第21話 回顧

 今現在住んでいる街の思わぬ過去を覗いた後、その文章の下に張り付けてあった画像に目を通した。

 ひどくざらついた画質だが、大きな井戸が写っている。その周りを大きな注連縄が囲っていて、周囲の柱には木彫りの飾りがあしらわれていた。神聖な雰囲気を感じられるが、同時にみすぼらしくも感じた。よく見ると注連縄はボロボロでささくれ立っていて、柱はひび割れて朽ちかけている様に見える。

 画像の下にはまた短い文章が掲載されていた。

 ”今となっては誰も気にかけない為か、設備は朽ちたままになっている”

 上の文章にあった通りなのだろう。かつて街を救った大井戸は忘れ去られたに違いない。

 気分を変えようと思ってページを開いたというのに、川野の心はまた虚しさに囚われた。まったく思い入れのない土地だというのに、いつしか経験した悲しさが重なっていた。

 かつて自分が心の拠り所にしていた土地を、土地開発の波にさらわれたことがある。あの時とは状況も違う。あそこと、ここの大井戸も、全く接点はない。だが、かつての親友を再び奪われたような、なんとも形容しがたい虚しさが胸にこみあげていた。

 朝の冷えた部屋で一人、天を仰ぐ。あの時、自分は青い自分を押し殺した。今でもはっきりと覚えている。あそこはその後、護岸工事が入り、重機に蹂躙された川辺は草木も茂らないコンクリート壁となり、川はせわしなく流れるだけの浅い水路に成り果てた。

 だからといって、何かができるわけでもない。どうしようもないのだ。今の自分が置かれている現実のように。

 目を伏せると、スマートフォンの画面が視界に映った。ページが縦に切り取られて映っているが、下方にまた違う画像が見切れている。まだなにかあるのだろうか。画面をスクロールして下方を暴くと、またざらついた画像が現れた。

 ざらついている上に、今度は暗くてよくわからないが、波打つような模様が見て取れる。一体これは何なのだろう。目を凝らす。全体が茶黒くこけているが、木彫りの何かだろうか。

 正体が分からず、目が疲れて画像から視線を離すと、その下にまた短文が寄せられているのが見えた。

 ”杜の大井戸の宮彫刻。1962年に市によって寄贈されたものである。この大井戸にまつわる言い伝えである、異喪裏伝承にちなんで世にも珍しい大イモリの宮彫刻が作成され、掲げられている。”

 もう一度画像に目を通した。今度ははっきりと輪郭を掴むことが出来た。波打つ水流の中に、堂々と鎮座している大きなイモリの彫刻がこちらをじとりと睨みつけていた。

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