第5話 追憶
小さな川のせせらぎが辺りを包んでいる。川野は川べりにしゃがみこんで流れの穏やかな水面を覗き込んだ。
幼い自分の顔が澱んで映っている。その下をゆらりと小魚の魚群が通り過ぎる。水面の中の自分はそれをみつけると顔をほころばせて魚群を目で追った。
近くの石の上にランドセルを置いて辺りを見渡す。すぐそばの青々と茂ったススキ林の中に手ごろな枝切れをみつけた。少し細くて心もとないが、水草をつつくには十分だ。
川べりに戻り、水面から顔を出している石の上をひょいひょいと渡っていく。その影に反応したのか、横をまた何匹かの魚がスッと泳いでいった。五つ、六つと石を渡ると向こう岸の陸地に辿り着いた。陸地と言っても流されてきた川石や砂がたまってそこに雑草やススキ、葦が根付いているだけである。
しゃがみこんでお目当ての穴場を覗き込む。流れがなく、水が澄んでいる。水草がたゆたっている。その中に隠れている魚たちを枝切れでつついて観察するのがいつもの楽しみだった。幼い自分にとっては日課といってもいいほど、この川べりには足繁く通っていた。
枝切れを構えて目を凝らす。神経を集中させて水面をみつめた後、枝切れを突き入れて水草の森をかき混ぜた。
魚が飛び出してくる。最初に飛び出したのはハヤだ。数匹が群れを成してすばやく逃げていく。その次に出てきたのはフナだった。ハヤ達よりは少しのんびりと逃げていく。
飽きずにかき回していると下の方から渋々といった様子でドンコが出てきた。やれやれというように泳ぎながら、すぐそばの石の下に隠れていく。それでも飽きずにかき回していたが、もう何も出てこない様子だ。水中が土煙にまかれて濁っていくだけで何も姿を現さなくなった。
こんなものだろう。立ち上がり、役目を終えた枝切れを真っ二つに折った。一つを川の上流に投げ、もう片方をその辺に捨てる。
帰ろう。まだ日が落ちるまではしばらくある。前から気になっていた大きな側溝の下を探検しにゆこう。そう思いたって川を渡ろうとしたとき、さっきまでかき混ぜていた水草がもぞもぞと蠢いているのが目に留まった。
再び目を凝らす。なんだろう。水流にたゆたっている動きではない。何かが中に潜んでいる。
なぜだか無性にその正体を暴きたくなった。だがさっきまで振るっていた武器はもう無い。捨てたことを後悔しながら辺りを見るが、めぼしいものはなかった。
水面に向き直ると相変わらず水草は蠢いていた。ずっと蠢いている割には、一向に姿を現さない。ふと自分の右手を見る。
一呼吸ためらったが、意を決して水面に右手を差し込んだ。水面が揺らいで冷たい水が右手を飲み込んでいく。じわじわと体温が奪われていくのを感じて右肩が強張っていく。
あと少しだ。あと少しで蠢きに手が触れる。一体何だ。この蠢きは。あと少しで———。
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