―――きっかけ part 2―――

 姉は私に優しかった。けれど同時に、とてもわがままで意地悪でもあった。

 ・・・それでも、私にとっては大切な姉だった。あの言葉をこの耳で聞くまでは。







 父の死から約一年後、母は新しい義父ちちと結婚した。

 その人は、男爵としての地位がある貴族の人で、私たち姉妹より年が二つ下の女の子がいた。母が言うには、新しい義父も妻を亡くし、娘と二人で暮らしていたのだという。

 二人が結婚したことで、母は男爵夫人になった。そして、私たちには新しい義妹いもうとができた。

 彼女は、それはそれはとても可愛い子だった。先妻(私たちからすれば、もう一人のお母さんということになる)に似た金色の長い髪、青い瞳、白い肌にほんのりと差すピンクの頬。お人形のような女の子とは、まさに彼女のような人のことを指すのだと私は思った。

 妹がいなかった私は、新しい義妹ができたことに、それはもう喜びに溢れていた。それからこの可愛い義妹を―――ミラを守ることこそ自分の役目だと、一人ながら思っていた。




 それができないと分かったのは、新しい義父が亡くなったときのこと。

 母と結婚して僅か二年で、義父は馬車の不慮な事故で死んだ。その時私は十五、姉は十七、ミラは十四だった。

 お葬式は、義父が貴族なので盛大に行われた。たくさんの人々が義父の死を悲しみ、冥福を祈った。私も姉もたくさんの愛情を貰っていたから、義父の死を悲しんだ。

 けれど一番に悲しい思いをしたのは、やっぱり義妹ミラの方だ。だからこそ私は、彼女を守りたかった。血は繋がっていないけれど、彼女はもう私にとって家族であり、妹になっていたから。


 お葬式が終わり、片付けるという時にそれは起こった。

 ダイニングの方から、ガチャン!ガチャン!と硝子ガラスの割れる音がした。片付けをする音にしては妙に違和感があったので、私は父親の書斎から廊下に出ると、急いでダイニングに向かった。

 着いたダイニングの中を見て、

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁ………っ!」

 私は悲鳴を上げた。

 そこはもう―――台風が来たかのような、物が散乱した跡だった。食器は粉々にくだけて破片になっている。恐らく、食器棚の中にあった硝子製のものだ。椅子は脚の部分が折れ、クッションの部分が破れて中の綿が出てしまっている。大きな窓のカーテンも、ビリビリと縦に裂けていた。

 そして中央―――大きなテーブルがあった場所だ―――には、雰囲気でもわかるくらいに怒っている母と姉、それから崩れ落ちて泣いている義妹ミラがいた。

「っお母さま、お姉さま!一体これは何事ですか!?」

 ―――泣いている彼女を見た私は、気付けば声を荒げて近寄っていた。


 パッとこちらを見て驚く三人。母はこちらを見た後、またミラを睨み付けた。姉は気まずそうに目を背ける。

「……お義姉、さま?」

 赤くなった目元を見せながら、ポツリとミラが呟くのが聞こえてきた。・・・よくよく彼女を見てみると、彼女が纏うピンクのドレスは、下の裾がところどころ破れていたり穴が空いていたりしている。そして、彼女の腕は切り傷のような線と何かで叩かれたような赤い痕、手首は握りしめられたのか紫色へと肌が変色していた。

 その姿がなんとも痛ましく思えて、私はミラの隣に寄って、傷の手当てをしようと手を伸ばした。





 ―――しかしその手は、バチンッと誰かによって遮られることになる。

 茫然としながら遮られた方を見れば、そこには・・・

「……お母、さま………………?」

 ―――今度はこちらを睨み付ける、母がそこにいた。

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