第23話 起源

 ”異喪裏伝承 

 ○○市○○町の中央部に位置する杜の大井戸にまつわる伝承。

 その昔、杜の大井戸が建立されたばかりの頃、藩同士の諍いによって杜の大井戸に鉱毒が投げ込まれるという事件が起きた。杜の大井戸の水を巡って、藩士たちが井戸の周りで騒ぎを起こしていた時のことである。一人の血気盛んな藩士が騒ぎに乗じて、鉱毒に侵された岩を杜の大井戸に投げ込んだ。

 その時、大井戸の底から大人の身の丈ほどもある大イモリが井戸の底から這い出てきたという。大イモリはぐるりと辺りを見渡したかと思うと、井戸に鉱毒を投げ込んだ藩士を頭から一呑みにしたのちに、げろりと吐き戻して井戸の底へと消えていった。吐き戻された藩士は大量の血を吐いたのちに死んだという。

 その場にいた藩士たちは恐れおののき、諍いを止め、井戸に住み着く水神を怒らせてしまったと嘆いた。人々は以降、杜の大井戸には水神が住み、井戸に悪さをすれば天罰が下るとして、この出来事を口伝した。

 この伝承の詳しい誕生経緯や発生起源は定かではないが、推測するに藩同士の諍いとは、当時土地の財政において敵対関係にあった豊水藩と岩谷藩の小規模な衝突と思われる。岩谷藩は岩谷銅山の鉱毒によって当時の農業用水源を汚染された為、豊水藩に水源を分割するように迫った経緯がある。井戸に鉱毒を投げ込んだという伝承の一節はこの岩谷銅山の鉱毒と思われる。

 大イモリは恐らく日本の固有種のアカハライモリが雛形と思わしい。日本人には昔から馴染みの深い生物であり、野井戸などに住み着くことから井戸を守っているとされ、和名では井守と呼ばれている。

 井戸に住み着くイモリを指して、当時の人々は井戸の水神として崇めたのではないかと推測する。尚、日本は古来より井戸には神が宿ると信じられており、神聖なものとして扱われてきた。井戸に悪さをすると天罰が下る、という口伝はこの伝承以外にも多く存在している。

 この異喪裏伝承もそんな井戸を守るための一つの寓話と思われる。杜の大井戸は大規模な共同水源だった為、当時の農耕の生命線でもあった。その水源に悪さをすれば天罰が降りかかるという、いわば教訓めいたいたずらの予防線でもあったのかもしれない。

 尚、井戸の水神としてイモリを崇めたのは、日本ではこの杜の大井戸の異喪裏伝承だけである。異喪裏とはイモリの当て字であり、当時の文献よりこの言葉が記録されている。推測に過ぎないが、本来井戸の守り神である井守が、尊厳が喪われ、守り神とは異なる側の存在に裏返った、という意味で異喪裏、と伝承されたのではないかと読み取ることもできるが、由来は定かではない。” 

 

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