも一缶だけにしたから抜かりはない。

 しかし、今日もここに平穏はなかった。

 誰かが階段を上ってくる足音が聞こえてきた。即座に得点板の裏から転がり出て姿を確認しようとする。どちらかというとこちらの存在を確認させるためでもある。昨日は隠れてしまったからいけなかったのだ。先客がいるとわかればあちらが移動してくれたはずだ。

 現れたのは玉浜ななかだった。専権は順接。統合序列ビリを叩き出した、ある意味背理の心の拠り所だ。

 目が合う。というか、合わせる。なんのつもりか知らないがここは自分の場所だ。威嚇するようにパッチリとした大きなお目々を見つめる。数メートル離れているがもう長いまつ毛が見えた。

 するとななかは残念そうに踵を返す。とは、ならなかった。むしろこちらに向かうスピードを上げ、階段を登りきるとガタガタと音を立てながら積み重なった三角コーンの裏に隠れた。スカートに包まれた小さなお尻だけが見える。

 いつも男子生徒に囲まれて賑やかにしている彼女がこんなボッチの聖域に何の用だろうか? 一体誰から逃げて……。

 ──はっ! これはまた、暴漢に迫られているパターンか?

 危機感に襲われた。そういうことなら逃げるぞ、今度こそ。逃げっぱなしの人生から脱却しようと決心はしたが、やはり逃げた方が正しい場面も存在するのだ。

 背理は恐る恐る確認する。

「……隠れてんの?」

 声をかけるとお尻がピクッと動く。

「えぇ? は、はいっ!」

「誰から?」

「は、拝島くんからだよっ!」

「み、見えてるけど?」

「パンツですか!?」

「そ、それは見えてないけど。え? じゃあお尻が見えてるという認識はあんの?」

「あるよ!」

「えぇ? あれ? つーかさっき目合っただろ?」

「まだギリいけるかなって思って! バレてたの!?」

 ……わけがわからない。見つかっているのは知った上で隠れて、それでいてバレていないと思っていた? なんというか、失礼だが、伊達にビリじゃない。論理的思考力が皆無である。

「俺、行くわ。……見てないことにした」

 隠れているつもりだというならそれに付き合おう。アキハとは別の種類の、しかし同じくらい、厄介な人間な気がする。立ち上がって階段の方へ歩く。しかしお尻の横を通り過ぎようという瞬間ななかも立ち上がった。

「ま、待って! 本当は話がしたくてついてきたの! 緊張して隠れちゃったけど、頑張って勇気だそうって思いますっ」

 立ち上がっても小さい。身長は145センチくらいだろうか。顔も小さいが目だけは174センチの背理より大きい。

「な、何だ?」

 何を言い出すかわからないのでちょっと怖いが一応尋ねてみる。

「あの、告白しようと思って!」

 背理は固まる。

「あっ、待って! ちゃんと言いたかったのに、今のでほとんど言ったも同然だなって思いますっ」

 少し照れて、小さな手で頭をポリポリかきながら反省する。

「……俺からも言う。待ってくれ。……何て?」

「好きです! ななかと付き合ってください拝島くん!」

 聞き間違いではなかった。

 ──背理は今、女子に告白されている。人生初の経験だ。

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