第26話 化け物は旧知の仲と結託する

 どれだけ甘言で言いくるめようと策謀しても、暴力で潰しにかかり、どうやっても話が通じない。そういう相手に交渉は通じない。

 しかも眼前のキルキスは、《ポイニクス》を倒したほどの手練。

 こちらが反逆できる相手じゃない。それでも、領民達を退けたことによって復活したプライドを持って、反駁しようとした。

 だが、その気配を察したのか、燃え上がるような瞳がさらに熱量を上げた。ググっと、首を絞める手の力が強まる。このままじゃほんとに殺される。嘘でもなんでもいいから、相手が満足する情報を与えるしかない。

 首を絞められた雄鶏のような声で、

「な…………なにが知りたい?」

「ウーゼニアは一体どこ?」

「ウ……ウーゼニア? あ、あの生意気な、領民達に反旗を翻すのを助長した奴の――」

 シュ、と耳元で何かが横切った音がした。

 抜刀した剣の軌跡すら目で追えず、耳を数ミリ斬られたと分かったのは血が伝う感触がしてからだ。

 悲鳴を上げようと大口を開くと、口内に剣をねじ込まれる。

「次、一言でもウーゼニアの悪口を言ったら、その下品な口をもっと開くようにしてあげる」

 ただの脅しではないのは、表情からも明らかだ。

 迂闊に唾も飲み込めない状態のまま、はがっ、はがっと声にならない声を出しながら、微細に首を縦に振る。

 その必死さが伝わったのか、瞬時に剣を引き抜かれ、ドンッと胸元を叩かれ突き飛ばされる。

 はぁが! と変な悲鳴が漏れたのは、剣が舌を少しばかり斬ったからだ。次に口を滑らせれば、本当に舌を斬るという予告に思えてならなかった。

 ようやく首絞めから解放された。

 だが、心休まる隙も与えず、キルキスは詰問してくる。

「それで、ウーゼニアはどこに行ったのか分かってるの?」

「て……帝都……に……。多分、ここから北東の方角に向かうはずです……」

「帝都? やっぱり目的は『K.O.F.T』か……。せっかくウーゼニアが諦めるように、私が心にもない言葉で説得したのに。……あんのクソアマがッ、純真無垢なウーゼニアに余計なことを吹き込んだせいで……」

 キルキスの言葉に過敏に反応したのは、ヤミヨイ。

 怒気を顕わにして、

「おい。あのクソアマってのは、シキ師範のことじゃないだろうな。答えようによっちゃあ、血を見ることになるぞ」

「はあ? あんな熟女、私がなんて言おうが勝手でしょ? それとも何? あのクソアマとウーゼニアがイ――イチャイチャしているから嫉妬して、ウーゼニアを目の敵にしているのと何か関係あるの? ……あー、あのイチャイチャっぷりを思い出しただけも、胃がキリキリしてきたわ」

 ヤミヨイは、思い切り動揺する。

 むせ返るように、

「――っなに言ってんだ! 僕はシキ師範にそんな気持ち欠片もない! そっちこそ、なんでウーゼニアみたいに家出したダメ人間を追いかけようとしてんだよ!?」

「あんたにはどうだっていいでしょ? まっ、あんたがウーゼニアの良さを理解できると思ってないから、少しぐらいは聞き流してあげるけど、次はないからね。いいからこの私に従いなさい。聞かないっていうなら……力づくで服従さえてもいいのよ」

「ふん。お前に従うようにシキ師範に厳命されてんだ。死ぬほど嫌だが、ウーゼニアを探し出すまでは手を貸しておいてやるよ」

 言い争いをしているキルキスの顔を見て、何かを思い出しそうになる。あの携えている二本の剣、そして類まれなる《精霊獣》の《使役者》。絶対にどこかで――。

 そうだ――あの時だ。

 隣にはまだグラスがいたあの時に、キルキスとコレクベルトは既に邂逅を果たしていた。

「リュウキュリィアから来た……キルキス……。どこかで聞いたことがあると思ったら……」

 震える声で、


「リュウキュリィアの……キルキス王女……か……?」


 フロンティア中のトップが集まった会談で邂逅したキルキスとは、あまりにかけ離れていたがために思い返すのに手間取った。

 確かリュウキュリィアの王座に就く父親の後ろにいたはずだ。

 その時は、静々と追従する。

 どこか人形めいた娘であったという印象しかなかった。だが、眼前のキルキスは生き生きとしていて、楽しそうに笑みを零している。

「どうして、キルキス王女が。ここに?」

「ああ、そういえば、あんたどこかで会ったことあるわね。確かこの前の連盟会議かどこかで……。そうかあんたラクサマラの領主か。……なるほどね。だいたい事情は掴めたわ」

 もうほとんどの建物が崩壊してい待っている街を見渡す。

 そこにはコレクベルトを憎々しげに睨めつけている奴らで大勢溢れかえっていた。ラクサマラの情勢も、隣のフロンティアであるリュウキュリィアの王女とならば筒抜けだろう。

「あんたも領主だったら分かるでしょ。あくまでウーゼニアを探すついでだけど、私にだって帝都で『K.O.F.T』に参加しないといけない義務があるってことぐらい」

「優勝権限が目的ですか……」

「そーいうこと。まっ、リュウキュリィアがどうなろうが私の知ったことじゃないし、八位ぐらいに入ればいいって個人的には思ってるんだけど……。父親が許してくれなくて……。……と、今はそれどころじゃないか……」

