第27話 夢はフロンティアの王
「『K.O.F.T』は、王を決める戦いぃ?」
頓狂な声を上げて、ドトリナスに訊き返す。
《ガルグイユ》の比較的座り心地のいい平らな甲羅の上で、ウーゼニアはうぷっと掌を口元に当てる。
海面に揺られる感覚は人生初体験。船すら乗ったことのないウーゼニアは、乗り物酔いしやすい体質のようだ。そこまで海は波立っていないというのに、胃の中のものが今にも逆流してきそうだ。
「そうだ。も、もしかして……お……お前……?」
訝しげな、もしかしてそんなことも知らないのかとでも言いたげな表情を向けてくるドトリナス。プルプルと無礼千万に指を指してきながら、目尻は見下すかのように緩んでいる。
は、はあ? と稚拙な見栄を張るように、
「知ってるよ! あれだろ。帝都でそういうことが、なんかあって……それでぇ……」
尻すぼみになっていく語尾を最後まで聴くことなく、ドトリナスはあぁぁぁぁ、とわざとらしく大きめの溜息をつくと、
「『K.O.F.T』の優勝者には、どこか好きなフロンティアを一つ統治できる権限が与えられるんだよ」
「えっ? そんなこと――」
「できるんだよ。連盟加盟国が帝都の意にそぐわなきゃ、どうなるかぐらいわかるだろ? 逆らったフロンティアには、他の加盟国の制裁が待ってるんだよ」
「それだったら……」
「ああ。だからこそ躍起になって優勝を目指すってわけだ。特に欲しいフロンティアがなくても、自分のフロンティアが強奪される危機に瀕してるとしたら、なりふり構わない手段を使ってでもな」
「なりふり構わない手段っていうのは?」
すっかり聴く側に徹してしまっている。
何だか知ったかぶりができないぐらい、ドトリナスが饒舌になっている。やっぱり、自分の目標とすることに関しては熱く語ってしまうものなんだな。
「まあ、そうだな。例えば王族が参戦できなかったら、他の人間を金で雇って優勝させるとかな。他にも、俺様みたいな毛の生えた程度のテロリストじゃなく、本当の名前すら公表できない犯罪者のエリートが出場したっておかしくない」
「…………」
「怖気づいたか?」
面白半分に首を突っ込んだことを見抜いたような、からかうドトリナスの言葉。そんなもん打ち消すように、どうしようもないから元気を振りまく。
「全然っ!」
こちらの葛藤を全部見透かしたかのような――琴線に触れる微苦笑をすると、
「……まあ、モノは考えようだ。確かに血なまぐさい戦いは必至だろうが、各フロンティアから最強な奴らが集合する。それだけでワクワクしないか? 負けたところでどんな言い訳だって通用しない。フロンティア最強の奴らが、たった一つの頂点を目指すため、一挙に帝都へ集結する」
『K.O.F.T』はまさに――とドトリナスが前置きをつけると、
「全フロンティア最強の人間を決める――超大規模な祭典なんだよ」
漠然とした想像が頭に描かれる。
あらゆるフロンティアから、それこそリュウキュリィアみたいなド田舎からだっていい。とにかく見たこともないほど大勢の観客が、視界に収まりきれないほど会場でひしめき合う。
その観客の怒号にも似た声に包まれるのは、《使役者》達。
そいつらは各フロンティアの最強。つまりはキルキスやコレクベルトといった実力者が『K.O.F.T』という大会にはゴロゴロいるってことだ。
少なくとも、フロンティアの片隅にいる《使役者》に比べて実力が下ということは考えられない。
今のウーゼニアには想像だにすらできないような強敵が、そこに結集するはずだ。
そうすると……素人の浅知恵だろうが、フロンティアの中心である帝都代表の《使役者》が最も強いように思える。
フロンティア中枢を担う場所が乗っ取られるわけにはいかないから、他のフロンティアから招集してでも、最強中の最強な《使役者》がエントリーしそうだ。
そしてそいつに勝てる可能性がある奴を、各フロンティアが輩出してくるというわけだ。
そんな豪の連中がいるのに、上位を狙うどころか優勝なんて狙う奴がいたらそいつはウーゼニア以上の……よっぽどの馬鹿としか考え――
「そして俺様は『K.O.F.T』に優勝して、フロンティアの王になってやる」
思考を遮断したのは、ドトリナスの宣言。
強い眼差しに、一切の虚実はなかった。
「テロリスト活動をしたって、領民たちは俺様が領主であるとは認めてはくれないだろう。仮に認めたとしても、帝都が正式な手続きを踏まなかった人間を承認するはずがない。だったら、正攻法で俺様はラクサマラの頂点に立って、そしていつか立て直してみせるさ」
「……へー……ふーん……」
ウーゼニアとはまるで真逆。
生まれ故郷を捨てるためだけに旅に出たウーゼニアとは、まるで違う。
生まれ故郷であるラクサマラのことを心底思いやって、そしてそのために自分のできうる限りの努力をしようとするドトリナスはカッコよかった。正しいと思えた。
