第13話 十七歳

 家から近い馴染みのある川べりに辿り着いた。なんとなく気分転換に外出したつもりだったが、ここに辿り着いたのはやはりノスタルジーな感情になっているからだろうか。それともいろいろなことに諦めがついて現実から目を背けたくなったからだろうか。どちらにせよ昔から通い詰めた遊び場は表情を変えずににせせらいでいる。

 いつもの大きな石に腰かけて先ほど自販機で買っていたサイダーを飲んだ。ここには誰も来ないし、まず見つかることもないだろう。一人になれる。だからこそ惨めな顔になれる。

 サイダーを口に含み、黙って川の流れを見つめた。静かに水面が揺らいでいる。自分の心境と重なっているようだったが、川の表情は変わっていない。揺らいでいるのは自分だけだ。口内で炭酸がはじけるのを感じながら、感慨にふけった。

 無謀な考えかもしれない。青すぎる空想だったのかもしれないが、なにもあんなに否定することはないだろう。夢を語るのはそんなに悪いことだろうか。

 お前なんかが目指すには無理だ。他者から言われたその言葉だけが呪いのように青い脳に焼き付いて離れない。そのせいか、サイダーの味がよくわからない。目が潤んでいるのは自分自身が打たれ弱いからだろうか、それとも昔から胸に秘めていたものを全否定されたからだろうか。

 無謀だなんて自分が一番理解している。だがそれでも飛び込んでみたかった。憧れた世界に。

 腑抜けたサイダーを飲み込んだ。もう無理なのだ。昨日提出した進路希望の提出用紙があっさりと夢を打ち砕いたからである。今更うだうだと考えても無意味だとわかっているのに、いまだに境界線の上をうろうろと行ったり来たりしている感覚だった。

 虚しさがこみあげてきて手に持っていたサイダーのペットボトルを握りつぶした。脳内に漂う感情に耐えきれずに立ち上がった。じっとしていられない。涙が落ちないように上目気味に川べりを歩いていくと、見慣れない看板が滲んだ視界に入った。自分の縄張りが荒らされたような気がして、言い様のない怒りに憑りつかれ、砂利を鳴らしながらつかつかと歩み寄ると、それが護岸工事の予定地を示した看板であることが分かった。

 看板の内容を理解した瞬間、静かに涙が頬を伝った。同時に自分の中に引かれていた境界線が音をたてて崩れていった。

 ああ、自分はもう何者にもなれないのだ。変化を強要されているのはここもなのか。いや、この場所ですら変わることを強要されていたんだな。なあ、嘘だと言っておくれよ。俺を受け入れてくれるのは今はここしかないんだ。消えてしまうのか、こんなにあっけなく。

 しばらく突っ立ったまま涙を落としていたが、陽が陰りだした頃にようやく枯れ果てたようで、視界は滲まなくなった。

 このままでは帰れないな。吹っ切れるためにも、顔を洗っていこう。川べりにしゃがみこむと、両手で水面をすくった。水面に惨めな顔をした自分が映るのが嫌になり、勢いよく顔に水を打ちつけた。

 何度か打ちつけた後、濡れて冷め切った表情で川を見渡した。この風景も恐らく見られなくなる。今のうちに焼き付けておこう。水鳥が羽ばたき、魚達が優雅に泳いでいる。護岸工事ならばここの生態系は荒らされてしまうだろうな。ここにいた生き物たちも恐らくは———。

 ふと視界に蠢く水草が目に入った。ああ、アイツか。腕を伸ばして蠢きを掴み取った。昔は恐れていたが、今は躊躇なく手が伸ばせる。

 掴み取った水草の中から、それはぬらりと這い出てきた。まだ幼いのか、ひどく痩せていて小さなイモリだった。動き方もなんだか心もとない。

 手のひらの上から逃げようともしないイモリを眺めながら、ふと考えた。護岸工事を行うならば恐らくこの川べりはコンクリートで固められてしまうだろう。重機が川に入ればここの水草も無くなり、コイツは生きていけなくなるのだろうか。

「・・・お前もこのままじゃいられないだろ」

 手に持っていたペットボトルをすすいだ後、中に少量の水を入れてイモリを迎えた。陰った陽の光に透かしたペットボトルの中で、弱々しいイモリは読めない表情を浮かべている。その向こうにはもう見ることが出来なくなる風景が歪んでいた。

 せめて思い出のかけらを拾っていこう。ペットボトルを抱えて川に背中を向けた。せせらぎを背中で噛みしめながら、川野とイモリは冷え切った虚無の表情でゆっくりと思い出の地を後にした。

 

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