 ジワリジワリと領民達が今にも迫ってきそうだった。

 それをしてこないのは、キルキスという人間が恐ろしいからだろう。それもそのはずで、いくら相手しても倒せなかった《ポイニクス》を一瞬のうちに排除した存在だからだ。

 ここまで圧倒的な強さを持つ者は、英雄というより――寧ろ化け物。

 同じ人間として見れないのも頷ける。

 キルキスは少しだけ睫毛を顰めるようにして瞳に影を写す。だが、そんな視線は慣れっことばかりに、口から出たのは全く関係ない宣言だった。

「ヤミヨイ。そこにいる元領主を連れてさっさとこのフロンティアから出るわよ。これ以上他所の面倒事に巻き込まれるのは勘弁だわ」

「な、なに言いだしてんだ!? まさか、こんな足でまといまで連れていく気か? 冗談にしては笑えないぞっ!?」

 ド肝を抜かれたはヤミヨイだけではない。

 いきなり名指しされたコレクベルトもご他聞に漏れない。

「そ、そうだ! なんで私がお前らについて行かなくちゃいけないんだ。私は――」

「私は? どうするの? その言葉の続きを聴かせてもらえる?」

 スッ、とキルキスの瞳からは色が消失する。

「言っておくけど、ここに留まっていてもあなたの命はないわよ。だったら私達についてきたほうが得策だと思うけど?」

「わ、私は『F.U.G』の勅命でここに来ている。もしも勅命に背いたら、お前だってどうなるか分かっているだろ」

「あなたにそこまでの価値があるとでも思ってるの? こんな辺境地に飛ばされてる時点で、あんたはとっくに見限られんの。『F.U.G』から、役たたずなあんたの監視役だっていたはずよ。心当たりぐらいあるんじゃない?」

 心当たりは……ある。

 未だにその姿を見せない裏切り者の部下がいる。どうして飼い犬に手を噛まれたのかが一切わからななかったが、まさか……。

「まさか……グラスが? だが、あいつは私の部下で……」

「だから、そのグラスっていう人だってあんたよりも上の人間に命令されて、裏切ったんじゃないの。結局はあんたもお山の大将だったってことでしょ。きっと今頃、海中電車か何かで帝都に向かってるわよ」

「そんな……」

 ガクリと、脱力しきったコレクベルトと交代に、眉を八の字に曲げているヤミヨイが横入りする。

「おい! そんなおっさんがいくら納得したところで、俺は納得しないぞ! そんな役たたずを連れていってどうする? これから向かう先は帝都だぞ! 物見遊山じゃ、命がいくつあっても足りないはずだ!」

「別にこの人だって役たたずじゃないはずよ。あの《ポイニクス》の……一時的だったとしても、《使役者》だったんだからポテンシャルとしては相当のもの。ただその力を生かしきれなかっただけ。もっとこの人にあった《精霊獣》さえ従えることができれば、もっと強くなれるはず」

「それだけじゃ――」

「それに、帝都へ行き着くためにはどうするの? 私達だけじゃ到達できるまでに犠牲を払いすぎる。だけど、帝都までの道のりを熟知している案内人がいるとしたら、それを仲間に引き入れないわけにはいかないでしょ」

 ヤミヨイは、困ったときの癖なのか爪を噛みながら熟考する。噛みすぎてガジガジになった爪は短くて、普段から気性は穏やかな方ではないらしい。

 やがて、チッと舌打ちする。

 不満げに踵を返すと、拗ねたようにして腕組みをする。

「僕はどうなったって知らないからな!」

「……決まりね」

 コレクベルトとヤミヨイ双方ともに納得しきってはいないが、異を唱える余地がなかった。

 どうやらキルキスは力だけの女じゃないらしい。ここまで簡単に言いくるめられるとは思わなかった。王女なだけあって、剣だけでなく口も達者なようだ。

 キルキスはおもむろに艶やかな唇を動かす。


「――目醒めなさい、《ポイニクス》――」


 すると、まばらだった灰が一箇所に集合して、《ポイニクス》の形態となる。コレクベルトが今、《ポイニクス》の真名を唱えたところで、こんな現象は起きなかっただろう。

「そう……ですか……。《ポイニクス》を倒したのがキルキス王女だから、そのまま《ポイニクス》の《使役者》になったんですね。それにしてもよくあの暴れん坊を手懐けましたね……」

 悔しいが、完全に《ポイニクス》はキルキスの言いなりになっている。

 コレクベルトはキルキスの足元にも及んでいないことを、嫌でも突きつけられた気分だ。

 どうやら彼女に従っていく他ないようだ。

「……もっと手のかかる奴が、ずっと私の近くにいたんだもの。このぐらいできて当然よ」

 フ、とようやく鬼のような形相を説くと、女性らしい微笑を風に乗せる。そして早足に《ポイニクス》の元へと駆け寄っていく。どうやら、《ポイニクス》を使って、空から帝都へと向かうつもりらしい。

 豪胆というか、考えなしというか。

 ヤミヨイは舌打ちしながらも追従する。コレクベルトもついて行かなければ、即刻領民達によって報復されるのは火を見るより明らかだ。

 仕方ない。

 まだ納得しきれていないが、ここは道案内するしかない。こいつらと一緒ならば、ウーゼニアやドトリナスに仕返しできる機会が訪れるだろう。そして、また天下に返り咲いて見せる。

 その為に必要ならなば、どんなものだって利用してやろう。

 ラクサマラの元支配者は、駆け足で二人を追いかけた。

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