それに比べて、ウーゼニアはふわふわ地に足がついていない。
自分を変えたいとか、このままゼルミナに振り回されるのは勘弁だとか。絆が欲しいとか。そんな自分勝手でどうにも曖昧なことを、ただ自分の夢だとこじつけているようにしか思えない。
それでいいのかとも思うが、今の自分には時の流れに身を任せるしかできない。まだまだ胸を張れる人生の目標は不透明だけれど、求め続けることをやめてしまったら、それこそ馬鹿な気がする。何もかもが無駄になってしまうって思う。
だから、今は考えることにする。
旅を続けながら、ゆっくりと自分のことを認められるとびっきりとの答えを探したい。
……とまあ、相変わらずの自分の頭の回転の遅さに、嫌悪感を抱きながら、
「目的はどうあれ、こうやって《ガルグイユ》のおかげで帝都まで渡っていけるから安心だな」
「あのなあ、そんな簡単に到着できたら苦労しないんだよ。帝都にたどり着くのがある意味で、最初の選考基準みたいなもんだ。大半が帝都につくまでにお陀仏って聞くしな。だけど、お前がちゃんと進路をとっていれば、次のフロンティアまでは半日程度で着けるだろうけどな」
ドトリナスの言葉が、大脳に浸透するまで数秒。
間の抜けた声が自らの口内から飛び出てくる。
「………………………………えっ?」
嫌な予感が首筋辺りに鳥肌となって迸りながら、
「……ドトリナスが進路とってたんじゃないのか?」
「はあ? なんで俺様がとらないといけないんだよ。お前が帝都に行くとか言って……もしかしてお前っ、なんの考えもなしに進んでたのか? あんなに自信満々に?」
「し、仕方ないだろ。ってか、どうやって進路とればいいんだよ。俺、羅針盤とか持ってないけど? あったとしても、そんなこと俺にできるわけねぇーだろ! 航海するのも初めてなんだぞ?」
「開き直るな! これでまた帝都に遠ざかってたら、どうするつもりだ? 最悪逆走して、ラクサマラやリュウキュリィアに流れ着くかもしれないぞ」
は、え? とまともな言語を喋れなくなるまで動揺する。
百歩譲ってラクサマラに戻るのはいい。あんなに気取った感じで、キリリと眉を上げながら、自分は独りなんだ……と感傷しながら去ったのに、日が傾かない内に舞い戻るのは、吐き気がするぐらいな出来事。だが、それで済む話。
だが、リュウキュリィアに帰ることに比べたら、まだまだ幸福な方だ。
怒り心頭のキルキスとか、自己陶酔の涙を蓄えているゼルミナの拷問のような仕打ちを頭の中で巡らせる。
「うっ――そだろ。――っうあっ!」
あまりにも最悪の事態に、感覚がすっかりなくなってしまった手を滑らせてしまって、ザバーンと大海へとひっくり返ってしまう。潮の流れがひどくて、プカプカ海に浮かぶことができない。流される。
というより、ウーゼニアはほとんど泳いだ経験もない。
まるっきりカナヅチというわけでもないが、リュウキュリィアでは泳ぐ必要がなかったから泳ぐ練習なんてしなかった。溺れるようにして、四肢をばたつかせる。
「な、なにやってんだ?」
それを見かねたドトリナスは、ドパン、と着水する。スイスイと練達した泳ぎ方でウーゼニアの救助を進み出た。
あっという間にウーゼニアに近づくと、
「おい! 大丈夫……じゃなさそうだな。……ん? ……ど、どうした?」
両腕を掴まれて、ようやくウーゼニアは安堵の表情を浮かべた。……が、とんでもなく気分が悪い。
胃の中にあるものが暴れる感覚がする。
我慢していたものが、ぐぐぐと喉元にまで押し寄せる。
「……やべっ……もう限界、――っうぷ」
「っうぷ?」
「おえええええええええ!!」
「うげっ、何吐いてんだ! あほか! 顔にかかっちまっただろうが!」
シャワーのように流れ出た吐瀉物が、母なる海と同化した。
リュウキュリィアのことを思考したことと、初めて経験する船酔いというか竜酔いによって一気にダムが決壊したようだ。鼻腔からも液体が出まくって、呼吸困難を起こしそうだ。
「山に囲まれたリュウキュリィアで育ったから、海面に揺られるとかは未知数だったんだよ。ってか、助けろ! まじで溺れるっ! ……おぼろろろろ!」
「胃の中に入ってるもの、全部吐いたら助けてやる!」
薄情にもウーゼニアを見捨てて、ドトリナスは泳いで逃げる。
すっかり遠巻きに、観戦モードに入ったドトリナスを道連れにしてやるために、鼻腔から海水を噴きながら泳いで追いかける。冗談なのか本気なのか判別つかない絶叫を響かせながら、ドトリナスはウーゼニアから距離を取る。
ウーゼニア達は飽きることなく、次のフロンティアに到着するその時まで、そんなくだらなくも愉快な追走劇を繰り広げていた。
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