――運命(さだめ) 前―――

 ―――今日も家は、母の怒号と姉の下品な笑い声、そしてミラの・・・泣き声が響き渡る。それはおもにキッチンやダイニング、時たまに母の部屋で起こっていた。


「お前、皿洗いはどうしたんだい!?全然進んでいないじゃないか!なんて遅いんだ、愚鈍過ぎにも程があるよ!?」

「っごめんなさいごめんなさいっ!今からやりますので……っ。」


「あら貴方、なんて無様なのかしら。汚いし変な匂いがするわ?この美しいアタクシに近寄らないで頂戴。」

「……っすみ、ません……。」


 ガミガミと毛を逆立てて怒鳴る母に勢いよく謝るミラ、それを見て姉が高らかに笑っているのが見えた。

 食事の仕込みに来たコックたちが迷惑そうにその光景を見ながら、しかし誰一人ミラを手伝うことなく、キッチンへと消えていく。

 近くにいたメイドたちや従者たちも、ミラを遠巻きに見ながらそれぞれの仕事場へと去って行った。

 一方三人の近くにいたわたくしも―――母に加勢することなく、かといってミラを庇う訳でもなく、ただただ見て見ぬふりをして部屋へと逃げた。届くはずもない、

「……ごめんなさい、ミラ。」

 謝罪を、小さく呟きながら。




 ミラへの酷い仕打ちは、日に日に最悪なものへと変わっていった。

 始めは皿洗い・掃除・洗濯だけだった。

 しかし母と姉は難癖をミラにぶつけ、それらの邪魔をした。機嫌が悪い時には罰として、ミラの食事を抜くこともあった。そして少しでもミラが二人に反論すると、母はまず張り手と折檻、姉は母に泣きついてまた張り手と折檻をミラにさせるのだ。その繰り返しが、何週間も何週間も続いた。

 最初こそ反論していたミラも、それらが毎日行われているうちに気力を無くし、母と姉に怯えるようになった。そして、ついにミラは他のメイドのようにすぐ頭を下げるようになってしまった。

 次に母は、ミラを灰かぶりシンデレラと呼ぶようになった。かまどを掃除したあと髪に灰がついているからと、そういう理由で付けたと言う。

 姉はたいそう喜び、嘲るために何度も何度もシンデレラと呼び捨てた。機嫌がいいときも、悪いときも呼び捨てた。何度も何度も、彼女が嫌になるくらい。

 いつしかそれは家で定着し、私を除いて彼女を真名まなで呼ぶことはなくなった。呼ぶこと事態が、禁忌きんきであるかのようになくなった。




 とはいえ今日、二人の機嫌がいいのは夜に開催される王国舞踏会に出席するからだ。数日前にその手紙が来て以来、二人の機嫌が悪くなったことはない。ここ数日の仕打ちも、あまり酷いものはなかった。

 それが逆に、私もミラも不安にさせた。安心させておいて、突然どん底に引き落とすのではないか・・・と、疑心させた。











 ・・・そして、その不安は当たることになる。

 舞踏会に行く数時間前。母の言葉でミラは―――今度こそ絶望した。

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