―――きっかけ part 3―――

 叩かれた手が、ジンジンと熱を帯びてくる。それをギュッと握りしめ、何も言えず固まっていると、母はこちらを睨み付けたまま言った。

 「何をしようが勝手でしょ?この子はもう、わたくしたちの家族ではないのだから。」

 ・・・と。




 ―――一瞬、母が何を言ったのかわたくしには分からなかった。理解すら、できなかった。

 そんな言葉を言える母が、まるで私の知っている母ではないように思えた。

(……この人は、誰?)

 疑問が頭のなかを埋めていく。けれど、その答えは状況がわかってない今、わかるはずもなく。どんどんと思考が真っ白になっていった。

 そして思い出した、二年前のを。あの日、母が言った言葉を。


 ―――『あの人が死んでくれて助かったわ。』―――『結婚なんて重荷でしかなかったけれど……死んじゃったからいいわよね?』―――

 

 ・・・言いたかった言葉が、出てこない。口が戦慄わななき、震えて、上手く声に出せない。その言葉が、呪いのように頭に絡みついて離れないのだ。





 硬直状態の私から目を背けると、母はまたミラに向かって罵声を浴びせた。

「ほら、早くここを掃除しな!これからあんたはメイド……いいや、下女なんだ!掃除洗濯、食事やらなんやら全部、あんたがやるんだよ!分かってるね!?」

 そんな母の高圧的な態度に、ミラは体を震わせながらも気丈に反論を返す。

「け、れど……っお義母かあさま!わたくしはこの家の―――」


 しかし。

 バチィィィン!と叩く音と共に、

「きゃぁ……っ!」

 彼女の悲鳴が上がった。それからガタン!とぶつかる音も聞こえた。

 なんと・・・母はあろうことか、ミラの頬を平手打ちしたのだ。それが原因でミラはバランスを崩し、壁にぶつかったのである。さっき聞こえたガタン!という音は、ミラが壁にぶつかった音だったのだ。

 パラパラと、年月のせいで傷んだ壁の木材が小さな欠片となって落ちていく。それらは倒れているミラの頭に、ふわふわと積み重なった。

 義妹の咳き込む声で正気に戻ると、私は彼女の元に行こうと足を踏み出した。しかしそれは、姉の手に寄って阻まれた。

 どういう訳か姉は私の腕を掴み、彼女の元へ行かせまいとし始めたのだ。

「お姉さまっ!?離してください、ミラに手当てを―――」

 声を荒げた私だったが・・・次の姉の言葉にまた、動けなくなった。




 ―――姉は飄々と言ってのけた。

「別にいいじゃない。彼女とは元々血なんて繋がってないのよ?これが正当な接し方ではないかしら。」

 と、至極当然のように。




 その言葉に、私はただただ言葉を無くした。

 ・・・姉は今、なんと言った?『彼女とは血の繋がりなんてないのだから、この仕打ちは当たり前のこと』―――そう言ったように聞こえた。

 血の繋がりがないことくらい、私にも分かっている。けれど・・・一度家族になった以上、支えるのが義務ではないのか?義務とまではいかないが、それが家族のあり方ではないのか?


 ―――反論の言葉は喉元に引っ掛かったまま、それ以上出ることはなかった。ただ、

「……お姉さまは、ミラを姉妹だとは思わなかったのですか………?」

 私の小さな疑問のような一人事が、母の怒号とミラの悲鳴のなかで欠き消されていった。









 ・・・その日を境に、私たち家族にはそれぞれ、大きな溝ができた。ミラと母、ミラと私たち姉妹、そして―――私と母と姉に。

 ミラはあの日から、元々過ごしていた広い部屋を追い出され、この家で一番小さい召し使いの部屋である屋根裏へと行かされた。服もドレスもワンピースも取り上げられ、ボロボロの部屋着を渡された。

 屋根裏は薄暗く、隙間風があらゆるところにあった。時たまにネズミや虫が忍び込んでいると、他のメイドたちが話しているのを聞いた。とはいえ、私に気付くと蜘蛛の子を散らすようにどこかへ行ってしまったけれど。大方、私が母に告げ口をするのだと思ったのだろう。


 ―――そして、ミラが過ごしていた部屋は姉が使うことになった。

 姉は、ミラのことが嫌いだと言っていた。人形みたいな容姿が憎いのだと。こんな子が近くにいたら、自分は殿方に愛されないと。

 ミラが金髪碧眼に対して、姉は薄茶の長い跳ねっ毛に同じ色の瞳、私は亡き父に似た赤毛の長い髪に薄茶の瞳だ。それからミラが白く滑らかな肌にほんのりとピンクに染まる頬を持つ一方、姉は少しそばかすの入った薄肌色の頬、私はそばかすこそないものの、姉と似た色の肌。

 つまり、全然違うのだ。けれど姉は、それが気に入らなかったらしい。家族になった日から酷く当たっていたのが、その日からもっと仕打ちは酷くなったのである。



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