トケイムシ
安良巻祐介
風がとんとんと戸を叩く頃。
温かく居心地のいい布団の中でうとうとしていると、ふと見上げた天井の端に、何かがぶら下がっている。
まどろむ頭で、蜘蛛だろうか、とぼんやり考えながら目を凝らすと、歯車を縦に細長く連ねたようなものが、木目の合間から出ているのである。
はて、こんな虫があるものか。不思議に思う目の前で、キチキチキチと音を立てて、それは、ゆっくりと下がってきた。下がると同時に、各部がくるくると回っているようでもある。いよいよ歯車だ。
幾らか眠気の覚めた私が見守っていると、それは回りながらとうとう床の上に到達し、天井と床とを、その細長い、時計の精霊のような体で繋いだ。
そうして、歯車の回転によって、我が部屋に、奇妙な運動を発生させ始めた。
どのような運動かと言うと、小さな、ごくごく小さな振動であり、軋みであり、囁きである。
それはあまり広いとは言えない我が部屋を、カチカチカチカチと何かが組合わさるような音を立てながら震わせ、やがて、内部のあらゆるものが、見ている私を除いて、様相を変えだした。
と言って、それは表面上はっきりとわかるようなものでなく、ただ、布団に潜り込んでいる自分を置き去りにして、すっかり別の顔をして先へ行ってしまう、というような、焦りにも似た予覚として感じ取れるばかりであった。
私は布団の端をしっかと掴みながら、しかし、その布団もどうやら振動と共にそれまでの皮を脱ごうとしているらしいこと、中にくるまっている私にとって繭にはなってくれそうもないことを感覚した。
そしてがたがたと震えながら、降って湧いたようなこの恐るべき災難に、朝、或いは夜明けという名前があることを、ぼんやり思い出していた。
トケイムシ 安良巻祐介 @aramaki88
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